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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
四、迷路をまわる
25/41

5

 いくら抵抗しようとも、所詮は女の力。ここには頼みのアレクサンダーもいない。

 非力な女の力では到底敵わない。

「この変態! 不埒者! 早くそこを退きなさいと言っているのに!!」

 じたばたと足を動かし、のしかかる男の胸に拳で叩くが、フェドルセンは少しも表情を変えない。戦に慣れたこの男ならエミリアの抵抗なんて虫ほどの威力にしか思えないのかもしれない。

 耳に口づけられ、熱い吐息がかかる。わざとらしく音を立てて口づけをするのは、この男らしい嫌味だ。

 細い首筋にも口づけが降り、鎖骨を辿り、胸の谷間にも唇が押し付けられ、とうとうエミリアは耐えることができなくなった。

「もっ……なんなのです……なにが……っく。したいのです……ひっく」

 しゃくりあげながら泣き出すエミリアにフェドルセンは気付き、胸から顔を上げる。

 顔を真っ赤にして泣くエミリアを暫く見つめたかと思うと、ようやく彼は上から退いてくれた。

「この間から……ひっく。あなたが、なにをしたいのか……全然わかりませんわ……」

 エミリアは体を起こす事もままならず、寝台に寝そべったまま涙を流し続ける。

 すると、大きなため息を吐いてフェドルセンが口を開く。

「お前なあ、そうやって泣いても言っておくけど相手を興奮させるだけだからな。今回俺がやめたのは、別に脅すだけだったからで……とにかく。安易な覚悟でこんな事するな」

 説教までしてくるなんて、この男は兄か父親か、保護者になったつもりなのか。確かに年齢はエミリアより上だろうけども。

「わたくしだって、あなたが相手じゃなければこんなに……」

 と、自分で言っておいて言葉を止めた。

 今、なにを言った?

「俺じゃなきゃってどういう意味だよ」

 と、フェドルセンも疑問に思って尋ねてくる。けれども、エミリアでさえわからない不意の言葉の意味を、答えられるはずもない。

「ええと……どういう意味なのでしょう……」

 すっかり涙も止まって、エミリアは体を起こしながら考える。

 確かに、相手がフェドルセンではなくルドベードであったのなら、ここまで抵抗も恥じらいもなかった。

──だってそもそもルドベードは婚約者ですもの。

 フェドルセンは違う。未来の弟だ。未来の弟に襲われて、抵抗しない女がいるだろうか?

「……ええと、つまり。あなたがわたくしの未来の弟だからですわ」

 と、自分でたどり着いた結論を言うと、またもやフェドルセンは大きなため息をついた。大きくてとても長い、全ての憂いをなんとか吐き出そうとするため息だ。

「ああ、またそれね。はいはい」

 心のこもっていない、呆れきった言葉にエミリアはむっと顔をしかめる。

 確かに以前、フェドルセンはエミリアの事を姉として見てないとかなんだとか言っていたが、未来の弟というのがエミリアの中での事実だ。

 それだというのに、なんなのか、この男。

「そもそもあなたが」

 と、エミリアが文句を言おうとすると、フェドルセンは両手で自分の耳を塞いだ。なにも聞こえません、という様子で。

「……なんですの、それ」

「なにも聞きたくないから」

「……でも聞こえてますわ」

 完璧に耳を塞いでいるならなにも聞こえずエミリアの言葉も入ってこないはずだが、耳を塞ぎつつもフェドルセンは言葉を返している。

「だから、なにも聞きたくないっていうサイン」

 エミリアは呆れ返って言葉も出ない。なにも聞きたくないサインって、子供か。

 なんだか無性に腹が立ってエミリアは寝台をもぞもぞと動き、フェドルセンの両手を掴んで耳から離そうとする。

「な、おい、いきなりなんだ!」

「とりあえずその手を退かしなさい!」

「嫌だね!」

「子供なの!?」

 ぐぐっと力を入れても必死に抵抗しているフェドルセンのせいで耳から手は離れない。そんな攻防に夢中になっていると、体重をかけすぎたのか、ふいにフェドルセンが倒れて、エミリアはその上に乗る体勢になる。

「うう……頭をぶつけただろうが」

 恨みのこもった声で言われ、エミリアも言葉を荒らげる。

「わたくしは手をひねりましたわ……痛い」

 予想外の事で、二人ともが軽く痛みを受けた。エミリアはフェドルセンの上で少し体を起こし、痛めた手首を回して様子を見てみる。そんなに酷くはなさそうだ。

 と、ここにきて何度目かのフェドルセンのため息を聞く。

「お前ね、さっき襲われた男の上によく平気な顔して乗れるな」

「へ?」

 そう言われれば、確かにこの体勢はおかしい。エミリアは顔に熱が宿るのを感じながら退こうとするが、がしっとその腰をフェドルセンに下から掴まれる。

「なに? やっぱり襲ってほしいのか?」

 そして腰を撫でられ、一気に熱がこみ上げる。全身を駆け巡り、まるで茹でたのかというほど真っ赤に染まり──思い切り手を振り上げた。

「この……恥知らずッ!!」

 勢いよく振り下ろされた手のひらは見事にフェドルセンの頬に命中し、小気味のいい音が大きく鳴り響いた。

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