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「えっ、お砂糖いれすぎたかな?」
あわてたリュリュナは箸でりんごをひとつつまむと、自身もひとつくちにした。しっとりした甘さを噛みしめれば、しゃっきりとほどよい食感とともにりんごの香りが広がる。
加熱したことで、生でかじったときに感じた酸味が弱まったりんごは、とてもおいしかった。
「うーん……ほんのり甘くて、おいしいと思うけどなあ?」
もぐもぐと食べて首をかしげるリュリュナに、チギはあわあわと顔を真っ赤にする。
けれど、真剣な顔で味を確かめているリュリュナはチギの様子に気が付かない。鍋の前から移動して、ナツメグとゼトにも味見をうながしている。
「おま、それ、その箸、いま……!」
「はい、じゃあ今度はこっち」
震えながらことばにならない声をこぼすチギに構わず、リュリュナはもうひとつの鍋からつまみ上げたりんごを再びチギのくちに放り込んだ。
チギもやはり反射的にくちを閉じて、与えられたりんごを噛みしめてしまう。
猫耳をぺったりと伏せさせた少年の顔は、もう赤くなるところがないほど真っ赤に染まっていた。
「ナツメグさん、ゼトさん、どうです? お砂糖おおかったですか? あたしはちょうどいいと思ったんですけど」
チギの反応に気づかないリュリュナが問えば、味見を終えたナツメグが笑う。もちろんこちらは、自分用の箸を手に持っている。
「うふふふふふふ。もっと甘くてもいいわよお。でも、いまでもじゅうぶん甘酸っぱくて、とーーーーってもおいしいわねえ。うふふふふ」
意味深な笑みを浮かべて言うナツメグに、チギはうぐぐと羞恥にもだえた。それさえもナツメグを喜ばすようで、彼女はいつもよりいっそう笑みを深くして、リュリュナとチギを眺めている。
チギが恥ずかしさに身をよじっている一方で、リュリュナはまじめな顔で砂糖の加減について考えているらしい。
ゼトはそんなふたりのために意識して平静を装い、真剣に返答をした。
「ああ。味は問題ない。食感もいいな。ただ、水分が多いからこれじゃあ餡にするのは難しそうだな」
「ううーん、そうですよね。おまんじゅうに入れるならもう一回蒸されて、しゃきしゃき感もなくなっちゃうだろうし。どら焼きに挟んだら、皮が湿っちゃいますよね」
リュリュナのつぶやきを受けて、ナツメグの意識がりんごに向く。菓子舗の店主として、やはり製菓のこととなるとまじめに考えてしまうのだろう。
リュリュナとナツメグのふたりが「もっと煮詰めてみますか」「そうねえ、じゃあ半分だけ取り出して、残りにもうすこし火をいれてみましょうか」とやりとりしているのを横目に、ゼトはチギを見下ろした。
うつむいたチギは、首まで真っ赤に染まっている。羞恥に耐える少年が「そりゃ、昔は食べさせっこくらいしたけど、でも、それは子どものときで……」とつぶやいているのを聞き取って、ゼトは無言で少年の肩をやさしく叩いてやるのだった。
―――食べさせ合いしたなんて、あの人にばれなきゃいいけど。
ばれたときのことを思ってゼトが背筋を震えさせているうちに、りんごの加熱が終わったらしい。「おやつも兼ねて、食べ比べてみましょう」と言うナツメグとリュリュナの手から皿を受け取って、ゼトとチギは板間へと移動していくのだった。
おやつを食べて仕込みを済ませたころには、陽がいくぶん傾いていた。
食べながら「残りのりんごで何をつくりましょう」「やっぱりあぷるぱいが食べてみたいわねえ。ねえ、ゼトくん」「うっ、んん、まあ、な」などと話が盛り上がったせいで、ずいぶんと時間が過ぎていた。
日が暮れてしまうとたよりないろうそくの明かりしかなくなってしまうため、明るいうちに夕飯の支度をしようか、と話しはじめたころ。
「チギくんはお夕飯、食べていけるのかしら」
ふと落とされたナツメグの問いに、チギは「えっ」と目を丸くした。
「そんな、お昼もご馳走になっちゃったから、そろそろ帰ります」
「あら、やっぱりあのおじいさんが待ってるのね? だったら陽が落ちる前に送っていってあげなくちゃ」
ナツメグが言えば、ゼトが「そうだな。おれが行こう」と腰を上げる。
それを見て、チギはあわてて首を横に振った。
「いや! じいさんとは別行動です。宿をとるのも勉強のうちだって金だけ渡されてるから、どっかで夕飯食べて宿を探して……」
放っておけばいくらでも世話を焼いてくれそうなふたりに、チギは状況を伝えねばとことばを重ねた。それを遮ったのは、リュリュナが両手を合わせて立てたぱむ、という気の抜ける音だった。
「だったら、あたしの部屋でいっしょに寝たらいいよ!」
名案だ! と言わんばかりの笑顔とともに放たれたリュリュナのことばに、チギは声もなく目を見開くばかり。
反論がないのをいいことに、リュリュナはにこにこと続ける。
「お店の裏庭にちいさな離れがあってね。そこを貸してもらってるんだけど、すごいんだよ! ちいさいって言っても、村のあたしの家とそんなに変わらないし」
それがいい、とうなずきながら言ったリュリュナは、はたと動きを止めた。
「あ、でも、あたしの家よりずっとずっときれいだよ。壁に穴も開いてないし、床板がはずれてるところもないんだよ」
きりり、とリュリュナなりに引き締めた顔で言う姿を前にして、チギはどうしていいやらわからなくなる。
リュリュナの感覚では、チギはまだ幼いころのままなのだろう。いっしょに転がりまわって遊んだ幼なじみという認識のまま、無邪気に接しているのだろう。
話すたびに自分のことを男としてちっとも意識していないリュリュナに気づいて、チギは悲しくなってくる。
けれど、同時に気恥しさも覚えていた。
同じ箸を使って「あーん」と手づから食べさせられる行為や、リュリュナと同じ部屋に寝ることを想像するだけでそわそわと落ち着かない気持ちになる。
つれないリュリュナに振り回されている自分に腹が立って、チギはきょうもむすりとくちをへの字にしてしまう。
「あー……チギはおれの部屋でいっしょに寝よう。りんごのほかにもなんか良さそうな食材がなかったか、聞きたいと思ってたんだよ。おれの部屋なら兄貴のふとんも置いてあるから、寝るにもちょうどいいだろ」
ふいにくちを挟んだゼトは、そんな少年の心境をどれほど察していたのだろう。「寝るまではリュリュの部屋でふたり、遊んでていいから。な?」と言ってくるゼトのことばをチギはありがたく受け入れるのだった。




