33 眩しい世界
先生は私のこと大事に大事に扱ってくれる。
「目が見えるようになったら・・・」という言葉通り、先生は私にキスをしたり抱きしめたりはいくらでもするけど、それ以上私の身体に触ることはしない。
ゆっくり、じっくり、たっぷりと時間をかけて何度もされるキスは、とても、えっと、・・・なんていうか。官能的だ。
男性とお付き合いした経験のない私でも、すごくドキドキして、身体の奥が熱くなるのを感じる。
くちびるが重なっている時間は長くて、とても短い。
ちゅっちゅと響く音を聞いているとハズカシイし、息は苦しくてずいぶんと長い時間キスしているように思うのに、温もりが離れると、とたんにひやりと冷たい空気が入ってくる。
きっと感情よりも、身体が反応したんだと思う。
先生ともっと触れ合いたいって。
とっさに、離れていこうとする先生の服を掴んでいた。
先生のことをもっと知りたい。
どんな顔で、私のこと見てるの?
困った時はどんな顔するの? 悲しい時は? 怒った顔はめちゃくちゃ怖いって、ホント?
どんな風に笑うの?
どんな風に、私のこと、抱きしめてくれてるの?
・・キスの続きは、何があるの?
そんなことが頭の中を埋め尽くして、パンッと何かがはじけた。
一瞬で明るくなった視界に驚く。
「きゃあ」私は両手で目を覆い、踞った。
「アヤ。だいじょうぶか?」
先生の声。先生の・・・
ゆっくり手を外し、目を開けた。
暗闇じゃない。光が見える。
久しぶりに見た世界は、光に溢れていて、眩しい。痛いくらいだった。
「アヤ、落ち着け。慌てなくていい。少しづつ光に目を慣らしていくんだ」
私の手の上から先生の手が重なり、もう一度目に当てられる。
じれったいくらいの時間をかけて、目を覆った手がどけられた時には、痛みもなく見ることができた。
ぼんやりとした目の前の人物に、次第にピントが合っていく。
「せんせい・・・」
「アヤ、見えるのか?」
驚いて目を少し大きくした先生が、真っすぐに私を見つめてくる。
「・・・!」
先生は、かっこいい人だった。
何て言うかもう、本当に。想像してた以上に。
一気に顔に熱が集まる。
私は慌てて顔を伏せた。
心臓がバクバクと打ち鳴らしてる。手が、震える。
先生がどうしたって心配そうに聞いてくるけど、とても顔を上げられない。
先生の顔を見れない。だって、私・・・
こんなかっこいい人に抱きしめられたり、・・キス・・してもらってたなんて。
信じられない!
くらりと眩暈がした。
*****
慎兄ちゃんとマユさんが仕事を終えて帰ってきたので、目が見えるようになったことを告げると、よかった、と大喜びしてくれた。
ダイニングテーブルで二人に話をしながら、リビングのソファに座っている先生をチラリと盗み見る。
・・・やっぱりカッコいい。
学校で見る男子とは全然違う、大人の男性。
父は華奢だから、先生が余計に大きく見える。
背も高くて・・何センチあるんだろう。
先生の切れ長の目は人に冷たい印象を与えるかもしれないけど、さっき私を見てた目は熱がこもってた。
シュッとして高い鼻。
顔のラインも、全体的にすごく、整った顔立ち。
マユさんがハリウッドスターがどうとか言ってた意味がようやくわかった。
彫りが深くて整ってて、スタイルもいい。
顔の傷は確かに目立つけど、それもかっこよく見える。
ツンツンと立った短い黒髪も、先生によく似合ってる。
口は横に一文字。滅多に笑わないって、慎兄ちゃんが言ってた。
怒ってるわけじゃないのに、周りのみんなは怖がって逃げてくって。
でも私は、怖いとは思わない。
だって私、知ってるもの。先生がどれだけ優しい人かって。だから、顔を見れた今でも、先生のこと怖いなんてちっとも感じない。
感じるのは恥ずかしさ。
先生の目は真っ直ぐに私を見つめてくるから、全身が金縛りにあったみたいに緊張でガチガチになっちゃって、身動きが取れなくなる。
言葉が出なくなってしまう。
先生が私の視線に気づいてこちらを見る。つい、バッと勢いよく目を逸らしてしまった。ど、どうしよう・・・!
目が見えるようになった代わりに、私は先生の前で、顔が上げれなくなってしまった。
先生の顔を見て話せないし、先生が手を伸ばしてくるのを見ると逃げてしまう。
だって、だって、だって!
ホント、かっこいいんだもの。
ただでさえ男性に対して経験がないのにいきなり、先生なんてレベルが高すぎる。
このままじゃ、だめ。先生に呆れられちゃう。
でも、でもでも、もともと人付き合いは苦手なのだ。
今までの状況を客観的に振り返ると恥ずかしい。
でもあれはちょっと異常な事態で、マトモな精神状態じゃなかったし。
何にもすがるものがない中で、先生は唯一、安心して身を委ねられる存在だったわけで。
今まで通りにしたいのに、先生の顔が見れない。
また以前のように伸びてきた前髪を下ろして、ずっと前愛用していた伊達メガネもかけて、バリケードを貼ってしまう。
・・・だって、怖い。
人と目が合うのも、逸らされるのも。先生が相手だから、余計に。
先生はどんな目で私を見てるの?
見たいのに、見るのが怖い。
今の私の変わり様に呆れちゃってる?
このままじゃ嫌われちゃうよ。どうしよう・・・




