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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
六、芋虫の言葉
37/41

5

 フェドルセンの私室にアンネが呼び出される。

 彼女も既に何を聞かれるのかはわかっていたのだろう。アンネはエミリアを一瞥した後、主犯の大臣の名前を告げた。

 エミリアには全く聞き覚えのない名前だが、フェドルセンは違う。

 目を見開いて彼は暫く言葉を出さなかったが、やがて長く息を吐いた。

「……ここに連れてこい」

 再びルタが部屋を出て入った。

 立ったままのアンネはどこに座ったらいいのかわからないようで所在無さげに指を絡めている。

 二人がけのソファがテーブルを挟んで置いてあり、今はフェドルセンとエミリアがそれぞれ座っている。新たに人が来るなら場所を移動すべきだろう、とエミリアが立ち上がってフェドルセンの隣に座るとアンネが顔をしかめた。諦めたと言ってもまだフェドルセンへの執着はあるようだ。

 顔をしかめたアンネはフェドルセンの許しを得る前にさっさと空いたソファへ腰を下ろす。その顔には"気に食わない"と大きく書いてあるが、エミリアは気にせずにっこり微笑んでやる。

 ここでフェドルセンの腕に自分の腕を絡ませたら、アンネはさぞ面白い反応をしてくれそうではあるが──エミリアが行動に移す前に扉がノックされた後、開かれる。

 部屋に入ってきたのは随分と高齢な男だ。頭も口髭も白い。笑うことなんてあるのかと疑いたくなるほど表情は険しい。子供がいたら泣き出してしまうのではないか。

「あなたが、か。……予想外だ」

「そうですかな」

 老人はゆったりとした歩みでそれぞれが座るソファの側へ寄る。

 もしや主犯だと発覚したのでフェドルセンに危害でも加えるつもりだろうかとエミリアが警戒するが、フェドルセンもしっかりと腰の剣に指をそえていた。

 案内したルタがエミリアの側に控えたので彼女に小声で尋ねる。

「どなたなの」

 ルタは素早くエミリアに耳打ちをした。

「……フェドルセン様のお爺様の代から仕えてきた大臣のラシャーハ様です。私の……お爺様です」

 告げられた事実に驚いてルタを見ると、彼女の顔色は真っ青だった。

 フェドルセンが果たしてその事を知っているのかはわからないが、エミリアとルタの動揺など置き去りにして話が進む。

「なにも予想外ではありますまい。わたしはそこの女が唾をかけたくなるほど嫌いで、そんな女が未来の妃としておさまろうとしていたので……」

「だからと言って、国を想い、二人の王に仕えてきたあなたが……。俺はてっきり、三人目の行く末も見守ってくれるのかと」

 フェドルセンの祖父の代から仕えてきた男。二代の王を看取り、そして三代目の王に使えるはずだった男。

 そんな人物が、なぜ女を売る真似をさせたのか、理解できない。

 ラシャーハは深く息を吐いた。長年の積もり積もった疲れを流すかのように。

「わたしはなんでもお答えしますよ。その前に一つだけ質問をさせてください」

「……なんだ」

「あなたは国を去られるのでは?」

 鋭い目で、フェドルセンに問う。

 その返答次第ではなんでも答えるが答え方が変わるのかもしれない、とエミリアは思った。

「……今更だと言われるかもしれないが、国に残ろうと思っている」

「それはそこにいらっしゃるラガルタの姫君と、ですかな」

「そうだ」

 フェドルセンの答えを聞くとラシャーハは満足したように口元を少しだけ緩めた。

 エミリアは部屋の扉の側で控えているヘイムスを呼ぶ。ラシャーハ様に椅子を、と指示をする。

 彼は国を去る者には真実など教えないつもりだったのだろう。そして、一番に望んでいた答えを、フェドルセンは恐らく口にした。

 ソファではないが椅子を用意し、そこにラシャーハは遠慮なく座った。

 真剣な話を聞くのに立ったままではいけない。フェドルセンも自分に害をなす訳ではないと理解して剣から指を離した。

 高齢なラシャーハは椅子に座って腰を撫でた後、揃えた膝の上で指を絡める。

「先ほども言いましたが、わたしはそこの女が嫌いです。その女に夢中で他の事を気に留めないルドベード様も、そのルドベード様が駄目な兄だと気づかないふりをして国を出て行こうとしたフェドルセン様も、みな嫌いです」

 きっぱりと、淀む事なく迷いなくラシャーハは言葉にした。エミリアも少し思っていたが言えなかった事を、遠慮なく。

 兄は、と反論しようとしたフェドルセンをラシャーハが険しい目つきで睨んで黙らせた。

 祖父の代から仕えてきた忠臣ならフェドルセンを子供の頃から知っているだろう。どうにも頭が上がらない様子だ。

「いいですか、フェドルセン様。はっきり申し上げますが──ルドベード様に任せては国が潰れてしまいます」

 白くほのかに霞んだラシャーハの瞳が、エミリアには透き通って見えた。

 どちらが王として優れているなんて、最初からわかりきっている。わかっていないのは当の本人達だけ。

「家臣の前で平然と弟を愚弟と呼んで蔑み、平然と通っていた娼館の女を妻にと公言する。そのような話を、どれほど国内・国外共に漏らさないように我々が骨を折った事か」

 ひく、とフェドルセンの肩が一瞬震える。そんな事はフェドルセンだってわかっていたはずだ。ラシャーハの言った通り、気づかないふりをしていただけで。

 フェドルセンは兄を想っていた。だからこそ事実からそっと目を背けた。

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