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その牙っ娘にエサを与えないでください  作者: exa(疋田あたる)


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2

 チギが御者台に収まったのを見て、ルオンもまた自身の馬車へと乗り込んだ。老人は若者たちのやり取りに関わるのは面倒、とばかりに一行から離れていたのだった。


 前方のふたりの用意が整ったのを確認して、ユンガロスもまた御者台へと向かって歩き出す。しかし、つん、とその袖が引っ張られて、すぐに足を止めることとなった。

 振り向いたユンガロスは、袖をつまんだ指の持ち主を見て、困ったように笑う。


「ソル」


 名を呼べば、ユンガロスの袖をつまむ指がおずおずと引っ込められる。うつむいて、そのままそうっと後ずさっていこうとするソルの背を止めたのは、いつの間にか起き上がったノルだった。

 ノルの一見普通だが実際にはユンガロスをもしのぐ怪力を持つ手が、ソルの背中に添えられていた。

 後退できなくなって立ち止まるソルの前に立ち、ユンガロスはすこし身をかがめてソルと目線の高さを合わせる。


「おれが居なくとも、あなたは自分の力を制御できます。暴走などしません。白羽根の姫君は、あなたの力の強さだけでなく制御の巧みさも褒めていましたよ」


 やさしく言われても、ソルは自身の右目を手で覆い隠して不安げにうつむいてしまう。眼帯と前髪で隠されたそのしたにあるものを知っているユンガロスは、彼の不安がわかるだけに、強く言うことができない。

 白羽根の分家でありながら異様なほどの力を持つ彼の隠された右目を知るものとして、同じ瞳を持つものとして、自身の暴走を止められるだろう者から離れる不安は、ユンガロスにも容易に想像ができた。

 それなのに、ユンガロスはソルひとりを置いて出かけようとしている。申し訳なさを抱えたユンガロスと、すがりたい気持ちを抑えられないソルとが互いに身動きが取れなくなりそうな、そのとき。

 ばちん! と場違いな音を響かせたのはノルだ。


「ユンガロスさまがいなくても、おいらがいるっすよ!」


 明るく言うノルを見て、ソルが叩かれた背中をさすりながら眉をひそめる。

 その顔に叩かれたことへの不満以外のものを見てとって、ノルは一層明るく笑ってみせた。


「ソルがうっかり力を暴走させてそこらじゅう凍らせはじめたら、おいらが抱えて風呂に放り込んでやるっす。そんで、ソルが参ったって言うまでガンガン薪を足して熱くしてやるっすよ!」


 任せろっす! と胸を張る同僚を見て、ソルはほんのりと表情をやわらげ右目を覆う手をそっと下ろした。

 ユンガロスもまた、頼れる部下に微笑みを浮かべる。


「まだ起こっていない最悪ばかり思っていては、動けなくなります。もうすこし勇気を出して、自分を信じてみなければいけませんね。あなたも、おれも」


 そう言って自身の黒眼鏡を押し上げるユンガロスに、ソルはちいさくうなずいた。

 馬車から離れたノルとソルは、店の前で馬車を見上げているゼトとナツメグの横に立つ。

 箱馬車のやや高い位置にある小窓から顔の上半分だけを見せているリュリュナに手を振ったノルは、ふとあたりを見回して首を傾げた。


「そういや、白羽根のお姫さまはどうしたんっすか。ちびっこと仲良しだったと思ったんっすけど」


 見送りには来なかったのか、とヤイズミの姿を探すノルに答えたのはゼトだった。


「姫さんは、しばらく忙しいそうだ。リュリュナの見送りは行けないけど、出迎えは必ずするから帰ってくる日がわかったらすぐ知らせてほしい、って言われてる」


 視線を馬車に向けたまま答えるゼトに、ノルは「ふうん」と言うに留める。ヤイズミのことを話すゼトの顔が、あまりに真剣だったため茶化すのがためらわれたのだ。


「おいら、空気が読める男っすから」

「ノル、意味不明」


 ちいさくつぶやいたノルに、ソルがすかさずつぶやき返す。

 幸い、ふたりの小声でのやり取りはゼトには聞こえなかったらしい。

 ナツメグとゼトは、動き出した馬車に手を振っている。


「急いで戻らなくていいから、道中しっかり気を付けるのよ。お腹すいたら、遠慮しないでちゃんとたくさん食べるのよー!」

「戻ってくるときは手ぶらで……いや、土産は村で採れるそばの実だ! ほかは何もいらないからな。怪我せず風邪ひかず、元気に戻って来いよー!」


 彼らこそがリュリュナの親だろうか、と思えるような声をかける姉義弟(きょうだい)に、ノルも調子に乗って手を振ってみる。


「村にかわいい子がいたら、いっしょに戻ってきてくださいっすよー! おいらがお嫁にもらって、大切にするっすからー! 人数の制限はないっすー!」


 どうしようもないことを往来の真ん中でのたまうノルの頭に、氷の塊が落ちてくる。

 つぶれた蛙のような声をあげて倒れたノルに、ソルは氷よりも冷たい視線を向けてつぶやいた。


「任せる相手、間違えた……?」


 いまさら何を言ったところで、頼りたい相手は馬車の上だ。

 不安と諦めの混じったため息をついて、ソルも遠ざかる馬車に向けてちいさく手を振った。


「行ってきまーす! みなさんも、風邪ひかないでくださいねー!」


 リュリュナの元気な声を残して、三台の馬車はイサシロの街を後にした。

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