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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
五、姉と妹の差
32/41

5

あけましておめでとうございます。年始初の更新です。

今年は完結を目指すます。というか、春くらいには完結したいです!

本年も宜しくお願い申し上げます。

 どうしたいのか、どうなりたいのか。エミリアはゆっくりと脳内を働かせる。けれど、どんなに考えても全く思い浮かばなかった。

 エミリアにとってフェドルセンは《国を出て行く男》で、そこだけが離れない。自分の隣に立っているなんて想像もできない。

「国を出て行く人との未来なんて……お姉様はわたくしに国を、祖国を捨てろとおっしゃるの?」

「エミリーがじっくり考えて、それが最善だと思うのなら私はそれでいいと思っているわ」

「そんな無責任な!」

 あまりにも奔放な姉の言葉に思わずエミリアが戸惑ってしまう。

「国を捨ててまで添い遂げたいと思うなんて素敵な事だと思うわ」

 さすが、エミリアもヘイムスも崇拝する姉である。言う事が規格外だ。小心者のエミリアではとてもじゃないが考えつかないし、考えついたとしても口にできない。

「もちろんこの国に残って最善の道を探すのがシュゼランにとっても祖国のラガルタにとっても良案だけれど、それでエミリーが幸せではないのなら王族の役目なんて放棄してしまってもいいもの」

 呆然とするエミリアを見て、アランシアは悪戯っぽく笑う。

「それにね、もし国を捨てて二人が駆け落ちしたとして……シュゼランはラガルタに何も言ってこれないでしょう。ラガルタ側はイーリを説得すれば大丈夫。ね、簡単よ」

 その《簡単》がとてつもなく難しいものにエミリアは感じるが、確かにシュゼランは祖国に文句は一つも言えないのかもしれない。輿入れしたラガルタの王女を蔑ろにしたのだ。そして軽傷とはいえ、怪我まで負わせている。公にすればイーリがいくらでもつついてくれるだろう。

「でも……お姉様……」

「でもじゃないの。否定の言葉は聞き飽きたわ。はっきり言いなさい、エミリー。フェドルセン様の事をどう思っているの」

 真っ直ぐなアランシアの瞳がエミリアを射抜く。

 アランシアのあまりにも楽観的な言葉に、同じく夢見ることもなくただうだうだと否定してばかりのエミリアは、ようやく自分が言葉にはっきりと出していない事に気がついた。

「わたくしは……」

 ふっとフェドルセンの顔が脳裏に浮かぶ。いつも言いたい事を言ってきて、おまけに意地悪で、アレクサンダーを懐柔して、いきなり意味のわからない行動に出る、あの男の事を──

 自覚はしたというものの、言葉に出すとなるとまた勇気が違う。

「どうしたの、エミリア」

 いつまで経っても口を開く気配のない妹に焦れたのか、アランシアが問う。

「エミリア様」

 すると、今まで固い顔でずっと後ろに控えていたヘイムスがエミリアを呼んだ。どうにか重たい頭をそちらに向けると、アランシアの前だと言うのに緊張した面持ちではなく、どこか晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「ヘイムス……」

「エミリア様、大丈夫です。口にする事くらい許されます」

「本当に?」

 いつもは頼りなくて、おどおどしていて、時に生意気な口をきくけどやはり軟弱な様子しかほとんど見せないヘイムスが、やけに大きく感じる。

 自分はどれほど小さいのか。 

 座っていなければきっと立ち続ける事さえ難しい。それほど、エミリアは自分と葛藤していた。

 王女の自分。一人の女の自分。どちらも大切だけれど、王女としての役目、誇りを何よりも優先してきた。

 だからこそ、こんな些細な小さく思える言葉すら、口から出てこない。

 今まで自分が歩んできた短いけれど長い人生の中で育ったプライドが邪魔をする。

「わたくしは……」

 わたくしは。そこからが重要だというのに。

 ふと、目の前の姉を見る。生まれた時からエミリアの前にいて、何事にも物怖じしなくて、勇気ある強い女性。けれど姉曰く、彼女はもっと弱く、ちっぽけな普通の女性だ。

 エミリアだって、普通の女性だ。


「わたくしは、」


 キュッと拳を握った。

 考えるのは自分ではなく、彼の事。

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