8
フェドルセンとラシャーハが話を穏やかにまとめたのをエミリアはほっと安堵して見守っていた。緊張で硬くなっていたルタもようやく肩の力を抜いたようで大きく深呼吸している。
しかし、アンネだけは納得いかなかったようで、口を尖らせて抗議した。
「女を娼婦として使ったのよ? それだけで済ませるなんて納得いかないわ」
「お前の事は心底嫌いで今でも顔を見ると唾をかけたくなるが……素直に謝罪しよう。すまなかった。女性に申し訳ない事をした」
抗議を受けてフェドルセンが言葉を返すより先にラシャーハがアンネに頭を下げた。その様子を見て勝利を思い描けたのか、アンネが鼻を鳴らす。
「ふふん、まあそうよね」
「俺からも謝罪しよう。すまない」
フェドルセンも謝罪するとさらにご満悦な顔になる。
得意げな顔から察するに、アンネはラシャーハの前半の言葉があまり頭に入っていない様子だ。愚かで可愛いな、とエミリアは笑みを溢す。
そんなアンネにフェドルセンが低い声で告げた。
「だが、お前はエミリアを害そうとしたのだ。忘れた訳ではないな? それから嫌がらせの数々。あの程度ですんでいたのはそこまでお前に協力してくれる者がいなかったからだ」
地を震わせるほどのフェドルセンの低い重低音にアンネの顔色が段々悪くなっていく。それこそ芋虫のように緑色に近いかもしれない。
「協力する者がいなかった。だがそうではなかったら、もしくはいらん知識を与える者が側にいれば……そうではなくて本当によかった」
フェドルセンは酷くアンネとエミリアが会う事を嫌がっていた。もしかして実行できていなかっただけで本当にエミリアの殺害計画があったのだろうか。
フェドルセンや、話を持ちかけられたラシャーハ達がそれを潰しただけで。
だからこそアンネ一人が思いつく範囲の嫌がらせ程度ですんでいて、稚拙な策だけで終わった──だが他に協力者が現れてしまっていたら、また違う結果だったのかもしれない。
「よって、お前は罪に問われず無事に王宮を出ていける事に満足しろ」
「でも、だって……」
「兄さんは近いうちに領地に移る事になる。その妻にならもしかしたらなれるかもしれないな。別に反対はしない」
顔面蒼白なアンネにエミリアは笑いかける。足の恨みを忘れた訳ではない。
「妻ではなく愛人でしかいられないかもしれませんが……まあ好きに暮らせるとは思いますわよ」
愚かでも王族なルドベードと、なんの後ろ盾も地位もないアンネ。まさか妻になれるとは思わないが、愛人にならなれるだろう。ルドベードが他に妻を娶る事がなければ実際は妻だ。書類上は違うだけで。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「なんですの」
「じゃあ要求するわ! 外交で役立ったのだからそれなりの報酬を要求する!」
役立ったも何も、そもそもアンネの存在を隠すためなのだが、彼女はそんな事は考えつかないらしい。
見つけた"正当な報酬"という理由に満足して笑っている。
「……下をよくごらんなさい」
「下?」
「ええ、鏡でもいいですわ」
え、とアンネが間抜けな声を出す。いつまでたっても学習能力のない女だが、アンネを苛めるのはエミリアにとってこの上なく楽しい。
「その身につけているもの全て、どこから出たお金でしょうね」
「……それはもちろんルドベードの……」
「ルドベード様がご自分の個人財産を使うなんて考え、ありますの?」
視線をラシャーハに向ければ、彼は重々しく首を横に降った。つまり、アンネに与えたもの全て国の金だ。身につけているドレスから化粧にいたるまで全て。
「随分と優雅な暮らしができたでしょう。あなたにとってそれが報酬ですわ」
「でもそれは……!」
「それ以上を望むのならルドベード様の個人財産からおねだりなさい」
有無を認めずはっきり言うとアンネが黙った。エミリアに何を言っても勝てないのだと少しは理解できたようだ。
納得はいかないけれど言葉がうまく出てこない。そんなところだろうか。
別にエミリアは娼婦を汚らわしい職業だとは思わない。なんであれ働く職業に変わりないのだし、男とってなくてはならない重要な職業だ。
けれど、アンネのは違う。これはただ私利私欲のために女を使っただけ。
そんな女にエミリアは一切同情しない。
にこやかな笑顔でエミリアが微笑んでいる横でラシャーハとフェドルセンが苦笑を溢す。
「これは将来怖い妃になりそうですな」
「そうだな」
怖い妃なんてとんでもない。エミリアはいつだってにこやかな笑顔を浮かべる可憐な王女だ。




