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テーブルを挟んで向き合うように両者が座るが、片方の様子はいつもとは違う。いつもならもっと偉そうに遠慮もなく座っているだろうに、今日は背中を丸めて少し俯きがちだ。
なんだのだろう、この状況は。まるで夫の不貞が発覚して妻が問い詰めるかのような、この状況。
自分でそうしたのに、エミリアは少し混乱していた。
しかし、その混乱を上回るほどに怒りが湧いてくる。
「で、あなたはなにをしていらしたの?」
「……それは」
「あの女性は仮にもルドベード様の恋人ですわよね。しかもわたくしとの間に少なくはない因縁がありますわ」
フェドルセンは相変わらず俯きがちだ。しかし、時折エミリアの方を見てはなにかを話そうと口ももごもごと動かしている。
「そんな彼女と、一体なんの用があってあんな場所で密会していらしたの? さぞ大きな用事だったのでしょう」
「…………」
なにも話してはくれないフェドルセンに、どんどん怒りが積もっていく。
もしかして、エミリアはなにか大きな勘違いをしていたのではないだろうか。
これまで、フェドルセンを信用してきた。それは、この国に入って初めて知ったシュゼラン国の人間で、兄の婚約者であるエミリアに同情して色々と世話を焼いてくれているからだ。
エミリアとの時間を作るように兄に進言した事もあるはずだ。
狩猟の時も助けてくれた。
──けれど。
例えばそれが全てなにかの罠だったら?
エミリアをそうやって信用させ、影で繋がっているアンネとフェドルセンで画策して王位を狙っているとか……。
「エミリア」
そこまで悪い想像が膨らんで、いきなりフェドルセンに名前を呼ばれてびくりと体が震える。
「な、なんですの」
どうにか冷静を装うが、心臓がばくばくと音を立てている。
俯きがちな、しかし真剣な顔のフェドルセン。まさか、本当にそんな陰謀を……。
「すまない!」
と、いきなり頭をエミリアに向かって勢いよく下げる。
「へっ?」
エミリアが驚いて間抜けな声をつい出してしまい混乱しているうちに、フェドルセンが一気に言葉でまくし立てる。
「実は、アンネがまた良からぬことを企んでいたんだ。それを止めたくて。あんな女、俺は城から追い出してもいいと思ってる。だけどそうすると兄さんは悲しむから、だからアンネに言ってやめさせようと……」
「ちょ、ちょっと待って。一度落ち着きましょう。つまり、なんですの。アンネが私に危害を加えようと画策していたということ?」
そうだ、と短くフェドルセンに言葉を返されて、今度はエミリアが項垂れる。あの女はまだ懲りていなかったのか。フェドルセンが間に入るくらいだ。きっと暗殺でも企んでいたのかもしれない。
「……俺は、嫌だったんだ。だから止めたくて」
「なにが嫌だったのです」
アンネの計画を止めるのはいい。仮にも兄の恋人で、エミリアはその兄の婚約者であり、ラガルタの国の姫だ。
だけど、嫌とはなんなのだろう。なにに対して、だれに対してか。
「そこは聞くな」
またもや短く言葉を返される。どうしてこの男はこうもつらつらと話してはくれないのだろうか。エミリアが他に漏らすわけでもないのだからもっと話してくれればいいのに。
──もっと、わたくしだって知りたいのに。
と、なにやら思考がまた変な方向に行きそうになって止める。
「ヘイムス、ちょっとお茶を用意してきて。あとお菓子ね、甘いやつ」
「はいはい」
ヘイムスはもう少しこの会話を聞きたかったのかもしれない。けれど、エミリアはとりあえず自分の変な思考を止めたくて、お茶と菓子を求めた。
ヘイムスが退室して二人になると、少し冷静になってくる。
フェドルセンはあまりエミリアと目を合わせてくれない。こちらを見たりはするが、目が合わない。わざとそらしている。
それに、いつもの偉そうで意地悪な様子もない。大人しく、なんだか元気がないのだ。
「……なにかアンネに言われましたの?」
「なんでそう思う」
なんで、って。そんな変な様子では誰だって気づくと思うが、とはエミリアもさすがに言わずため息を吐く。
「元気がありませんもの。いつもの皮肉も。あなたらしくないのではなくて?」
からかうようにそう言うと、フェドルセンの目がこちらを向く。その視線はまっすぐエミリアを刺す。
「──ようやく合いましたわね。どうしてそんなに大人しいのでしょう。まあそんな情けない姿を見るのもたまにはいいですけど、うじうじとした空気がこちらにまで移りそうになるのでやめていただきたいですわ」
にっこりと長い嫌味を言ってやると、フェドルセンの口角が上がる。
「本当にまいったな」
「そうですわね、さっさといつもの調子に戻ってくださる?」
フェドルセンは大きく息を吐いた。それは溜め込んだなにかを吐き出すかのようで、それまでの暗い雰囲気を全て残らず捨てているようにも見えた。




