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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
六、芋虫の言葉
36/41

4

 兄よりも優秀な弟のことを、果たして兄はどう思っているのか。

 いくら弟が自分を慕っていたところで劣等感はなかなか消えない。周りがどれだけとりなしても、弟と同じことはできず、評価も上がらない。

 気を遣われて「あなたも負けていない」と言われたところでなんの励ましにもならない。

 だから、優劣のはっきりしている兄弟は難しいのだと、エミリアは思う。

 エミリアだって姉のアランシアより自分が劣っていると思っているが、それでも姉を慕い、姉もエミリアを慕っているからこそ姉妹間に亀裂は生まれていない。

 けれど、それが一方だけの想いならば。

「……やらなくてはならない事が山のようにたくさんありますわ」

 ソファに座って足元で寝そべるアレクサンダーの耳を触る。軽く引っ張って見ても、眠たそうに目を細めるだけだ。

 丸いテーブルを挟んだ真向かいに座るフェドルセンは腕を組んでエミリアを睨みつけてくる。

「ああそうだな。でも駄目だ」

 断固とした決意の滲むその言葉に、エミリアの眉間に力が入る。

「でもそれで解決するなら一番いいと思うのですけど」

「それでもだ」

 先ほどから彼は否定の言葉しか言わない。

 側で控えているルタが居心地悪そうに顔を強張らせているが、そんな彼女の隣に立つヘイムスはにこにこと笑顔を浮かべていて──エミリアは苛立ちのままソファの上に置いたままだった読みかけの本を手に取り、思い切りヘイムスに向かって投げつける。

「わっ!」

 驚いたヘイムスが自分の頭めがけて飛んできた本を慌てて避ける。

「なにするんですか!」

「あなたのその緩みきった顔が癇に障りましたの」

「ひどい!」

 どうせヘイムスは「フェドルセン様とうまくいってよかったですね」「ようやく素直になったんですね」とか思っているに違いない。間違いない。声が聞こえる。

 本を投げつけたことで少し苛立ちが治り、エミリアは咳払いをする。

「それで、先ほどから押し問答ですけど。アンネに会って何がいけないのかきちんと教えてくださいます?」

 エミリアはアンネから聞いた話をフェドルセンに報告した。

 王宮の娼婦など、王子達が知らないところで勝手に進めていい話ではない。

 しかも、アンネは妃ではないがそれでもルドベードの恋人だった。その彼女をいいように利用しようとする者が王宮にいるなんて、フェドルセンにとっては衝撃的な話だっただろう。

 だからこそ、その者が誰なのか突き止めなくてはならない。

 エミリアとしてはアンネにもう一度聞いてみるべきだと思うのだが、フェドルセンがこれに納得してくれない。

「王宮内で勝手にアンネを娼婦扱いして、しかもそれを周りに悟らせない男だ。安易にお前が近くべきじゃない」

「それでも、すぐに解決させた方がいいのではありません?」

「駄目だ」

 先ほどからずっとこのやりとりだ。話し合いにならない。何かをエミリアが言っても「駄目だ」「やめろ」しか言わない。譲歩も何もない。

 延々と続くこの不毛なやりとりに、エミリアはため息しか出ない。

「少しは会話のやりとりをしてくださいな。それともあなたは人の会話ができませんの?」

 嫌味で突ついてやると、すぐにフェドルセンの顔が引き攣る。会話ができないならさせるまでだ。

「人でないのなら何でしょう。虫? それともその辺を走り回るネズミ?」

「お前……言わせておけば、虫だのネズミだのと」

「会話のやりとりができない人なんて虫やネズミと同類ですわよ」

 高圧的な物言いにフェドルセンのこめかみがぴくぴくと動いている。もうひと押し、とエミリアは更に言葉を続ける。

「駄目、やめろ。そんな言葉は子供でも言えますわ。そうではなくて、きちんと会話しましょうとわたくしは言ってますの」

 ぐっとフェドルセンの眉根がまた寄せられる。しかし、どれだけ睨まれたってエミリアも引くわけにはいかない。

「アンネと話します。あなたと、わたくしで」

 エミリアの言葉にフェドルセンはもう否定の言葉は口にしなかった。承諾の言葉も口にしてはいないが、それでも否定の声が出ないならもうあとはエミリアが押し切るのみ。

「ルタ、アンネをここへ呼んで」

「は、はい」

 急に声をかけられて驚いているルタは慌てて部屋を出て行った。彼女の背中を目で追ってからフェドルセンに視線を向ける。不服そうな顔をしているが、彼だって早く全て片付けてしまいたいと思っているのだ。

 アンネをいいように利用した一部の大臣の発見と、ルドベードへの報告、他の大臣達への報告、その他諸々。

 できればアランシアが滞在している間に全てを片付け、祖国に良い報告ができるようにしておきたい。姉にとっても心配事はない方が何も気にせず出産に挑める。

「……兄さんはどんな反応をするだろう」

 フェドルセンがそんな言葉をぽつりとこぼす。

 ルドベードがどんな反応をするのか。それはきっとフェドルセンだけがわかっていない。否、わかろうとしていないのだ。

 それでもエミリアは苦笑を浮かべてできるだけ柔らかな声になるよう心がけて言葉を返す。

「わたくしに予想なんてできませんわ」

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