宴もたけなわ、本番はここから
あちらこちらで笑顔がはじけ、笑い声があがる。桜の木のしたは温かな空気に満ちており、山の朝の冷ややかさなど吹き飛んでいた。
陽気に飲み、語り、食べるひとびとの輪のなかでリュリュナは、たくさんのひとに囲まれて感謝と心配のことばに包まれる。
「いっぱいお土産買ってきてくれて、ありがとうねえ」
「こんなにいろいろ買って、自分の暮らしは大丈夫か。村が食ってくだけのもんは作れるんだから、無理はするなよ。無理すると大きくなれんからな」
「そうだ、まだこんなに小さいのに親元を離れて……。辛かったらすぐ帰るんだぞ」
リュリュナに向けられる視線は感謝がこもった優しいものから、身体の心配をするものへと変わっていく。
そこにちょくちょくはさまれる身長に関係することばに、リュリュナはぷくりとほほを膨れさせた。
「まだまだ大きくなります! 同い年のチギだって大きくなってるし、弟のルトゥだって背が伸びてるんだから。あたしはただちょっと、ちょーっとだけ成長期がゆっくり来てるだけなの!」
丸い目をめいっぱいつりあげてリュリュナが言えば、周囲からは微笑ましさにあふれた視線が向けられる。
そんな視線にもぷんすこするリュリュナの元へ、無邪気な笑顔と声を届けたのは村の子どもたちだった。
「これ、おいしい! リュリュナお姉ちゃんが買ってきたんでしょ?」
「ね、おいしい。ふわふわで甘くって、ほっぺがとろけそう!」
ほほを赤くして言う子どもたちの手には、やわらかな黄色い菓子が乗せられている。
子どもの口もとについたふわふわの菓子のくずを取ってやりながら、リュリュナはちいさな牙を見せてにぱっと笑った。
「おいしいでしょう! カステイラっていう、異国のお菓子なんだって」
自信満々に言うリュリュナだが、実はまだカステイラを味見していなかった。
祭り用として日持ちのする、かつ甘くておいしいお菓子を探してナツメグとゼトに助言を求めたところ、そろって勧められたのがカステイラだったのだ。
その名を聞いた途端、リュリュナは前世の記憶にあるカステラの存在を思い出した。ごくまれに頂き物で食べた覚えのある、やわらかな甘い菓子。
甘味と言えば干し芋くらいしか知らない村の子どもたちにぜひ食べさせたい! とリュリュナの土産に確定した。
しかしながらこのカステイラ、菓子屋が販売しているのではなく街に滞在している異国の宗教団体が布教活動がてら作っているもので、売り物ではない。
作ろうにもリュリュナの前世で作った記憶もない。
そこで「田舎の村で祭りの目玉として、みんなに食べさせたいんです!」と頼んでひとかたまり売ってもらったのだ。
しかし、そのひとかたまりが大きかった。
聞いたところによると、特製の大きな型に生地を流し入れてかまどで焼くらしいのだが、その型はリュリュナが両手を広げたほどもある。当然、焼きあがる生地も同じだけの大きさがある。
その生地を日持ちがするように焼きあげたそのまま箱詰めしたものだから、リュリュナもおいしいと言いながら、まだ食べていなかったのだ。
「リュリュナさんはもうこの菓子を食べましたか?」
はじめてのやわらかな甘味に喜ぶ子どもを笑顔で見守るリュリュナの元へ、ユンガロスがひょいと顔を出した。乾杯の音頭を取った村長に捕まっていたユンガロスは、ようやく解放されたのだろう。
その手に持った木の板のうえには、カステイラがふたつ乗っている。
「まだです。みんなが食べてから、余ったらもらおうと思って」
「でしたら、問題ありませんよ。これを切ったご婦人が、村の人数より多く切ったとおっしゃっていましたから」
その婦人が「だから、リュリュナちゃんに持って行ってやっておくれ。あの子、遠慮して自分からは取りに来ないだろうから」と言ったことは黙っておいて、ユンガロスはリュリュナの横に腰掛けた。
「ちゃんとみんなに行き渡るんだったら……」
食べようかな、食べたいなとそわそわするリュリュナにカステイラの乗った板を渡して、ユンガロスは彼女に手を伸ばす。
手の塞がったリュリュナの腰をつかんだユンガロスは、あぐらをかいた自身の足に彼女をそっと座らせた。
「あれ? ええと? なんであたし、ここに座ってるんですか?」
ユンガロスの太ももに座ったリュリュナは、間近になった男の顔を見上げて、きょとんとまばたきをする。
その様がまるで、辺りを見回す小動物のようだと思いながら微笑んだユンガロスは、カステイラをひとつつまんでリュリュナの鼻先に差し出した。
「もちろん、あなたにゆっくり味わっていただくためです。さあどうぞ、リュリュナさん」
にっこりと音の聞こえそうな笑顔とともに、鼻先でゆらめくカステイラ。
魅惑の黄色い生地はきめ細かく、狐色の焼き色がついた面との対比が目にもおいしい。くちに含まずとも鼻をくすぐる甘い香りは、砂糖が惜しげも無くふんだんに使われている証だろう。
そのたまらなくおいしそうな菓子を目の前にぶら下げられて、耐えられるリュリュナではなかった。
「あ、む!」
本能の赴くままにくちを開き、ここがどこかも忘れてかぶりつく。
途端に広がるのは、カステイラのやわらかさ。
たっぷりの卵を使いふわふわに泡立てた生地を低温でじっくりと焼くおかげだろう。きめ細かな生地はしっとりとした重さを感じさせながらも、軽やかな弾力でもって舌を押し返す。
次いでくちいっぱいに広がるぜいたくな甘み、鼻から抜けるたまごの香り。
目を閉じて噛み締めれば、生地の底に敷かれたザラメが立てるかすかなしゃり、という音が耳を楽しませる。
「あまい……おいしい……」
こぼれそうになる吐息の甘ささえ逃すものかと、リュリュナは目を閉じたままつぶやいた。
むぐむぐとカステイラを噛みしめて幸せに浸っていたリュリュナは、もうひとくち食べたいと目を開けて、ようやく周囲の視線に気がついた。
視線に気がついた途端に、周囲の声も耳に入ってくる。
「あれあれ、リュリュナちゃんたら。街で良いひと見つけたんだねえ」
「こりゃあれかい? このまま祭りが終わったら婚約祝いに飲まなきゃいけねえか?」
「おー、おー。あんな立派な旦那を見つけてきて、まだ小さいのにえらいもんだ!」
「お姉ちゃんとお客さま、仲良しねえ」
ふたりを取り囲む村人たちは、みんなしていい笑顔を浮かべていた。
笑顔のひとびとがくちにすることばを耳にして、いまの自身を客観的に見たリュリュナは、みるみるうちに赤くなった。




