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勢いよく立ち上がったせいで椅子が大きく揺れて音を立てた。
「納得いかない!」
声を荒げて叫ぶが、フェドルセンもエミリアも、居並ぶ大臣達もある程度予想はしていたので特に騒ぐことなく、冷静に話しかける。
「ひとまず落ち着いてください、ルドベード様」
「これが落ち着いていられるものか! 裏切りだ!」
ルドベードは立ち上がったまま座ろうとしない。広い部屋で長いテーブルを囲んで彼以外がきちんと座って話をしようとしているのに、このまま部屋を出て行ってしまいそうな剣幕だ。
けれどこれは間違いなくルドベードにとっては裏切り行為だろう。弟に自分の王座を奪われるのだから。
国を出て行くと言っていた弟の反撃に、ルドベードは驚き、怒っている。
「先王は後継者を選ばれず崩御されました。お二人と我々に判断を任せられました。そこで我々はフェドルセン様を推すことにしたのです」
「フェドルセンは国を出て行くはずだろう!」
乱れることなく冷静に言葉を紡ぐ様子が気に入らないのか、報告をする大臣をルドベードが睨みつける。
「お前は言ったな、この国を出て行くと。あれは嘘だったのか? 俺を騙して安心させ、そうして俺が油断している間に奪い取る魂胆だったか」
口を開かないフェドルセンにルドベードが畳み掛けるように言葉を投げつける。
怒りに肩を震わせながら、フェドルセンを睨みつける目は憎しみがこもっていた。
エミリアにはフェドルセンがどういう反応を返すのか全く予想できなくて内心緊張していたが、フェドルセンは低い声音で冷静に言葉を返す。
「嘘ではなかった。出て行くつもりだったさ。けれど兄さんには悪いが国を任せられないからやめたんだ」
フェドルセンはもっと穏便に王位をルドベードに渡し、もう関わらないようにしたかったのだろう。慕っている兄との関係がこれ以上悪くならないように。
けれどそうするために家臣の言葉を聞かず、そうして招いた結果がこれだ。自分と兄の不甲斐なさに苛立っているのが隣に座るエミリアにはわかった。
フェドルセンは決して国を思わない王子ではない。ただ、兄との関係を最優先にして考えてしまったのが、彼の過ちだ。
「俺に国を任せられないだと……? お前は一体どれほど自分を高く見積もっているのだろうな。今までも、これからも……俺を愚弄する気か……!」
ルドベードは叫んだと同時にフェドルセンに駆け寄り、襟を掴んで強引に椅子から立ち上がらせる。椅子が大きな音を立てて床に倒れ、思わずエミリアも大臣達も立ち上がる。
「ルドベード様!」
「何をなさるおつもりですか!」
大臣達の声が耳に届いていないのか、ルドベードは怒りで顔を真っ赤に染めてフェドルセンを睨みつける。しかし、フェドルセンは冷めた目で自分の兄を見据えた。
「俺を殴るのか? それで気がすむなら殴るといい。けれど兄さんには王座を渡すつもりはない」
「偉そうに……この……!」
「周りをよく見てみろ。誰が兄さんの味方をしている? 誰が兄さんの意見に耳を貸してくれる?」
今にも殴りかかりそうなルドベードに、フェドルセンは冷たく突き放す言葉を投げかける。
「自分の我儘を通すために王座が欲しいのなら、俺は絶対に渡さない。今回、兄さんに王座が渡ったとしても俺はそれを奪いに来るだろう」
ひくり、とルドベードの口が歪む。冷えた鉄に触れた時のようなひやりとする目で、フェドルセンはルドベードを真っ直ぐ見つめる。
フェドルセンの言葉がどれほど本気で、冗談など一切言っていないのがルドベードに伝わったのか、彼はフェドルセンから手を離した。
ルドベードは悔しそうに大きな舌打ちをする。そうしてゆっくりと周りを見渡し、自分の味方など確かに一人もいないのだと改めて知り、歯を食いしばった。
「……お前は結局俺を貶めるんだ。どこまでも……俺を惨めにする」
悔しそうにルドベードが言葉を漏らす。その言葉にフェドルセンも顔をしかめた。
「父は正直俺には期待などしていなかっただろう。お前に継いで欲しかったのだろう。そんな事はわかっている」
幼い頃から比べられ、弟に負けてきた。それがどれほど苦しくて辛いかなんて、本人にしかわからない。けれど弟もそんな兄を見て苦しかったに違いない。苦しかったからこそ国を出て行く選択をしてしまったのだから。
「……兄さんに謝るつもりはない。奪い取るのだから言葉なんて不要だろう。俺は王になる。兄さんは離れた土地で暮らしてもらうつもりだ。アンネを連れて行くかどうかは好きにしてくれ」
フェドルセンの言葉にルドベードは返事を返さない。ただ床を見つめてぽつりぽつりと言葉を落としていく。
「お前などいなかったらよかったのだ。最初から。俺を貶めるお前など」
怒りも憎しみも零れ落ち、抜け殻のようなルドベードを見てフェドルセンは深くため息を吐く。
「兄さんを部屋に連れて行け。もう話し合いは必要ないだろう」
フェドルセンがこの場の解散を告げる。大臣達はそれぞれフェドルセンに黙礼しながら退室していき、ルドベードの護衛兵が彼を連れて行った。
残ったエミリアは立ったまま動こうとしないフェドルセンの背にそっと撫でる。




