8話 父
本投稿が、年内最後の投稿です。皆様良い歳をお迎え下さい。
「失礼致します。間もなくお館様が城に到着されます」
執事が、知らせてきた。
手を挙げて聞こえたことを示す。
城内の探検やら、領軍司令部との面談などをしていると瞬く間に時間が過ぎ、父上がここへやってくる日となった。
「じゃあ、レイナ。お迎えに行こう」
「ええぇ。寒いなあ」
いやいや、そのために、この控え室に詰めているんだよ。確かに玄関は寒いけれど。
どうも、彼女にとって父上は少し縁遠い人に思っているようだ。災厄の後も、父上は各地を飛び歩いていらっしゃったから、仕方ないけれど。
「ほら」
手を差し出すと、レイナはにっこり笑って繋いできた。
「行こう」
「うん」
このところ、おままごとにたくさん付き合ってやったから、機嫌は良い。
後ろでプリシラさんが、会釈してきた。
廊下を歩き玄関に出ると、既に執事の主だった者が居並んでいる。その列の真ん中に促されると、ウチの馬車がちょうど庭の道に入ってきた。石畳みにカチカチと蹄音を響かせて、2台が目の前に横付けとなった。
執事が扉を開けると、流れるような身のこなしで父上が降りてこられた。格好いい。あの白いローブ姿ならもっと格好いいけれど、今日は普通の服装だ。
胸に手を当てて、略礼をすると皆がそれに倣った。
「うむ。皆、ご苦労」
父上は振り返って、母上とクローソさんを降ろした。後ろから乳母に抱かれたリーシアもやってくる。
あれっ?
「父上。お待ちしておりました」
「うむ。元気だったか? ルーク」
「はい」
わしゃわしゃと頭を撫でられた。
「お父様ぁぁ」
レイナが、さっきまでの態度が嘘のように、甘えて抱き付く。
「うむ。寒いからな、中に入ろう」
さっきまで居た、控え室に戻った。
ここは、暖炉がいかっていて、暖かい。いつの間にか、セレナがその前で寝そべっている。
皆が、ソファーに座る。
「あぁ! あぁ」
隣に座ったリーシアが、僕の方へ手を伸ばすので、乳母から彼女を受け取って、膝の上に抱いてやる。
「にぃた、にぃた」
「うん、お兄ちゃんだよ」
数日前に、1歳になったばかりだが、中々賢そうだ。
頭を撫でてやると、うふふと満足そうなだ。その顔を見ていると僕も嬉しくなる。
ん? 引っ張られた左の袖を、レイナが掴んでいた。相変わらず嫉妬深い。
「それにしても、ここは綺麗なところねえ。お城も美しいわ」
「そうかな。カゴメーヌの城も綺麗じゃないか」
お茶が出され、父上がそれに口を付けると、クローソさんも待っていたように喫する。
「まあ、そうなんだけど。あそこは人工的に整いすぎているから。ここは自然と調和していて気に入ったわ」
「じゃあ、クローソは、ここに住むでもいいぞ」
「もう! 意地悪なんだから」
「ははは……」
「でも、アリシアさんも来られたら良かったのにねえ」
そうそう。なんで来られないのかと不思議に思っていたんだ。
「まあ、ロベルが熱を出したから仕方がない」
「えっ? ロベルが?」
「大丈夫。昨夜少しね。アリーが付いているから、今朝には熱が下がっていたわ。ここは寒いから、大事を取っただけこと」
そう言って、母上は肯く。
「そうですか」
よかった。そうだよね。アリシア叔母様が付いているんだ、万にひとつもない。
「それより。ルークは、この城をどう思った」
「はい。僕には、父上あってこその城だと思えました」
この城は、防御力には乏しい。
父上は少し斜めを見上げた。
「ある意味では正しいが。別に私に限らず、ルーク。おまえでも良い。ふぅむ。父上も孫には甘いな」
うっ、図星。父上はお見通しだ。と言うことは……。
「それと、パルパスと会ったそうだな」
「あっ、はい」
やっぱり、お耳に入っていたか。
「まあ、ヤツのことは、余り気にするな」
穏やかな声で、諭すように仰った。
「はい。あっ、あのう。僕をお叱りにならないのですか?」
「ん? 叱らねばならないことを、したのか?」
「いっ、いえ。しかし」
「うむ。男子というのは……まあ、それぐらい元気で良い。そもそも私は偉そうに言える柄ではない」
「ふふふ。お義父様だけでなく、旦那様も、ルークには甘いようですが」
「そうかな?」
「そうですとも。ルーク。母は、旦那様程甘くはありませんよ」
存じ上げております。
「ところで。パルパスとはどなたなのです? 私は存じ上げませんが」
クローソさんだ。
「ああ、塩問屋の商会主だ」
「塩問屋?」
「ああ、塩問屋だ」
†
父上が予定通り到着されたので、年末はゆっくりとお過ごしになるのだろうと思った。しかし、大きな誤りだった。
シムレークでは、シムレークでのお仕事があったのだ。
着いた後は、僕達としばらく団らんがあったけれど、昼食は食堂に姿を現されることもなく、領政府へ赴かれ、ずっと執務をされているそうだ。
「お兄ちゃん。お夕食、どうぞ! お兄ちゃん!」
「あっ、ああ。ありがとう」
彼女が差し出す、何も乗っていない皿を受け取る。
考え事をしてしまった。さっきまで、リーシアと遊んでいたので、今度はレイナとままごとだ。母上とプリシラさん、クローソさんも何か御用があるようで、この部屋には、僕達とあとはメイドしか居ない。
「うん。おいしいなあ」
目に見えないフォークを使って食べたフリをする。
「そう?」
リーシアはうれしそうにしているけれど、多分彼女は自分の夫のために料理を作ることはないだろう。既に大貴族から、何件もの縁談が来ているからねえ。まだ4歳になったばかりなのだけれど。
「失礼致します。お館様がこちらへお越しになります」
慌てて、執事が知らせてきた
「おままごとは、またあとでね」
「うぅん。きっとよ」
1分も経たない内に、父上が談話室に入ってこられた。30歳くらいの執事も一緒だ。
「相変わらずメヴィルは、人使いが荒い。あははは……」
父上は言葉に反して愉快そうだ。
見知った執事ではないが、メヴィルと言えば。
「大変恐縮ながら、御館様にお出まし戴きますと、住民のやる気が全く違って参りますので。どうかひとつ、ご考慮下さいませ」
「うーむ。その話はひとまず置いてだ。ルーク」
「はい!」
「おまえにも縁の者のある者だ。自己紹介せよ」
「はい。初めて御意を得ます。本領上席執事のメヴィルと申します。お見知りおき下さい。ルーク様、レイナ様」
父上が伯爵と成られて領地が増えた。
本領。つまりここの政治は、執政となられたお爺様を始めとした伯爵領政府が行う。だが、その中にあるラングレン家が所有する私領の運営となる農業、工業等各事業はラングレン家が自ら実施しなければならない。
その実限のため、執事が一気に数倍に増えた。
混乱が起きないようにまた効率を上げるため、執事の役割も分別して整備された。役割は大きく4つ。
まずは管理系。家令モーガンを長として、伯爵家の財物と私領の管理を行う者達。一部を除き、下屋敷と本領に散らばっている。
次は家政系。副家令のレクターを長として、屋敷内の管理と一族の生活を支援する者達。僕達の相手をしてくれる執事やメイドはここに所属している。
さらに事業系。家宰ラトルトを長として、医薬、魔導具、鉱工業の事業を司る者達。主に王都城外の事業所やエルメーダの工場に居る。
最後は特務系。特務系はいくつかに別れていて、騎士団の副家宰バルサム、父上の公務支援の副家宰アストラなどの下にも執事達が付いている。あと、ダノンのように本領政府に出向している人達は便宜上特務系らしい。
これに合わせて、執事個々に格付けがされている。家令、家宰といった幹部執事、10人以上の部下執事を持つ上席執事と、前記以外の一般執事だ。
確か、このメヴィルは事業系のはずだ。
「やあ、メヴィル。モーガンの一族だね」
「あっ、はい。私めをご存じとは、光栄に存じます。モーガンの次男にございます」
「へぇ、モーガンさんのねえ」
レイナが肯いている。
「そうか。モーガンから聞いていたか。よく、名を憶えておくがよい」
この後、メヴィルが考えたことで驚かされることになるが、まだこの時点では知る由もなかった。
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