待ち望んでいたもの 3
ルーカスは家の中に入るとまずルルを床に下ろし、自分の濡れた上着を脱いだ。厚手のお陰で下のシャツは何とか無事のようだ。
泥で汚れた靴も脱ぐと、またルルを抱き上げ居間の長椅子に座らせると、素早くカーテンを閉める。
それから、ずぶ濡れのルルのためにタオルを探すルーカス。
といっても何度となく訪問しているお陰で、大体の物の位置はすでに把握済みである。タンスの中から難なく大きめのタオルを探し当て、ルルの頭からすっぽりと被せ、拭き始める。
「ルルちゃん、大丈夫? 俺が分かる?」
ルーカスがカーテンを引いたおかげで、雷の光や音が少し遮られ、ふかふかでお日様の匂いがするタオルに包まれた事で少し落ち着きを取り戻したのか、ルルは少し顔をあげ目の前の人物を改めて認識した。
「ルーカス……さま?」
「そうだよ。土砂降りの中、ずぶ濡れのままうずくまっていたから心配したよ。もしかして体調悪いの? どこか怪我でもしてる?」
体を拭きながら怪我をしていないか探ってみたが、今のところそんな様子は見当たらなかった。しかし、全身濡れてひどく寒そうなルルの姿に、自然とタオルで拭く手の力が入っていた。
そんな力強くガシガシと自分を拭いてくれるルーカスに、ルルは懐かしさを覚えた。子どもの頃、雨の中どろんこになって帰ってきた自分を、父もよくこうやって面倒をみてくれたのだった。そんな事をふと思い出し少し安心したルルは、ハッとして慌てて答えた。
「あ、えっと、怪我とかっ……体調が悪いとかはないです。あのっ、と、突然空が暗くなって、あ、雨がザァって降ってきて、こんな時期にびっくりして、でも、良かったなって思っていたら、き、急に大っきなお、音が……ピカッと光って……、早くルーカス様を迎えに行かなきゃって思っても、何度も続いて……動けなくて」
しどろもどろに状況を説明するルルを見て、ルーカスはやっぱりと思った。要するに彼女はひどく雷に怯えて、あの場所で動けなくなってしまっていたのだ。
「怪我とかじゃなくて良かった。じゃあ、このままだと風邪引いちゃうから……」
「とりあえず、着替えておいで」とルーカスが言おうとした瞬間、カーテン越しでも分かるほど強い光が走ったかと思ったら、ドーンッと一際大きな音が鳴り響いた。
「ひぅっ……!」
声にならない悲鳴を上げ、ルルがまた両耳をぎゅっと抑えて、あろうことか目の前にいたルーカスの胸に飛び込んできた。
「わ、わっ、ルルちゃん? 大丈夫だから、ね。家の中にいるから雷はもう怖くないよ。それより早く着替えないと、風邪引くから……」
ルーカスが話し掛けても、雷に怯えきってしまって耳を塞いでいるせいで、聞こえていないのかルーカスの胸に顔をうずめて、震えるばかりであった。
しかし、この体勢はぐっしょり濡れた彼女の服が密着して、ルーカスのシャツまで濡らしていった。少し音がおさまりその事に気がつくと、ルルはぱっとルーカスから離れた。
「ご……ごめんなさい。ルーカス様の服を濡らしてしまって」
今にも泣きそうな、いやすでに涙声のルルが謝ってきた。
「俺の服の事は大丈夫だからね。それよりルルちゃんの着替えの方が先……」
けれど、またもやルーカスの話を遮るように雷が鳴ると、少女は先程と同じように自分の胸の中に飛び込んで来る。
「……」
(何これ、すっごく可愛いんだけど……)
そんな場合ではないと分かってはいるが、先程から雷に怯えた小動物のように小刻みに震え、何のためらいもなくぎゅっとしがみついてくる一連のルルの行動に、思わず愛らしく思う気持ちが芽生えてしまったルーカスである。
——少し、嬉しいかも……。
ルルにとってはそれどころではない状況に対して、うっかりそんな事を思ってしまい、はっとしたルーカスはあわてて謝罪を口にするのだった。
「っ……! ごめんね、ルルちゃん」
けれど、やはり今の少女にはルーカスの声は届いていない様子だった。




