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ルクートへ嫁いだ姉か来るまであと片手で数える程の日になってきて、エミリアの機嫌も良い方へと上がっていく。
フェドルセンにはあの日以降会ってはいない。エミリアが徹底的に避けている為だ。
頻繁に訪れていたフェドルセンとぱったり会えなくなったヘイムスやアレクサンダーはとても不満そうだったが、エミリアは気にしない。
彼と会わないおかげで胸が変にざわつく事もない。
きっと、元々おかしかったのだ。
いくら味方がいないとはいえ、婚約者の弟と不必要に親しくするなど、あってはならない。どうせ放っておけば国を出ていくのだし、もう会わない方がいいだろう。
──その方が、わたくしももう悩まないですむもの。
エミリアは祖国からもってきた小瓶を手に取り、指で撫でる。
中身は見るからに怪しいピンク色の液体だ。万が一に備えて準備しておいてよかった。
「エミリア様」
と、ドアをノックされて声をかけられる。
「入りなさい」
部屋に入ってきたのはここ最近エミリアが贔屓にしている侍女のルタだ。
彼女以外にも、エミリアは何人かの侍女と仲良くしている。
王妃となるからには、下の者にも何人か味方が必要になってくる。
「どうでしたの?」
「エミリア様に言われた通り、アンネを呼び出しましたわ! まったくあの女、なんでいつもいつもあんなに偉そうなんでしょうね! あーむかつく!」
アンネと話しに行って、とても感情が高ぶったのだろう。ルタはまだ若いせいかすぐこうして感情に出る。
ルタの後に部屋に入ってきたデュポーはそんな彼女に困った顔をして嗜める。
「エミリア様の前でそんな口の聞き方……少しは控えなさい」
「構いませんわ。あまり待たせると口うるさく言われてしまいそうですし、わたくしもそろそろ行きましょう」
アンネを呼び出したのはすぐ近くのバルコニーだ。お茶でも飲みながら話でも、とアンネを誘ったが、もちろんエミリアには別の意図がある。
「今日こそあの女をぎゃふんと言わせてやりましょうね、エミリア様!」
「まあまあ、ぎゃふんと彼女が言ったらとても愉快ですわね」
ふふ、とエミリアが笑みをこぼすと、ルタはにっこりと歯を見せて笑う。
エミリアはこのルタの屈託のない性格を気に入っている。
部屋を出て廊下を進み、階段を上がっていくつか先の扉を抜けると、そこに待ち合わせ場所のバルコニーがある。
すでにエミリアより先にアンネは来ていて、一人の侍女を従えて立っていた。
「お待たせしました。さあ、席に座ってください」
と、エミリアがまるでこの国の主かのように席の着席を許可する。
アンネはきっと仁王立ちをして待ち構えていたかっただけなのだろう。先に座っていればこんな事を言われずにすんだのに、面白い女だとエミリアはつくづく思う。
アンネは顔を真っ赤にして怒りを耐えている。けれど、噛み付いてくることはなく、少し荒く椅子に座った。
二人が着席すると間もなく茶器が運ばれ、侍女達がお茶を注いだりお菓子を並べたりと動きだす。
「……それで、なんの用なの」
アンネはじっとこちらの様子を注意深く伺っている。まるで手負いの獣のようだな、とエミリアは少しおかしくなって笑った。
「ふふ、ただあなたとおしゃべりしたいと思っただけですのに、なにをそんなに怯えていますの?」
「わ、わたしは怯えてなんかいないわよ!」
「あら、そうでしたの? でもまるで……ふふ、なんでもありませんわ」
嫌味っぽく言葉に含みを持たせながら話すと、アンネはわかりやすく反応してくれる。今もまさに侮辱されてカップを持つ指先がぶるぶると震えている。
「わたくしのお姉様の話しを聞いてくださいます?」
「あなたの姉の話?」
いきなりなんだ、とアンネが訝しそうに顔をしかめる。
「わたくしの姉は大国ルクートに嫁ぎましたわ。嫁いでびっくり、その夫となった王太子には愛人が何十人といたそうですの」
王太子にそれだけの愛人がいたというのは国内だけの秘密となっており、その情報が外へ公開される事はなかったが、王太子が女好きなのは有名だ。
本当かでまかせかは不明だが、とにかくたくさんの女達との噂が次から次へと溢れ出てくる。
「わたくしのお姉様は王太子妃でした。けれど、愛人達はお姉様を敬うばかりか口汚く罵るのです。誇りを傷つけられたお姉様は行動に出たのです」
「行動……?」
侍女達が、表向きは仕事に専念し、主たちの話しを聞かないようにしていたが、何人かは隠しきれず興味津々といった様子でこちらに耳を傾けている者もいた。
エミリアはカップに口をつけ、紅茶を飲む。
カップの水面に浮かぶ自分と目が合い、にっこりと微笑む。姉ほどではないにしろ、エミリアも充分可愛らしい顔立ちをしていると自負している。
そして、エミリアはカップから目の前のアンネに視線を移す。
「──お姉様は、愛人一人一人を排除したのですわ。自分で用意した毒を使って」
エミリアのターン!




