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エミリアはフェドルセンに無理矢理城の自室まで運ばれた。どれだけエミリアが声を荒げようが、全く聞く耳を持たない。
しかし、馬から降ろす時も、自室まで抱きかかえて運ばれた時も、寝台に降ろされた時も、彼にしては珍しく丁寧に慎重に扱われた。
だからといって、もちろんエミリアの口が止まるわけではないけれども。
「淑女の寝室に無断で入るなんて!」
「ヘイムス、医者を呼んでこい」
エミリアの言葉を無視して勝手に命じる。エミリアの侍従だと言うのにヘイムスも素直に返事をしてさっさと部屋を出て行ってしまうものだから、エミリアはうろたえる。
「私の侍従に勝手に命令しないで!私はこんな怪我くらい……いたっ!」
エミリアが文句をまくしたてると、フェドルセンが痛めた足首をぎゅっと無遠慮に掴んだ。足首に圧迫をかけられ、思わずエミリアは顔をゆがめる。
「これだけ痛めておいて、どこが平気なんだ」
低い声は、まるで怒っているかのようだ。
フェドルセンが怒る必要なんてどこにもない。だって彼はこの国の王子で、エミリアは他国から来た姫。だけど、エミリアはなぜかそれ以上わめく気分になれなかった。
「……あなたが気にする事はありませんわ。これはあの女とわたくしの問題で……」
「少し黙れ」
短く命じられ、エミリアは今度こそ黙った。むぐ、と口を閉じてフェドルセンを見る。
なぜ彼の命令をきかなくてはいけないのか。そうは思ったが、その声があまりにも真剣で、なにかを後悔しているかのようで、エミリアは従うしかなかった。
フェドルセンは寝台の横の椅子に腰掛け、エミリアの痛めた足をじっと見ている。固い彼の手がエミリアの足に伸び、裾の長いドレスを上へ押し上げ、隠れていた足を露出させる。
淑女の足を見るなんてなんという恥知らず。エミリアは思わず非難の声を上げようとしたが、次にフェドルセンはその足から履いていた靴を丁寧に脱がせ、床にきちんと揃えて置いたのを見て口を閉じる。
フェドルセンは医者に診せるためか、もしくは足を楽にさせてくれたのか、とにかく理由があってドレスをめくったのだと理解して、エミリアはほっと息を吐く。──けれど、その手がまたエミリアの足にのび、今度は靴下にまでのびた。
「ちょっと……!」
エミリアが今度こそ声を上げるが、フェドルセンは全く聞いていない。それどころか椅子から腰を上げ、寝台に片膝を乗せてくる。
その手はスカートの中に潜り込み、ふくらはぎを軽く撫でてからようやく靴下の端を見つけ、そこを指で掴んで下に引き下げる。
するり、と靴下が脱げ、白い足が曝け出される。
「な、ななな……っ!」
言葉にならない程、羞恥がこみ上げてきて顔を真っ赤に染めながらフェドルセンを睨みつけると、ようやく彼が笑っている事に気付いた。
爽やかな笑顔ではない。まるで獣が獲物を見つけた時のような、恍惚とした笑み。
ふるり、と思わずエミリアの背が震える。
フェドルセンは再度ドレスの下へ手を潜らせる。
「やめなさいっ!」
ぐいぐいと分厚い胸板を押すが、びくともしない。まだ靴下を履いている方の足を撫で、足首を辿り、上へ上へと上がって行く。
靴下の端を早く掴んでさっさとそこから手を引っ込めて欲しい。そうエミリアは願ったのに、なぜかフェドルセンの指はふくらはぎを超え、太ももまで上ってくる。
「ひ……っ」
柔らかな太ももを指で撫でられ、思わず引きつった声が出る。男性に見られた事もなければ、触られた事なんてもっとない。
今まで以上に顔に熱がのぼる。そんなエミリアを見て、フェドルセンはくすりと笑うと指を下げて靴下の端を掴み、ゆっくり降ろす。
羞恥で震えるエミリアの頭上に、なぜかリップ音がして、俯いていた視線を上げてフェドルセンを睨みつける。
「なんのつもりですの。姉の足を触るなど、許される事ではありませんわ」
震える声でそう言うと、ようやくドレスの下からフェドルセンの手が出てくる。両足から靴下を脱がされ、白い足があられもなく彼の目に晒されている。
おまけになぜかさっき頭に口づけもされた気がする。
「悪い。なんか、可愛かったからつい」
「そんな理由で足に触るなんて……!」
最も男性に見せてはいけない足を触られて、エミリアは怒りを覚えた。フェドルセンの目から足をドレスで隠し、バシバシとその胸板を叩く。
全く痛がっていないのがとても悔しい。
「破廉恥ですわ!なんて事っ!」
「俺は将来兄さんの嫁になる大事な女を介抱してやっただけだ」
いけしゃあしゃあとそんな事を言われて、エミリアは増々拳に力を入れた。
しかし、その腕もフェドルセンに捕らえられ、近距離で視線が絡まる。
「ほら、もう楽になったろ。とりあえず横になれよ。医者もすぐに来る」
そんな間延びした言葉をフェドルセンは言い、立ち上がる。じゃあな、と声をかけられてそのまま部屋を出て行き、ぱたんと扉が閉まった。
一人になった部屋でエミリアは再び羞恥が押し寄せ、枕をむんずと掴んでぼふぼふとシーツに気が済むまで叩き続けた。




