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「もちろん妃におさめるつもりは毛頭なかったので、あれは外交用の女ですと答えました」
ラシャーハに言われた言葉が予想外だったのか、アンネが再び吠えた。
「妃にするつもりはなかったってどういう事よ!」
妃になるつもり満々でいたアンネにとって寝耳に水だったのかソファから腰を浮かせかけている。
ラシャーハはアンネの事など視界にいれたくないのか煩わしそうに目を細めた。
「つい先日もはっきり言いましたけどね。我々はあなたの命を狙わない事を誓っただけで、何も王妃にするとか身の安全を保証するとか、そんな事は一切誓っていませんよ」
ラシャーハの言葉を聞いて、今度はエミリアが目を細めた。
つまり、そういう事か。
エミリアがアンネを脅した際にアンネはラシャーハ達、自分を娼婦として使う事を提案した大臣達に助けを求めた。けれどそれは一蹴され、守ってはくれないし妃にもなれずようやく自分の立場が危ないとわかり──アンネは今度はエミリアに大臣の話を暴露したわけだ。
自分を守ってくれない大臣に復讐したかっただけなのだろう、とわかってエミリアはため息を吐いた。
「……ルドベード様を諌める事ができなかった時点で、我々は良い臣下ではいられなくなってしまったのです」
苦しそうに紡がれたラシャーハの言葉は、フェドルセンにどう届いたのだろうか。
ただエミリアの手を握るフェドルセンの拳に、きゅっと力が入った。
「わたくしにもっと力を貸していただければこのような事にはならなかったのでは?」
フェドルセンが黙ってしまったのでエミリアが代わりに口を挟む。ラシャーハの視線が、エミリアに向いた。
「あなたが我が国にいらっしゃる前に、既にこの女との取引は完了しておりました。……ルドベード様にあなたとの仲を取り持とうとお話もしましたがやはり相手にされず、かえってアンネを守る! と言い出してしまいまして……」
だからエミリアが輿入れした時にルドベードは現れなかったのか、と苦笑が思わず溢れた。フェドルセンがいたからいいものの、なんて考えなしの王子様だろうか。
「フェドルセン様が側にいると聞いたので、どうせなら一緒になって欲しいと思っておりました。けれど不用意に我々が近づくとルドベード様が癇癪を起こしますので……」
「やはり弟に寝返ったのか、とか言い出しそうだな」
フェドルセンの頭の中でルドベードの反応が想像できたようだ。彼も苦笑を溢す。
「ですので少し離れたところから様子を探ろうと思いまして……手配しましたのがそこにいる孫です」
「えっ!」
と声を荒げたのはルタだ。聞いていなかった話のようで驚いて固まっている。
「私別にエミリア様の情報を漏らすとかそんな事は……!」
「噂程度の話を自分の家族に話したのでしょう? あなたにそんな腹芸ができるとは思っていませんわ」
エミリアが慌てふためくルタを落ち着かせようと言葉をかける。
ドュポーなら家族にも仕事の話など一切漏らさないだろうが、何せルタだ。感情表現豊かな彼女が家族相手に「フェドルセン様とエミリア様が」と興奮気味に話してしまっても何も驚かない。
「まさかアランシア様がやって来るとは思いませんでしたが、孫からあなたとフェドルセン様がとても仲が良いと聞き、そこの女からもそのような話を聞きましたのでそこまで何かをする必要はないと判断し、見守るだけにさせていただいておりました」
アンネからも聞いたと言うのはきっと「フェドルセンがあの女を庇うの!」とかその辺のうるさい言葉を言われたのだろう。全くどこまでも低知能な女だ。
やはり芋虫だったかとエミリアはアンネに冷たい視線を向ける。
「然るべき時が来たら延期になっているエミリア様の結婚式の手配をつつがなく行うのがわたしの仕事です。そしてその相手はきっとフェドルセン様になっているだろうと思っておりました」
そこでようやくラシャーハは口元を緩めて微笑んだ。白い眉毛の下に目が隠れて見えなくなる。険しい顔つきがなくなり、柔らかな好々爺の顔が見えた。
「ですが王子の恋人を勝手に外交で娼婦として使った事は事実です。フェドルセン様が王位につくのならば喜ばしい。わたしは喜んでどのような罰でも受けましょう」
ラシャーハの言葉にフェドルセンは眉根に指を当てて深く大きな息を吐く。
「……あなたの細かな処罰は後で決めるが……、ひとまずいくつかの権限の剥奪と領地の一部没収になるだろう」
フェドルセンの言葉にラシャーハが目を見開く。続いてエミリアにも視線が渡るが、フェドルセンの決めた事に異論はないのでにっこりと微笑んだ。
「そんな程度でよろしいのですか……?」
「やった事は下衆な事に違いない。……が、そもそもそうさせた理由は俺と兄にある。それに俺が王位についた時もどうかその知識を貸して欲しい。もちろん、独断は困るが」
アンネにとっては災難だっただろう。しかし何もラシャーハだけを罰する訳にもいかないのだ。やった事には責任をとってもらわなくてはいけないが、そこまで重たい罪を負わせる訳にもいかない。
ラシャーハは表情を引き締めて丁寧にフェドルセンに頭を下げた。




