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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
二、優秀な男の判断
13/41

6

 エミリアまで汚されたらたまらない。寝台の上でできるだけ身を引くと、優秀なエミリアの番犬がヘイムスの前に出て唸り声を上げる。

「うわっ!ま、待った!待った、アレクサンダー!」

 ヘイムスは素早くエミリアから一番遠い場所へ逃げる。家具の影に隠れる情けない姿を見て、少しエミリアは気分を落ち着ける。

「それで、お姉様はいついらっしゃるの?」

「なんでも道中はゆっくり向かうらしいから……一ヶ月くらいかな」

 一ヶ月後に姉と会える。それを聞いただけでエミリアは心がむずむずした。早く会いたい。会って、色んな事を話したい。姉妹二人で。

「とても楽しみですわ。ルクートの王太子妃が来るという事は……今度はきちんと歓迎をしますわね?」

「さすがにあの兄でもそこらへんはわかってると思うぞ。賓客の歓迎の仕方はわかってるだろう」

「そうだといいですわね……」

 エミリアとしてはあの兄王子の事をそこまで信用はできない。それが自分の婚約者だと思うとなんだか情けなくなる。たとえ王になったとしても、国は栄えないかもしれない。

 臣下に助けられつつ成長してくれればいいが、それも望めないなら国は衰退するばかりだ。もしかしたら内乱も起きるかもしれない。

 やはり、フェドルセンが王の座に座った方が、なにかと丸くおさまる気がするとはエミリアは思うが……。

「……あなた、王になるつもりは本当にないの?」

「ないね。面倒だ。俺は国を出る」

 やはり即答された。この男も男で、生まれ育った国を捨てて出て行くなんて、愛国心はないのだろうか。

 それとも、生まれ育った国だからこそ、出て行きたい理由でもあるのだろうか。

 エミリアは判断ができなくて、ひとまずこの話題を終わらせる為に本を手に取る。会話終了のわかりやすい態度にフェドルセンは苦笑を零すと素直に部屋を出て行った。

「……王になればいいのに」

 ぼそり、とつい本人がいなくなったと思ったら本音が漏れた。

 耳聡く聞きつけたヘイムスは家具の影から出てきて勝手に椅子に座る。本当になっていない侍従だ。

「そうですね。けれど、ルドベード様に期待……しているんじゃないですか?」

「期待?」

「期待とは違うかもしれないですけど、必要以上に出しゃばりたくないというか、兄に任せたい気持ちがあるんじゃないかと」

 ヘイムスに言われて、エミリアはむっとする。なにを偉そうにわかったような事を言うのか。

「どうでもいいけど、あなた。もう少し侍従としての教育が必要ではなくて?アレクサンダーに躾させましょうか」

 床に溢れたお茶も拭かず、椅子に座る者は侍従失格だ。エミリアが冷たい声音でそう言うと、ヘイムスは慌てて立ち上がる。

「い、今侍従らしく仕事しようと思ってたところなんですよ!」

「言い訳はいいから早くしなさい」

 ぴしゃりと言ってからエミリアは手に持っていた本へ視線を落とす。読書でもしようと決めてページをめくり、前回読んだところから続きを読み進める。

 視界の隅でヘイムスがわたわたと動き回っていたが、それも物語に熱中しだす頃にはもう気にならなくなっていた。


    ***


 姉のアランシアが来ると知らせを受けて、数日。

 エミリアはそろそろ自分の中で限界がきそうになっていた。ふるふると怒りで震える拳を固く握りしめ、目の前のものを睨みつける。

 それは、エミリアの部屋の前に置かれていた。

 布で巻かれたそれは、中のものがしみ出していて、血だと思われる液体が溢れていた。おそらくはなにかの死体。小さな動物かなにかだろう。

 そしてこんな嫌がらせが、ここ数日ずっと続いている。犯人はもちろん調べずともアンネに決まっている。

「あの身の程知らずは本当に自分の立場をわかっていないみたいですわね」

「エ、エミリア様……」

 ヘイムスが顔を真っ青にしてエミリアに呼びかけるが、構っていられない。

 今こそ馬糞入り美容水を送りつけてやる時だ。あの女など、糞まみれになればいい、と王女らしからぬ事まで考えてしまう。

「もう本当に許せませんわ。ここまできたら、さすがに動いた方がいいでしょう」

「でも問題を起こされるとルドベード様にも良く思われないのでは……」

「いいえ。これは私個人にではなく、私の国を含めての侮辱ですわ。言いつけるのが恥ずかしいとか、そんな誇りいりませんもの」

 そんな事にこだわっているならいつまでたってもこの嫌がらせは終わらないだろう。アンネにどう思われたっていい。たとえ祖国のラガルタを持ち出す卑怯な女と呼ばれようとも、ここまでの屈辱を受けて流せるほど、エミリアは寛容ではない。

「ヘイムス、それを持ってついてきなさい」

「え!?」

 これを、とヘイムスの視線が布の塊に落ちて、顔がひきつる。

「アレクサンダー」

 待つのも嫌で番犬の名前を呼ぶと、危険を察してヘイムスは布の塊を素早く抱える。ヘイムスの顔色は見た事ないほど真っ青になり、口元も引きつって、冷汗まで垂らしているが、少し我慢してもらわなくてはならない。

「さあ、行きましょう」

そもそも寝台のある部屋に夫でもないのに連れ込んじゃ駄目だし、お抱えが侍従一人ってのも無理があるけど、もうそこは目をつむって寛容な心で受け止めて頂ければ幸せです←

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