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木漏れ日の射す山のなかを連れ立って歩く人影があった。
道ともいえないような、人の足で踏み固められただけの道を通り抜ける人影はぜんぶで四人。大小さまざまで、さらに言えば老若についても男女についてもさまざまだ。
「……あんた、すげえな」
チギは軽く息を乱しながら山の谷あいに続く道を登っていた。その背にはひょろりと細い彼の身体を隠すほどの荷物が積まれている。
チギの荷物もそうちいさなものではないが、少年は後ろを歩く男の荷物を見上げて感嘆するようにもらした。
「おれが用意した荷物ですから、おれが持つのは当然です」
さらりと返したユンガロスの背中にあるのは、長身の彼の背よりも高く横にも大きな小山のような荷物だ。箱馬車一台ぶんの荷物をまるごと背負うユンガロスだが、息を切らす様子もなくさわやかな微笑を浮かべたまま山道を登っていく。
はじめのうちこそ張り合おうとして余分に荷物を背負ったチギだったが、ルオンの「無理をすると続かん。お前さんがこれからも行商を続けていくつもりなら、やめとけ」というひとことでしぶしぶ荷物を減らした。
そのルオンは、異様な量の荷物を軽く背負ってしまったユンガロスを見て呆れて黙り込んでいた。
それぞれに持てるだけの荷物を持って、山仕事をする者たちの村を出発してしばらく。リュリュナとルオンが先頭を務め、チギとユンガロスはふたりからやや遅れて歩いていた。
チギは無理をするなと言われた手前荷物を減らしたが、それでも持てるぎりぎりの量を背負ったためにいくぶん足取りが遅かった。
ユンガロスは、大荷物を背負って転んだら後続が巻き添えを食うからと、最後尾を歩くようにルオンに言われていた。
「……あんたさ、リュリュのどこがいいんだよ」
黙々と山道を歩いていたチギが、振り向かないままにつぶやく。
ちいさな声だったが、後ろを歩くユンガロスはその声を拾えたらしい。
「どこ、とは? リュリュナさんの良いところでしたらいくらでも挙げますが、質問の意図を明確にしていただけると答えやすくなります」
「あー……だから、リュリュのどういうとこがす、す、す、好きかって! 聞いてんだよっ」
真っ赤になって猫耳を動かしながら言ったチギの顔は見えていないけれど、小声ながらも上ずったその声でユンガロスには少年の姿が容易に想像できる。
笑うのは失礼だろう、と思いつつもくすりと笑ったユンガロスの声はチギには届かなかったようだ。
黙々と山道を登りつつ、猫耳をぴくりぴくりと動かすチギが返事を待っていることに気づいて、ユンガロスはふむ、と考える。
「そうですね……リュリュナさんはお世辞を言いません。かといって相手の立場を考えられないわけでなく、無駄にへりくだることもないので、いっしょにいて心地良い。これが明言しやすい好きなところでしょうか」
「おう」
「それから、リュリュナさんは如何なる権力とも離れたところにいるので、おれの手を取ったところで街の勢力に影響を与えないのも、魅力的です。こちらは、おれの身分などとうるさいことを言ってくる者たち向けのリュリュナさんの好いところです」
「……おう」
「などというのはまあ、表向きの理由でして。正直なところ、おれ自身もなぜこれほど彼女を愛おしく思うのか、この腕に囲いたいと思うのかわかっていません」
「んん?」
チギは告げられる理由に納得し、好意に納得できるだけの理由をつけられている相手と争わなければいけないのか、と気を重くしていた。が。
「おれはリュリュナさんが好きです。彼女と共に、ずっと寄り添って生きていきたい。この気持ちに理由など必要でしょうか」
堂々と言い切られたユンガロスの本心に、チギは思わず足を止めた。立ち止まったチギに遮られて、ユンガロスもその場に留まる。
振り向いたチギは、いつもと変わらぬ微笑を浮かべる男を見上げた。そして、くしゃりと破顔する。
「なんだ、あんたもおれと同じなんじゃねえか」
見るからに年上で、地位も財産も力も持つ強大な敵だと思っていた男が、急に身近な好敵手のように見えてきて、チギの足取りは軽くなる。
機嫌よく足を運ぶチギを追って、歩き出したユンガロスはおや、と眉をあげた。
「同じとは、心外ですね。おれのほうがあなたよりもリュリュナさんへの愛を語れますよ。彼女に恥じらうことなど何もありません」
「……あんた、思ってたよりも大人げねえな」
「真剣勝負に手を抜かないと言っていただきたい。それとも、手を抜かなければ勝てる自信がないとおっしゃる?」
「ほんと、大人げねえなあ」
チギとユンガロスがぽつりぽつりとことばを交わしていると、前方から明るい声が飛んできた。
「おおーい、チギー! ユングさーん! 入口が見えたよー!」
山を登り切ったあたりでリュリュナが手をふり飛び跳ねている。
呼ばれて足を速めたふたりが彼女のもとに向かえば、にこにこ笑うリュリュナのそばで木に寄りかかって休むルオンが待っていた。
「入口とは?」
山のなかではなかなか耳にしない単語を聞いて首をかしげたユンガロスは、リュリュナとルオンのすぐ近くに目をやってことばを失った。
無秩序に生える木々の合間に、不意に整然と並ぶ木の群れがそこにはあった。
ふもとの木こりたちの足で踏み固められたのだろう道が終わるその先に、まるでまだ道が続いていると示すかのように立つ二本の巨木。
見上げるほどのその木はユンガロスが両手を広げたほどの幅を保って立ち、その木の向こうにも同じくらいの大きさの木がゆるい坂になった山道に沿ってずっと遠くまで続いているようだった。
「これ、は……ご神木、でしょうか……?」
立ち並ぶ木の立派さに思わず見上げたままつぶやくユンガロスに、答えたのは腰を下ろしたままのルオンだ。
「そんな大層なもんじゃねえ。わしが若い時分にゃあ、ただ道を示すために植えられた木だったさ。道標だからって下の村の連中も切らねえもんだから、むやみと大きくなってこの様よ」
「むかしむかしはこの木の間を馬車が通れたから、荷車でも行き来できてたらしいです。いまはもう荷車が通ることもないし、木が立派すぎて切って山から出すのも大変だからって、そのままになっちゃってるみたいです」
リュリュナの付け足しを聞いて、ユンガロスは馬車を置いてきた理由を実感した。
この道幅では、荷車は通れないだろう。馬に乗って登ってくるにしても、馬の餌を積めば荷物をそう多く持つこともできない。
「なるほど、それで徒歩で行かねば行けない村なのですね」
感心したようにうなずくユンガロスをちらりと見て、ルオンがよっこらせと立ち上がる。
「それも徒歩四日かかる、とんでもねえ秘境だ」




