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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
六、芋虫の言葉
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 話がある、と不躾にもエミリアを呼び出した時は、頭が狂っているか、それとも学習能力のないただの馬鹿なのか、とついそんなことを思った。

 けれど実際に再びお茶を飲みながら彼女──アンネと会うと、それは思い違いだったことを知る。否、狂っているのはある意味で正解かもしれなかったが。

「それで? まさか毒を盛って欲しくてわざわざわたくしを呼び出したわけではないのでしょう?」

「当たり前よ!」

 真っ赤な唇を歪めてアンネは吠える。

 なぜだろう。同じ赤い口紅をつけているはずなのに、アンネと姉とではこんなにも違う。やはり姉は人とは違う女神かもしれない、と思考の隅で考える。

「……あなたに、一応話しておこうと思って」

「あら、一体何を話してくださるの?」

 アンネは顔をしかめながら言いにくそうに、すごく嫌そうに口をもごもごと動かしている。そこまで言いたくなくて、けれど言いたい話とは何だろうか。

 少し興味を惹かれて彼女の様子をエミリアは観察する。

「私、庶民の出なのよ」

「はい、そうでしょうね」

 エミリアは驚くこともなくあっさりと告げられた事実に頷く。アンネはその答えに不服そうにする。

「何よ、もっと驚いたって……」

「貴族の出には見えませんでしたので、ごめんなさいね」

 にっこりと皮肉を含めた完璧な笑顔を浮かべると、アンネの口元がさらに引きつる。

──あら、意外とこういう反応も楽しいですわね……芋虫みたいで。

 と、ヘイムスが聞いていたら顔を真っ青にするであろうことをついつい考えてしまった。

「そ、それで……そんな庶民の私が誰にも反対されずにこの王宮で大きな顔ができているの、不思議じゃない?」

 エミリアはつい笑顔を引っ込めて真顔になった。

 それは、確かに疑問に思っていたことだ。

 誰もが疎ましく思っているはずのアンネ。後ろ盾だって何もないはずなのに、誰も彼女に文句を言わないのだ。否、一部の人間はもしかしたらルドベードには進言したのかもしれないが、決定的に彼女を遠ざけようとする動きが見られない。

 エミリアが真剣な眼差しになったのに満足したのか、アンネは引きつっていた顔を緩める。

「私ね、王宮の娼婦なのよ」

「……王宮の、娼婦?」

 初めて聞く単語に思わず首をかしげる。

「ルドベードが王になってもきっと頼りないでしょ。でもほら、しっかりとした前王様はもう崩御されてしまったし、頼りになるフェドルセンも国を出るというし……」

 ふふっとアンネが笑う。けれどとても楽しそうな笑顔ではなかった。

「外交で他国の使者が来るでしょ? 必要な場合はその使者を接待するの。そのための私。そのための、ルドベードの妻よ。周りが勝手にそれを望んで、私も受け入れたからある程度のわがままが許されているのよ」

「……それを、ルドベード様とフェドルセン様は知っているのですか」

 いつもより低く、強い声音で尋ねる。

 まさかフェドルセンが知っているはずがない。彼はアンネを兄の恋人だと思っているはずだ。それを外交で使う娼婦にさせているはずがない。

 ルドベードだってなにも知らないのだろう。そもそも外交でそんなことをして得をえようだなんて考えつか無さそうだ。

 エミリアの予想を裏切ることはなく、アンネは頷いた。

「二人は知らないわ。これは私が一部の大臣達と決めたことなの」

「そこまでして……王妃になりたいというの?」

「そうよ。私は別に元々顔が綺麗ってわけでもないし、そもそも処女じゃないし。だから、別に平気」

 エミリアには到底理解ができなかった。もちろん、国のためなら婚約者に身を差し出すことにためらう気持ちはない。

 けれど、外交のためだからといって見ず知らずの男の夜の相手をするのなんて、無理だ。

 そこまでして欲しい地位なのだろうか、王妃という立場は。

 庶民の出ではないエミリアからしたらよくわからない。

 祖国のため、家族のため。王妃にならなくてはと思う。けれど、自分の欲のためになりたいなんて思わない。

「……なぜわたくしに話したのでしょう」

 エミリアは一度気持ちを落ち着ける。ゆっくりと呼吸をして、目の前に座るアンネを見据えた。

 こんなことを話す彼女の真意とはなんだろうか。

「さあ? ただ、あなたのお姉さんまで来てしまったらもう王妃なんてなれないと思って」

 アンネは大きなため息を吐く。

 一部の心ない大臣達の案に乗り、彼女は王妃の立場をもらう代わりにその身を娼婦として使うことを受け入れた。もしかして、もうその手の仕事を何度か受けていたのかもしれない。

 だからこそ突然その地位を脅かすエミリアが現れ、なりふり構っていられなかったのだろう。

「……ルドベード様とラガルタとの婚約を決めたのは、フェドルセン様ですわね?」

「ええ、そうよ。国を出て行くからせめて兄にしっかりとした正妃を娶って欲しかったのですって」

 実にフェドルセンらしいと思った。ルドベードはどう思っているか知らないが、フェドルセンは自分の兄を大切に思っている。だからこそ、兄を脅かす存在になってしまわないように国を出て行くのだ。

 そして、自分が去った後に兄が立場的に困らないように、きちんとした身分のある姫を選んでおいたのだろう。

 それがまさか、その兄に見向きもされないエミリアだったのは誤算だったのかもしれないけれど。

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