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空気がぴりりと引き締まった。
男たちが居心地悪そうに視線をさまよわせるのを、ヤイズミは透き通った瞳でまっすぐに射抜く。びくり、と固まった男たちに向けて、形の良いくちびるがふわりと開いた。
「このお店で使われているとくべつな調味料は、白羽根家が卸しているものです。よって、白羽根のヤイズミがこの店の商品を保証いたします。文句がおありなら、わたくしどもの家においでなさい!」
「ひぃっ!」
可憐なくちから放たれたひとことに、男たちはすくみあがった。
街でも古い貴族であり、いま現在も街全体をとりまとめる大店を営んでいる白羽根家にたてついたと思われてはたまらないと、慌ててくちを割った。
「おっ、おれたちゃ頼まれてこの店の秘密をさぐりに来ただけで! 別に恨みがあって悪さしてるわけじゃねえんでさあ」
「そう、そうです、そうなんです。このごろできたばっかりの店がでかい顔してるってんで、ちょいと挨拶してくるよう言われただけで。まさか白羽根さまに文句つけようなんざ、思ってもいませんで!」
薄笑いをうかべてへこへこと頭を下げる男たちを、ヤイズミは黙ってつんとした表情で見下ろしている。
ただそれだけで、男たちの額に脂汗が浮かんで、くちの端が引きつるように震えだした。
「し、白羽根さまのところの商品を使ってるって知らなかったんでさあ。もうしねえから、どうか、見逃してくだせえ!」
「もらった金も、全部出します! 頼んできたやつにもちゃんと、探してたのは白羽根さまが卸してるものだったって言って、二度と手だしさせません。誓います、誓いますから、お許しください!」
男たちは震えながら土間に膝をついて、頭を下げた。四角い顔の男が言いながら懐から金を出したのを見て、魚顔の男もまた急いで金を取り出し、ヤイズミの足元に差し出した。
聞かれてもいないことをべらべらと話しだした男たちの後頭部を見下ろして、ヤイズミはほんの少しだけ眉を寄せた。人形のような無表情から、美しい顔にかすかな不快感がにじむ。
「わたくしは、事実を述べに来たまでです。あなたがたが当家を侮辱するつもりでないなら、それで結構よ。あなたがたが謝罪すべきは、他にいるのではなくって?」
ヤイズミの静かな声に、男たちが息を飲んだ。
むちを打たれたようにびくりと肩を震わせて、こっそり顔を見合わせた男たちは、おそるおそるヤイズミを見上げて、その視線を追った。
冬空のように冷たく澄み切った色をしたヤイズミのひとみが映すのは、土間のすみに固まるゼト、リュリュナそしてナツメグだ。
男たちとヤイズミの視線が自分たちに向いていると気が付いたゼトは、くちびるを引き結んでリュリュナとナツメグを隠すように立ちはだかった。
それをちら、と見やったヤイズミは、男たちに視線を戻して小首をかしげた。
―――わからないかしら?
視線でそう言われた気がして、男たちは土間に膝をついたまま即座に方向転換し、そろって頭を下げた。
「「もうしません、ゆるしてください!」」
野太い大声にびくっと震えるリュリュナにも気が付かず、男たちは頭を下げたまま動かない。
ナツメグがおびえるリュリュナの肩を抱いておろおろしており、ヤイズミは静かなひとみでたたずんでいるばかり。
ゼトはこぼれるため息を止める気もなく、大きく息を吐いた。
途端に、頭を下げたままの男たちがびくりと体を震わせる。それを見て、どうしたものか、と思いながらゼトはくちを開いた。
「あー、本当のところを言っちまえば、めちゃめちゃ腹が立ってる。あんたらに依頼したやつの名前を聞きだして、怒鳴りこみたいくらいには、怒ってるんだ。おれは」
「……はい」
努めて淡々と話すゼトに、男たちがうつむいたままちいさく答える。
その姿は、まるで叱られた子どものようだ。ちいさく丸まって、威張り散らしていたときの面影などまるでない。
「怒ってるだけじゃねえ。うちの店のもんは、傷ついた。お前らに転ばされて怖い思いしたのもいるし、せっかく作った菓子が売れなくて悲しい思いをしたのもいる」
「……はい」
言いながらゼトがちらり、と後ろに視線をやればリュリュナと目が合い、それからナツメグと目が合った。肩を寄せ合うふたりは、声をあげこそしないが、かすかにうなずいたようだった。
「それから、お客にも嫌な思いをさせたの、わかってるよな? せっかく来てくれてたのに、あんたらがやりたい放題、言いたい放題にしてくれたおかげで帰ったひとだっている。変なものが混ざってるなんて言われて、気分を悪くしたひとだっているだろう」
「……はい」
しおらしい男たちを見下ろして、ゼトは頭をかいた。やり場のない気持ちをかき消すように、黒い短髪をぐしゃぐしゃと乱す。
「正直なところ、あんたらに依頼した奴とやらの名前を聞きだしてえ。聞きだして、あんたらもろとも守護隊に引き渡してひどい目に合わせてやりてえってのが、本音だ。けど」
ぐっ、と何かをこらえるように拳を握りしめて、ゼトは続ける。
「忘れてやる。あんたらの所業もあんたらに依頼したやつのことも、忘れてやる。だから、あんたらもうちの店にしたことを無かったことにしろ」
「え、でも」
「それじゃあ、客は……」
思わず顔をあげた男たちがためらいがちに言うのを聞いて、ゼトは眉をつりあげた。
「でまかせで居なくなった客ぐらい、自分たちの力で取り戻す。それができなきゃ店をたたむだけだ。菓子屋のけんかなら、商品の出来で争う。それができねえ店なんざ、相手にしてやるつもりもねえ。いいか、あんたらはもう何もするな。その金を依頼主に返したら、そんなごろつきみたいな生活から足洗うんだ」
それでいいな、とゼトがリュリュナとナツメグに声をかければ、ナツメグはちいさくうなずいた。どこかほっとした顔の義姉を見て、ゼトもすこし肩の力が抜ける。
「あの……」
黙ってうなずいたナツメグと違い、リュリュナはおずおずとくちを開いた。おおきなひとみに怯えを見せながらもそうっと歩いてきて、ゼトの横に立つ。
「その、もう悪いことしないって約束してください。それから、ちゃんとしたお仕事してお金を稼いで、それで、そのお金でうちにお菓子を買いに来てくださいっ!」
ぷるぷると震えながら、ゼトの服の裾をつかんだままではあったけれど、リュリュナは言い切った。
思わぬことばにぽかんと呆けたのは、男たちだけではなかった。ゼトとナツメグ、それにヤイズミまでもが目を丸くしてリュリュナを見つめた。
部屋中の視線を集めたリュリュナは涙目になりながら、怒ったようにちいさな牙をむいて吠えた。
「やくそく、ですっ!」
「は、はいいい!!!」
あわてて返事をした男たちは、土間に正座してぴしりと背筋を伸ばすのだった。




