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もうひとつの愛と遠まわりの愛 7



 あれからルーカスは、また仕事に打ち込んでいた。

 ただ、今回は以前と違ってお酒を一滴も口することはなく、どこか自分を追い詰めるような無茶な働き方はしなくなった。


 今はルグミール村の作業員達に混じって、水脈を掘り当てる作業にほぼ従事しているといった様子だ。

 本来の仕事もあるのだが、アランとは完全に分担しており、ごくまれにライアンが間に入ってくれる事もあるものの、さすがに付き合いが長いだけあって、言葉はなくともお互いの呼吸はピッタリとあっており、今のところさしたる問題はなかった。


 ちなみに、ライアンも正式に森の調査を名目としてルグミール村に派遣されたのだが、少女の保護と称してルルの家で休暇を満喫している状態だった。

 警備隊とて暇ではないのだがライアンの場合、個人の力量は非常に優秀なものの仕事で組んだパートナーの消耗が激しく、これ幸いと黙認してくれていた。


 そして王都への報告は、今はすべてルーカスが一手に引き受けて度々出向いているが、それだけではなく休日までも王都へと馬を走らせて、足繁く通っている状態だった。


「ルーカス兄ちゃん」

「元気だったか? アルフレッド」


 ルーカスは時間を見つけては、セレナ親子を訪ねていた。


「また来たの?」

「ああ、また来た。セレナも元気か?」

「ええ。……ありがとう」


 ルーカスの姿を見つけてパッと笑顔を咲かせたアルフレッドとは対照的に、セレナは少し呆れた様子でルーカスを出迎えていた。

 けれど、ルーカスの訪問を歓迎していないわけではなかい。呆れながらも穏やかな眼差しがそう物語っている。


 息子のアルフレッドが、ルーカスがくる度に目を輝かせながら、時にはねだるように父親の少年時代の話を聞きたがるのだ。


 セレナも夫とは子どもの頃から顔見知りで会えば話もしていたが、混じって遊んだことはほとんどなかった。それも年齢が上がるにつれて、仕事の関係で接点は少なくなり……。

 正直、セレナは彼と恋人同士になって結婚するまでの数年間だけの夫しかよく知らない、と言っても過言ではなかった。


 アルフレッドの両親も、夫の小さい頃の話を孫に聞かせるが、それはあくまでも家にいる時の彼のことであり、活発で外で遊ぶことも多かった彼のその間の出来事を詳細に把握しているわけではない。


 だからこそ、ルーカスから語られる父親の一面に、息子は聞き入っている様子だった。 

 やはり男同士通じるものがあるのだろうか、内容的にはいたずらをした話ばかりなので、セレナとしては教育上よろしくないと思いつつ、息子が興味津々に「それで、それで」と急かすように続きをねだる姿に、仕方ないと好きにさせていた。



 ルーカスも再会してから、あらためて親子を訪問する時は、どう接したらよいのか手探りの状態だった。

 けれど、親友の息子が屈託なく父親のことを聞いてきたのだ。自分の口から語ることを心配してセレナの顔を伺ったが、少しも表情を曇らせることなくうなずいてくれたので、セレナもアルフレッドの両親も知らないであろう、少年時代の思い出話をしてやることになっていた。


 自分がしてあげられることと言えば、今はそれくらいしか思いつかなかったが、それは親友であるルーカスにしか出来ないことでもあった。


「いま、兄ちゃんは何の仕事してるんだ?」


 思い出話が一段落すると、ふとアルフレッドがそう聞いてきた。


「ルグミール村というところで、水路を作ってるんだ」

「すげぇー! 水路ってあれのことだろ?」


 指をさした先には、王都の間を絶え間なく水が流れている水路があった。


「いいなぁ。家ではいつも井戸から、水汲みを手伝わされるから……」


 アルフレッドは水汲みの手伝いが苦手なのか、口を尖らせてうらやましそうに言った。


「本当に凄いわよね、水路は。私も王都から地方に移り住んで、一層ありがたみが身に沁みたわ。そう、地方にもこんな水路を……大変でしょうね」


「ああ、今はまだ水脈を探して、掘っているところだ」


 ルーカスのその言葉に、アルフレッドはいつもの元気な声とは打って変わって、ぽつんと呟いた。


「兄ちゃん、いそがしいのか……? こんどは、いつ来てくれる?」

「こ〜ら! アルフレッド!」


 思わず寂しさを滲じませたその声に、セレナはすぐさま息子をたしなめたがルーカスはそれを制して、膝を付きアルフレッドの目線に合わせるとこう言った。


「まだはっきりした事は言えないけど、近いうちまた来るからな」


 ここのところ、頻繁に様子を見に来てくれている。彼は仕事のついでだと言っているが、そうでないことくらいセレナにも察しが付いている。


「ルーカス、気を使ってくれるのは嬉しいけれど、無理は……」


 そう言いかけたものの、ルーカスの気持ちを考えれば無下にも断れない。

 それに……。


「じゃあ、やくそく?」

「ああ、約束だ」


 息子の満面の笑顔を見ると、それ以上何も言えなくなってしまうのだ。



◇◆◇



(かあ)ちゃん、ルーカス兄ちゃんまだかな?」


 セレナは何度目かも忘れるくらいにアルフレッドがこぼす呟きに、呆れながらもほんの少し優しい口調でこたえた。


「昨日帰ったばかりでしょう……。ルーカスだって仕事が忙しんだから、そんなにすぐには来れないわよ」


「でもさ、はやく終わるかもしれないじゃん……」


 ルーカスを待ち望んでいる息子の姿に、セレナは何とも言えない気持ちになる。


「……アルフレッドは、ルーカスが好き?」


「うん。いっぱい遊んでくれるし、おもしろい話もしてくれて、……(とう)ちゃんが生きていたらあんな感じなのかな?」


 息子の何気ない言葉に、セレナは言葉を詰まらせた。


 これまで、自分が知っている限りの父親の話を聞かせてやってきた。

 ただ、まだ5歳とはいえ、子どもなりに父親がいないことで、母がその分も頑張っている事を感じ取っているのか、最近は前ほど聞いてくることもなかったのだが。

 ルーカスと出会ってから、父親への想いが少し強くなったのだろうか……。


 やはり、父親という存在が恋しいのかもしれない。

 だから正直、ルーカスに遊んでもらっているうちに、無意識にルーカスに父の姿を重ね始めてしまうのではないだろうか……。考えすぎかもしれないが、これ以上仲良くなると、それだけお別れが辛くなる。


 自分たちは、知人の看病で一時的に王都に滞在しているだけで、そう遠くないうちに暮らしている町に帰らなければならないのだから。


 そうは思っても、のびのびと遊んでいる息子の姿を見ると、ルーカスの優しさを断る事はなかなか出来なかった。何よりアルフレッドの楽しそうな笑顔が、セレナにとって一番嬉しことに違いはないのだ。


 そう、昔からルーカスは優しかった。

 息子を思うとその優しさに思わず、甘えてしまいそうになる自分がいる事にも気がついていた。けれど、ルーカスは、亡くなった夫の事で今でも自分を責め、自分達を気遣っている事も分かっていた。


 いつの間にか眠ってしまった息子をベッドに寝かせると、セレナはその柔らかな髪を梳いてやりながら、どうすればよいのかと複雑な心境を抱え、愛する人の面影を見つめていたのだった。



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