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一度大きく深呼吸をする。森のひやりとした空気が喉を通り、腹を満たす。エミリアはアレクサンダーの声がした方へマスケット銃を向け、照準を木々が生い茂る根元へ向ける。
再度、アレクサンダーが吠えた。この鳴き方からして、小動物だろう。うさぎか、たぬきかその辺りにだと予想を付ける。
指をトリガーにかけ、獲物が視界に飛び込んでくるのを待つ。──そうして待ち構えた時、白いうさぎが木々の間を縫ってエミリアの視界へ飛び込んできた。
白い小さな体を目でとらえた瞬間、素早くトリガーを引く。
どん、轟音と共に重たい反動が腕を痺れさせる。小さな獲物のちょうど腹に当たり、衝撃を受けて地面に倒れた。
獲物を追ってきたアレクサンダーも木々の間から飛び出し、エミリアの弾が当たって倒れた獲物に鼻を近づけ、わふ、とまた吠えた。
「いい子ね、アレクサンダー」
名前を呼ぶと尻尾を振ってこちらに走り寄り、頭を押し付けてくる。その柔らかい頭を撫でてやると、ふいにアレクサンダーが顔を上げ、空に向かって遠吠えをした。獲物を発見した合図に、エミリアはすぐにマスケット銃を準備し、空へ構える。
丁度、エミリア達の頭上を飛ぶ一羽の鳥。それほど高く飛んではいないその鳥に照準を合わせる。風と高さを考え、再び銃弾を放った。
ばん、と音が鳴り、すぐに鳥が落下してくる。少し外したらしく、鳥はばさばさと羽をせわしなく動かしてなんとかバランスを取ろうとするが、ふらふらとそのまま落ちてくる。
「アレクサンダー」
愛犬の名前を呼べば、鳥の落下する先を読んでアレクサンダーが駆けていった。後はアレクサンダーが回収するだろう。
「ヘイムス、早くうさぎを持って。行きますわよ」
エミリアはヘイムスに指示して歩き出す。歩くたびに足首が痛いが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。ゆっくりと足を動かしながら進んでいると、アレクサンダーの鳴き声が聞こえた。
近くだ、と理解したと同時に──前方の林ががさがさと音を立て、ひょっこりとフェドルセンが姿を現した。
その後で彼に向けて尻尾を嬉しそうに振るアレクサンダーも林から出てくる。フェドルセンの手には鳥が一羽。もう片手で自分の馬の手綱を持っている。
「……アレクサンダーがうるさいと思ったらあなたでしたの」
「アレクサンダーの遠吠えやら吠えた声やら遠くでも結構聞こえるんだよ。王女様がどんな調子なのか気になってさ」
「フェドルセン様!」
フェドルセンの軽い嫌味にエミリアが応戦しようと口を開くが、後ろに控えていたヘイムスがいきなりエミリアの前に出て、フェドルセンに頭を下げた。
「どうかお願いです! エミリア様を城へ今すぐお連れください」
「ヘイムス!」
フェドルセンと城に帰ってはアンネの勝ちだ。それは許せなくてエミリアが素早くヘイムスに叱責の声を飛ばすが、フェドルセンはエミリアには目を向けず、頭を下げたままのヘイムスに視線を向ける。
「なんだ。なぜ城へ帰りたがる」
「エミリア様は落馬されて足を怪我しています。まともに歩けていません」
「ちょっとヘイムス!」
侍従の言葉を止めようと前へ出るが、フェドルセンがエミリアとヘイムスの間に腕を差し入れて更に話を求めた。ヘイムスはフェドルセンにエミリアが落馬した経緯を話して聞かせてしまう。
思わぬ身内からの裏切りにエミリアの顔が赤く染まる
「そんなこと、後で聞かせればいいでしょう! 今わたくしは帰るわけには……っ!」
「後ではいけません! これは我が国への冒涜行為ですよ!」
ヘイムスがエミリアに向かって叫んだ。そんな険しい顔も、そんな悲惨な声もエミリアは今まで聞いたことがなかった。驚いて口を閉じると、フェドルセンが呆然としたままのエミリアをひょいと抱き上げる。
「ひゃ!? ちょっと!」
「アンネの件は後で問い詰める。ひとまず帰るぞ」
持っていた鳥をヘイムスに渡し、フェドルセンは自分の馬にエミリアを乗せ、自分もその後ろへ乗り込んだ。手綱を握り、今にも駆け出しそうな勢いだ。
「なにを勝手に決めているの! 下ろしなさい!」
そうエミリアは叫ぶが、フェドルセンはこちらの意見など聞く気がないようで、そのままゆっくり馬を進めだす。エミリアは納得できずフェドルセンの腕を掴んだ。
「怪我は大したことありません! 早く下ろして。下ろしなさい!」
尚も言い募るが、フェドルセンは全く相手にしていない。それがとても悔しくて、しかし暴れると落馬する可能性があるためにこれ以上の抵抗ができない。
後ろをついてくる裏切り者へ鋭い視線をエミリアは向け、叫んだ。
「この裏切り者っ! あとで覚えておきなさい!」
静かな森の中、エミリアの悔しさが滲んだ子供のような叫び声が響いた。
喧嘩っ早い王女を問答無用で強制送還させる王子です(笑)
年内はこれで最後の更新となりました。
よいお年をー!




