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部屋に戻った後、ルタが興奮気味に手をバタバタを訳もなく動かして大きな深呼吸をした。
「あーーなんてすっきりするのでしょう! 見ましたか? アンネの顔。顔を真っ青にして怯えていましたよ!」
よほど嬉しかったのか、近くに控えていたデュポーの腕を掴んでぶんぶん振っている。
デュポーは呆れと諦めの混じった目で苦笑いをこぼす。
「ふふ、わたくしもすっきりしましたわ。とても愉快でしたわね」
部屋で留守番をしていたアレクサンダーが尻尾を振って出迎えてくれる。賢い犬の頭を撫でてやり、エミリアは椅子に腰掛ける。
「これで目障りな問題が片付いた事ですし、残すは一つですわね」
エミリアがデュポーに視線を向けると、静かに彼女は一礼する。侍女達が連動して力を貸してくれる。アンネ無法地帯となっている現状を、かなりの者がよく思っていないのだ。
***
日が沈み、昼の喧騒が薄れた頃。エミリアはルタとデュポーを連れて、目的地へと向かう。
エミリアの部屋とは別の棟にある──ルドベードの部屋だ。
部屋の前に待機している近衛は、エミリアを見るとすっと頭を下げた。エミリアはそれに笑顔で返し、部屋の中へ侵入する。ルタとデュポーも外で待機だ。
明かりがわずかしかない暗い部屋の奥へ続く扉を開ければ、大きな寝台。そこに、こんもりと人が眠っているとわかる膨らみがある。
エミリアはゆっくり深呼吸して、上着を脱ぎ、そのままぱさりと床に捨てる。薄い夜着の姿で寝台に近づき、寝台に手をつき、片膝を乗せた──ところで、いきなり手首を掴まれ、あっという間に力強く寝台の中へ引きずり込まれる。
「ひゃ……!」
両手を強く掴まれてシーツに押し付けられ、上に覆いかぶさる大きな男。エミリアは思わずぎゅっと目を瞑った。
ふっと耳朶に男の呼気が掠める。
「……お前は、馬鹿なのか」
その、あまりにも聞き覚えのある声に思わずエミリアは閉じていた目を開ける。地の底から響くような怒りが篭った声だが、間違いなくこれは──。
「フェドルセン様……?」
おずおずと上を見上げれば、暗い部屋でも薄らと男の顔が見える。夜でもわかるエメラルドグリーンの瞳が、獲物を狙う獣のようにギラついている。
「なぜ、あなたがここにいますの?」
ここはルドベードの部屋ではなかったか。もしかして、エミリアは部屋を間違えたのか。いやでも、部屋に案内してくれたのは侍女達だ。間違えるはずもない。
「なぜ、と聞きたいのは俺の方だ。ここは兄さんの部屋だ。その部屋に、なぜお前がいる」
ぐ、と掴まれた手首に更に力を加えられる。動かそうと思ってもびくともしない。
「なぜって。婚約者の部屋に来てはいけませんの?」
「……媚薬を持って既成事実を作ってやるという企みがないのなら来ても文句は言わない」
「…………誰からそれを?」
全て知られているのか。でも一体なぜ、誰が、と疑問がこみ上げるが、フェドルセンはあっさりと種明かしをしてくれる。
「ヘイムスだ」
「チッ。……今日は見ないと思ったらそんな事を。本当に使えない虫けらですわ」
わざわざフェドルセンに報告しに行っていたなんて。お前は一体誰を主だと思っているのか詰問してやりたい。
「兄さんには今日は出かけるように言った。知らないのは当のお前と、お前側についてる侍女達だけだ。部屋の前の近衛も俺のだ」
「……どうしてあなたかわざわざこんな事を?」
「本気でこんな馬鹿げた事をしようと思ったのか?」
人の質問を無視して質問で返してくるところが本当に憎い。エミリアの目つきがどんどん悪くなっていく。
「なんにしても、あなたには関係ない事ですわ。早く退いてくださる?」
ルドベードがいないのならここに用はない。どうせ、侍女達に仕込ませた媚薬も、フェドルセンによって回避されて没収されたに違いない。
それなのに、一向にフェドルセンは退いてくれなくて、エミリアは体をよじってみる。やはり、わずかしか動かすことができない。
「早く退いてください!」
焦れて声を荒らげると、フェドルセンが口元を歪めて笑う。
「嫌だね」
そう言った彼の顔が近づいて、鼻先が触れ合いそうな程の距離で顔を見つめられる。後退したくても寝台の上。頭をよりシーツに押し付ける事しかできない。
「お前は、少し勉強するといい。簡単に考えているようだからな」
そんな不穏な言葉にエミリアが混乱していると、するり、とふくらはぎを撫でられて、びくりと肩が震える。
するすると太ももまで登っていき、直に足を触れられる感触に、一気に熱が駆け巡る。




