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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
五、姉と妹の差
30/41

3

久しぶりの更新になってしまい申し訳ありません!

「……母?」

 微笑むアランシアの顔と、彼女の腹をエミリアは凝視する。細かな刺繍が施されたドレスの生地の下は真っ白な肌があって、まだそこには一切の膨らみがないはずだ。

「まだ膨らんではいないけど、お医者様がそう言ったの」

「え、でも身篭っているのならどうしてシュゼランに? き、危険では?」

 王太子妃の子供。つまり、次期国王の子供だ。息子ならば後継者となる──そんな大切な子供を腹に宿していて、なぜ旅をしてわざわざシュゼランにやってきたのか、エミリアには理解ができなかった。

「夫はね、付いてくるって聞かなかったのよ」

「もちろんそれは心配にもなりますよ!」

 きちんと妻の体の心配、もしくは子供の心配ができるなら政略結婚の夫としては十分だ。少なくとも愛情ではなくともアランシア、もしくはその子供に興味があるという事だ。

──たくさんの愛人を抱えた男は子供の存在を知って改心……とか?

「……どうやって説得しましたの?」

「簡単よ。もし私の身になにかあって帰らなかったら新しい妻を娶ってねって」

「え!?」

 あまりにも意外な言葉にエミリアは体を伸ばしてアランシアに詰め寄る。

「どうしてそんな事を! 妻が後妻を進めるだなんて!」

「あらどうして? 夫は時期国王よ。世継ぎを作るのが役目だわ」

 あくまでものんびりとそんな事を言う姉に、エミリアは目をぱちぱちと(しばた)かせる。

「夫は私一筋なの。だからいざ私の身になにかあった場合に、先に意思を伝えておかなくちゃずっと一人身でいてしまう危険もあるのよ」

 のろけなのかなんなのか、とにかくアランシアは時期国王の妃として、世継ぎは絶対だと思っていて、そして自分の身になにかあって産めなくなった場合は遠慮なく──むしろなにがなんでも──後妻を迎えてほしいと思っているようだ。

「じゃあ……お姉様が例えば女の子しか産めなくても……」

「ええ。後妻を迎えるべきね」

 迷うことなくさっぱり言う姿勢は確かに姉らしい。けれど、とエミリアは顔を曇らせる。

「それではお姉様は幸せなのでしょうか」

 そんなエミリアにしては少女らしい言葉を言うと、アランシアは片眉を器用に持ち上げて笑ってみせた。

「エミリーったら、らしくもない事を聞くのね。個人の幸せよりもまず祖国、それから嫁ぎ先の国の事が優先でしょう。私が来たのも祖国の弟から連絡をもらったからなのよ」

「イーリから?」

 アランシアとエミリアの弟であるイーリは一足早く父の後を継いで王位に座っている。

 今回のエミリアの嫁ぎ先を決めたのもイーリだ。

「どうしたものか気になっているようだったから、私もエミリーに会いたかったし……だから来たのよ。あなたが困ってると思って」

「わたくしは別に困ってません!」

 反射的にそんな言葉を返すと、アランシアは気分を害した様子もなく、くすりとただ笑う。

 ちらり、とアランシアは扉の前で先程からずっと静観していた──というよりは目の前のアランシアを見惚れるのに精一杯であった──ヘイムスに視線を向ける。

「それにしては、彼の顔が優れないようだわ」

「……ヘイムスはお姉様の前で緊張しているだけですわ。なにも問題ありません」

 嘘をついている訳ではない。実際にヘイムスが緊張しているのは事実だ。

 あくまでも弱音を吐きたくない妹にアランシアは苦笑を浮かばせて提案を持ち出す。

「じゃあお菓子を食べながらエミリーがこの国に来てからのことを話して聞かせて。それくらいはいいでしょう?」

「……いいですわ」

 アランシアは侍女のポーラにお茶と菓子を用意させる。

 用意されたのはたっぷりのクロテッドクリームを塗って食べるスコーンだ。

 アランシアと大きなソファに隣合って座りながら紅茶と一緒にそれを楽しみ、エミリアはゆっくりとシュゼランに来てからの話をする。

 姉はその間にこやかに聞いて相槌を打ち、時には首を傾げて質問し、時には眉を寄せて顔をしかめつつ聞いていた。

「……では、先程会った第一王子には既に妻と名乗る女がいるのね?」

「…………それは、そうですわね。けれど実際には結婚はしていないようですので……」

「それはそうかもしれないけれど、同盟国から嫁いできた王女を蔑ろにしていい理由にはならないわ」

 うぐ、とエミリアは言葉に詰まる。確かにアランシアの言う通りだが、なにも祖国とシュゼランとの関係を悪化させたいわけではないので、複雑な気分になる。

 シュゼランにもいい所があると説明しなくてはいけない義務感が降りてきて、エミリアは慌てて言葉を加える。

「でもね、第二王子は助けてくれましたのよ。森で足を怪我した時にはわたくしを馬で運んでくれて、いつも話し相手にもなってくれて、他人には滅多に懐かないアレクサンダーが懐いてしまいますし、それにね……」

 なぜこんなにも自分が必死になってるのか理解出来ないまま言葉を紡いでいると、それまで真剣な顔をしていたアランシアが突然にこやかな笑顔を浮かべた。

「ふふ」

 挙句の果てには笑みまで零して、エミリアは思わず顔をしかめて首を傾げる。

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