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すっかり顔から熱が引き、瞳と鼻からは大量の液体を垂れ流し、小動物のようにぶるぶる震えていても、ヘイムスは絶対服を脱がなかった。
「これはアランシア様の侍従になるためにやったんだ。だから、お前達に見せるようなものじゃない」
げらげらとけたたましい声を上げて笑う子供達に、同じくらいの年齢でありながらとても冷めた気持ちにエミリアはなった。
そして同時に、ヘイムスの事をそれまでただアランシアの目の前をうろちょろする騒がしい虫だという認識が、変わる瞬間でもあった。
「嫌ですわ。寄ってたかって飛ぶ虫けらのよう」
黙って見ていられず思わずエミリアが姿を現すと、男の子達はヘイムスよりも顔色を悪くして、慌てて逃げていった。どこの家の子供かは後で調べることができるので今は放置することにして、とヘイムスの方へ視線を向ければ、彼は困惑した顔でこちらを見ていた。
「お姉様にそこまで傾倒してる人は初めてですわ。わたくしと、同士ですわね」
姉のアランシアに惚れ込む者はいくらでもいる。けれど、アランシアの為に自分の将来を捨ててまでなりふり構わないヘイムスを、愚かしくてどうしようもない──まさに自分と同じだとエミリアは思った。
その後日。ヘイムスが侍従として仕えたのはアランシア──ではなく、エミリアだった。
「お姉様の侍従になるのではなかったの?」
「よく考えたら、アランシア様を目の前にしてまともに仕事なんてできない、と思いまして」
はにかんで答える少年に、エミリアもつい笑顔が零れた。
そんな、何年も前の二人が共に幼かった頃の記憶。
あんなに幼くて頼りない、アランシア一筋のヘイムスが、ここまでエミリアの事を考えて意見するなんて、想像もしなかった。
エミリアは暫く耽っていた思考を止め、苦笑を漏らす。
「……お前がわたくしの意思を無視して反抗するなんて。今年一番驚きましたわ」
「反抗しているのは、あなたの為を思ってです」
エミリアの元へ来てからというもの、軽口を叩く事はあっても、反抗まではしなかった。少しは軽口を言ってはアレクサンダーに吠えられ、それに怯えてびくびくしていた。
それだというのに、アレクサンダーにも、エミリアにもびくともしない。顔は興奮したせいか赤く、瞳だって潤んでいるくせに。
「ヘイムスはお姉様一筋じゃなかったの? わたくしの事に構うなんて珍しいものですわ」
「……アランシア様は神様で、自分の全てです。何者にも変え難い。けれど、主人ではありません。主人はエミリア様です」
なにをヘイムスに怒っていたのか、訳がわからなくなってくる。エミリアは意味もわからず涙が溢れそうになった。それを抑えるために、きゅっと拳を握る。
「エミリア様はフェドルセン様の事、好きでしょう? 無理にルドベード様の元へ行く事なんてないんです」
ヘイムスのいつもより穏やかな声のせいか、エミリアはすぐに言い返す事ができなかった。
あの嫌味ったらしいフェドルセンなどを、なぜ好きでいるなんて勘違いを。
そう言い返したいのに、なぜか言葉が詰まって出てこなくて、エミリアは唇を噛み締めた。
異変を感じたアレクサンダーがエミリアの膝の上に頭を乗せる。その頭を撫でながら、エミリアは深呼吸をする。
「……ヘイムス。今日はもう下がりなさい」
「エミリア様、でも」
「聞こえませんでしたの? いいから下がりなさい」
退室の命令しか今のエミリアには下す事ができない。
フェドルセンの事を好きだなんて、有り得ない。けれど、もしルドベードではなくフェドルセンの婚約者であったのならこんなに悩む事も、諦める事もなく、すんなりと進められたはずだ。
──そんな事を考えてしまうわたくしは、果たして彼の事をどう思っているのかしら。




