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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
三、穏やかな日常と、
18/41

3

 自分でも、なぜこんなに苛ついているのかわからない。フェドルセンが数日顔を見せないからと言って、エミリアはなにも気にすることはない。

 それなのに、ここ数日ぱったりと姿を見せなくなった彼になぜか苛立つ。

 目の前のテーブルを爪先でかつかつと叩いていると、側に控えていたヘイムスがため息を吐く。

「もう、やめてくださいよ、それ。寂しいのはわかりますが、少しは我慢したらどうです?」

「寂しいって……なにを言っていますの?」

「フェドルセン様が来ないから苛立っているのでしょう?」

「……違いますわ」

 否定はしてみてもなにやら理解したつもりのヘイムスには効果はなさそうだ。

 フェドルセンとは毎日顔を合わせていたわけではない。頻繁に会ってはいたが、それも婚約者である彼の兄がエミリアを放っているからだ。

 前は鬱陶しいくらいにしか思っていなかったのにこんなに気になるのは──きっと、あの時からだ。

 婚約者であるルドベードにアンネにきちんと謝罪させるように取り付けたあの日。フェドルセンがなぜ自分になにも言わずアンネを叩いたと迫った時、エミリアの胸の中が一瞬真っ黒に染まったのだ。

 エミリアは自分自身、あの時の酷く暴力的な感情に戸惑っているのかもしれない。

 フェドルセンはそのうちこの国を出て行く男だ。──ならば彼に優しくされたくもないし、頼りたくもないと思ってしまう。

「わたくし……性格が少しだけ悪くなった気がしますわ」

「エミリア様の性格の悪さは元からですよ」

 素早くヘイムスが切り返してきて、エミリアはむっと唇を尖らせる。

 とにかく、この変にむずむずと痒くなる感情をどうにかしなくてはならないだろう。そのためにはやはり本人であるフェドルセンに会うのが最良な気がする。

 エミリアは椅子から立ち上がる。

「少し散歩に行きますわ」

「今からですか?」

「そう。庭を見に行きましょう」

 歩き回れば会えるかもしれない。もしくは、綺麗な花を愛でれば波立つ感情も収まるかもしれない。

 エミリアはお供を一人と一匹連れて、庭へと向かった。


   ***


 城内でもっとも広い庭園は低木はきちんと刈り込まれて整備されており、樹木から形作られる鳥や馬などのトピアリーがいくつも並んでいる。

 花も枯れることなく咲いており、母国より庭が綺麗だ。

 空も澄み渡る晴天で、流れる雲は見ているだけで心地いい。風もあり、流れる雲の動きは早い。

 日差しが少し強くて、雲の合間に差し込み、エミリアは眩しくて目を細める。

 すると、びゅうと強めの風がエミリアの方に流れ、通り抜けていく。その風に乗って、なにやら一瞬声が聞こえて、エミリアは首を傾げた。

「今の、聞こえました?」

「今のってなんですか……?」

 どうやらヘイムスには聞こえなかったらしい。エミリアはもう一度首を傾げる。なにやら女の声が聞こえた気がしたのだ。それも、少し強めの声で。

「なんでしょう……気になりますわね」

「え、なにがですか? こ、怖いこと言わないでくださいよ……」

 幽霊だとでも思ったのか、ヘイムスがぶるぶると震えだす。それを気にせずエミリアは庭の奥へと足を進めていく。迷路のように壁となって通路の形をしているトピアリーを突き進み、ひたすら耳に残る声を追い求める。

 今はもうなにも聞こえないが、風に乗ってきたのなら、庭の奥の方のはず。それだけ見当をつけて歩いていると、ぼそぼそと声が聞こえてきた。

「もうエミリア様、帰りましょうよ……」

「しっ。静かになさい」

 文句しか言わないヘイムスを黙らせ、エミリアはそっと足を進める。アレクサンダーはエミリアより前を向いていて、声の主の方へ向かいたい様子だ。

 次第に、声が聞こえて来る。内容までは聞き取れないが、男と女であることがわかる。

「だから、……るんだ」

「でも……、のよ」

 どうにも聞き覚えのある声だ。すると、それまで大人しかったアレクサンダーが尻尾を振り、声の方へ駆けて行った。

「わっふ!」

 嬉しそうに鳴き声まで上げて声の主に飛びかかり、そこから男女の驚く声が聞こえて、エミリアは観念してその場へ姿を表す。

 滅多に人も来ないであろう庭の奥で話していたのは、アンネとフェドルセンだった。

 二人はこちらに気づくと大袈裟なほど驚いた顔をする。

「なんでここに……!?」

 顔を見せないと思ったら、なぜこの女と一緒にいるのか。エミリアの口から冷ややかな声が出る。

「なぜ、はわたくしが聞きたい方ですわ。あなた達こそ影でこそこそとなにをしていますの?」

 アレクサンダーは慕っているフェドルセンに会えて嬉しいのか、彼の足元をうろうろと回って撫でて欲しそうにしているが、エミリアは今はそんな事を気にしていられない。

「いや、大した事じゃない」

 と、フェドルセンがそんな事を言うと、隣に立つアンネは愛想笑いを浮かべて頷いた。

「そうよ。ちょっと相談に乗ってもらっていただけ。あなたが気にする事じゃないわ」

 二人して一体なんなのか。エミリアはふつふつと怒りがこみ上げてくる。目つきも悪くなっていたのだろう。アンネは気まずそうにそそくさとその場を去っていく。

 残されたエミリアはフェドルセンとの間で暫く沈黙が続いていたが、やがて大きなため息を吐く。

「いいですわ。とにかく部屋に戻ります。あなたもいらして」

 有無を言わさないエミリアの態度に、フェドルセンは大人しく頷いた。

2015年最後の更新になります。皆様にとって良い年が迎えれますように。

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