焼き立てあつあつアップルパイ
夕飯は、ゼトとナツメグによってたいそう豪華にされそうだったところを、チギとリュリュナのふたりがかりでどうにか食い止めた。
作れる限りのものをすべて作ろうとする姉義弟に、チギとリュリュナがそれぞれ食べたいものをおねだりする形で、ゼトとナツメグの世話焼き気質を満足させることに成功したのだ。
それでも、甘い卵焼きと具沢山の汁物はたいそうおいしくて、チギもリュリュナもせっせと箸を動かした。その姿は、もっと食べさせたいと思っていた姉義弟の気持ちを穏やかにさせるのにじゅうぶんなほほえましいものだった。
満腹になった四人はチギの行商の話やリュリュナがこの店に来てからの話で、ついついあれやこれやと盛り上がる。そうして、気が付けば就寝時間になっていた。
チギがリュリュナの部屋に遊びに行く間はなく、残念がるリュリュナをよそにチギはさっさとゼトに付いて二階に上がる。
その先で「助かりました」「お前も苦労するなあ」「ははは……」などという男たちの会話があったことをリュリュナは知らない。
そうして、チギが寝ぐせのついた頭で階段を下りてきた翌朝。
朝から豪勢な料理を作ろうとする姉義弟のおかげで、リュリュナとチギはふたりで村での朝食を再現してみせることとなった。
目のまえに置かれた申し訳程度の菜っ葉が浮かぶうすいお粥をナツメグとゼトは無言で目をうるませながら完食する。せめて、と添えられたのこり物の具沢山な汁ものを味わっていた村出身者たちは、そんなふたりの様子に気が付かない。
笑顔で食事を楽しみ、開店と同時にクッキーを持って表に飛び出していった。
それから、しばらくののち「クッキー売り切れましたあ!」とリュリュナとチギがにこにこ笑顔で店に戻ってきた。
声を耳にして、ナツメグが手を休めて台所から顔を出す。
「あらあら、きょうも大盛況ねえ。かわいいふたりが売り子さんしてくれてるおかげねえ」
にこにこと笑いながら焼き立てのどら焼きの皮を差し出してくれるナツメグに、チギとリュリュナは喜んで手を伸ばした。
お礼を言ってはむりとかじって、リュリュナは目を丸くする。そのとなりで、チギも「お!」と驚きの声をあげている。
「りんごだ! しっとりした皮としゃっきりしたりんごの食感が意外に合ってますね!」
「うまい! これ、店に並べるんですか?」
ちっちゃな牙を見せたリュリュナがにぱっと笑い、チギは猫耳をぴんと伸ばしてほほを赤くする。
見ただけで「おいしい!」と伝わってくるふたりを前にナツメグは胸がほっこりと暖まった。どら焼きの皮を焼き注文通りの餡をはさむ作業の合間に、がんばった甲斐はじゅうぶんあったと微笑む。
「うふふ。そう言ってもらえてうれしいわあ。でも、いまひとつ生地とのなじみが悪いのよね。もうひとなにか工夫できたら、お店の商品にしてもいいと思うのだけれど」
「ううーん、あんこじゃ、ちょっと合わないですかねえ」
「かぼちゃじゃ、なんか違う気がするしなあ」
どうしたものか、と盛り上がっている三人のもとへ、ゼトが台所からやってきた。
彼の意見も聞こう、とリュリュナが見上げたゼトは、店の開いた戸口の向こうを見ている。お客さんだろうか、と視線を追っても誰も見当たらない。
どうしたのか、と声をかける前に、ゼトが前を見据えたままぽつりと言った。
「……ちょっと、出かけてきてもいいか」
唐突なゼトの申し出に、一同はきょとりとまばたきをする。在庫の確認は今朝したばかりで、急ぎで調達しなければいけないような食材はないはずだ。
けれども、ゼトはすでに出かける気持ちをかためているらしく、髪を押さえていた手ぬぐいをほどいて身に着けていた割烹着に手をかけている。
「どこに……」
行くんですか、とリュリュナが聞くよりも早く、ナツメグがゼトの背を押した。
「いいわよ。そろそろリュリュナちゃんに、おまんじゅうの蒸し方を覚えてもらおうと思っていたところだもの。チギくんもいるから、大丈夫よ。いってらっしゃい」
にっこり笑ったナツメグは、ゼトの手から手ぬぐいをそっと取り、彼が脱ぎかけた割烹着を受け取るために手を伸ばした。
その姿を見て、リュリュナは丸くしていた目でぱちりとまばたきして、なるほどとうなずく。
「あ、ナツメグさんにはもう相談して」
「ないわねえ。でも、ゼトくんがお仕事を抜け出して行きたいなんて言うの、はじめてなんだもの。どこに何をしにいくのかわからないけれど、お姉さんとしては背中を押したくなっちゃうわ。止める理由もないもの、ね」
そう言って、ナツメグはリュリュナの頭をなでた。チギの頭に伸ばしかけた手は、すこし迷って彼の肩をとんと叩くにとどめる。それでも、チギは年ごろの少年だ。きれいなお姉さんの手に触れられた彼は、眉間にしわを寄せながらほんのりとほほを染めた。
ゼトは、そんな頼もしいふたりに目を落とすと、にっと歯を見せて明るく笑う。
「悪い、ありがとうナツ姉。すぐ戻るから、あとは頼んだぞ、チギ。リュリュナ」
笑いながら、ゼトはチギとリュリュナの頭に手を伸ばして、ふたり同時にえんりょなく撫でまわした。
「わわっ」
「ちょっ、やめてくださいよ!」
髪をかきまぜられるだけでなく、頭ごとぐらぐらと揺すられたふたりが笑いまじりの悲鳴をあげる。
そんなふたりの姿を見たゼトは、陰りのない笑顔で戸口の外へと駆け出して行った。
残された三人がなんとなくその後ろ姿を見送っていると「まだやってるかい?」と常連客が顔を出す。
「あ、いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ。チギくん、ご注文を聞いてもらえる? リュリュナちゃんは頭に手ぬぐい巻いて、割烹着をつけたら台所に来てちょうだい」
てきぱきと指示を出すナツメグに、チギとリュリュナはそろって「はいっ」と返事をして動き出した。
手早く支度を済ませて台所に入ったリュリュナが、洗い終えた手を拭きながらかまどに近寄ると、商品をチギに渡したナツメグがちょうど戻ってきた。
「さあ、それじゃあ今日は、リュリュナちゃんにおまんじゅうの蒸し方をばっちり覚えてもらうわよ!」
湯気をたてるせいろを前にして、ナツメグの目がきらりと光る。
いつもはやさしいナツメグだが、お菓子の指導に関しては甘くはなさそうだ、とリュリュナは気合を入れて「よろしくお願いします!」と頭を下げるのだった。




