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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
五、姉と妹の差
31/41

4

「人が必死になって話しているのに笑うなんて……なんですの、お姉様」

「そうね、必死だったわ」

 ふふ、とまだ笑う姉に訳がわからなくてエミリアは唇を尖らせる。

 お姉様、といじけてドレスを引っ張ると、姉はエミリアの頭を撫でた。

「ごめんなさい。だってエミリーってば……ふふっ。そんなに第二王子の良い所を必死に言うだなんて」

「いいえ、あの人のいい所じゃなくてわたくしはシュゼランのいい所を……」

 と、紡いでいた言葉をエミリアは最後まで言えなかった。自分が先程まで必死になっていた言葉を冷静に思い返してみると、見事にフェドルセンの事しか言っていなかった事を思い出す。シュゼランの事なんて、何一つ言っていない。

「…………」

 あまりの事にエミリアはぽかんと口を開けたまま固まり、やがてみるみるうちに顔が赤く染まっていく。

 じわりじわりとエミリアの顔に熱が回っていくのを、姉はにこやかな──というよりはニヤニヤと緩んだ顔で見つめてくる。

「わたくし……わたくしったら」

「エミリーったらお馬鹿さんね」

 呆れたと言わんばかりの口調でアランシアは初心な妹に言い聞かせる。

「あなたが悪く思われたくないのは──認めてもらいたいのはどちらなの。 シュゼラン? それとも第二王子なの?」

 エミリアの鈍い唇は先程からぱくぱくと意味もなく魚のように動かす事しかできない。なにかが喉までせり上がってきているが、言葉に出来ない。

 隣に座るアランシアがやけに大きく見えて、エミリアは堪らず姉の細い腕を掴む。

「お姉様」

「はい、なんでしょう」

「わたくしどうすればいいのでしょう」

 アランシアはきょとんとして首を傾げた。

 なにを? と言わんばかりアランシアの顔にエミリアは心が焦れる。

「いまさら! あの人になんて顔をしてどういう態度を取ればいいと言うのです!」

 いまさらだ。本当に。

 意地悪で口が悪くて粗野で子供っぽいあの男の事をエミリアがどう思っているかだなんて、最初から気にしてもしょうがないではないか。

「わたくしがどんな顔して国を出ていく男を引き止めるというのです。お姉様ならなんと言うのですか? わたくしの為に残って? そんな事を言えるのですか」

 先程までとはまた違った必死の様子に、アランシアも表情を引き締める。

「第二王子は国を出ていくの?」

「ええ、その予定ですわ」

 異国から来た兄の嫁が不遇だったから世話をしただけ。フェドルセンにとっては、ただそれだけだ。

 野良猫に少しの愛着がわいて構っていただけのこと。

 エミリアが期待するようなものはなにもない。

 アランシアの腕を掴む手に力がこもる。ここ最近ずっとエミリアが心の奥で溜まっていて鬱憤がぶくぶくと泡を立てて上へと登ってくる。

 熱湯が吹き上がるかのような心地に、エミリアの瞳が水気を帯びる。

「……離れていく男をどう想えと言うのです!」

 叫んだ途端、アランシアの両腕がエミリアの背中に周り、ぎゅっと抱きしめられた。

 優しく髪を解かれる感触に、またもやエミリアの瞳から大粒の涙が流れていく。

「気になっていたのは承知していましたわ! いつだって側にいるあの人が気にならないはずないじゃない。でもだって、私の夫になるのはルドベード様でフェドルセン様じゃないもの。未来の弟を気にしたってなにも得られないもの!」

 だから初めから除外していた。この人を気にしてもしょうがないと、未来の弟だから有り得ないと、自分に言い聞かせていた。

 それなのにフェドルセンは思わせぶりな事をするし、ヘイムスは余計な気を回してくるし、最後にアランシアまでもが問い詰める。みんな揃ってエミリアを虐めてなにが楽しいのか。

「わたくしは国の世継ぎを産む役目があります。それはお姉様と同じです。だから、世継ぎとなる男子になる可能性のない方とは結婚できませんし、想う事も許されませんわ」

 自由に恋愛をする権利は、一番下の妹に譲った。アランシアもエミリアも、それでいいと思っていた。

 嫁ぎ先を弟に決めてもらって、準備をして異国へ来て、あとは結婚するだけでうまくいくはずなのに──どうしてこうもうまくいかないのか。邪魔をされるのか。

「どうしてわたくしを惑わすの? なにか間違っているというの?」

 しゃくり上げながらアランシアにしがみついて愚痴を零すと、アランシアはエミリアの額に口付けを落とした。母親が傷心の娘にするように、慈愛のこまったそれは、少しエミリアの心を和らげてくれる。

「気付きたくなんてなかったのに……」

「そうね。……大丈夫。世継ぎを産まなくてはいけないとか、祖国のためにとか。そんな役目は放棄してしまってもいいわ。私からイーリに口添えしてあげる」

 優しいアランシアの声にエミリアは伏せていた顔をそろそろと持ち上げる。

 涙で曇った視界の先に優しく微笑む姉が見える。

「フェドルセン様とどうしたいのか、どうなりたいのか、エミリーが自分の意思でじっくり考えて」

今までお待たせしてしまったので2話連続更新でしたm(*_ _)m

ようやく最終地点が見えてきました!

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