第32話 地下世界を探検していい?
ミネの容赦ない叱責に、カタリナは両手で顔を覆い、しゃがみこんでしまった。
「うわぁぉぁん、ごめんなさーい」
嘘泣きしながら、時折、指の隙間からミネの様子を伺う。
「……はぁ。もう結構です。バレバレです。
恥ずかしいのでそんな子供みたいなことやめてください。」
ミネは深くため息をつき、静かに言葉を続けた。
「カタリナ様、お願いがあります。」
「…なに?もっときついルール作る気?」
「いえ。守ってくれない人にルールは不毛です。
そうではなく、私に同行して欲しいのです。」
「え?」
カタリナは顔を上げてミネを見つめた。
「目的地は、地下世界です。
お父さんの行方、そして、アーティファクトを入手できた理由。
その手がかりを掴むためです。ですが、そこは危険な場所。
私の戦闘能力では到底太刀打ちできません。
そこで、カタリナ様に用心棒をお願いしたいのです。」
カタリナの瞳が、驚きと期待で輝きだした。
「用心棒!?私が!?」
「はい。カタリナ様の戦闘能力は、地下世界でも最強クラスでしょうし、カタリナ様がいたら、これほど心強いことはありません。」
カタリナは、まるで子供のように目をキラキラとさせて言った。
「わかった!任せて!私がミネを守る!食べこぼしの償いは必ず…あれ?お菓子…」
カタリナは慌てて床に散らばったお菓子を拾い始めた。
「……今すぐ行きたいところですが、粉ひとつ残さず拾って下さい!!
いや、いいから拾えぇぇぇ!!!」
ミネの冷たい声に、カタリナはぴくりと動きを止め、素直に頷いた。
・・・
・・
・
ミネとカタリナは、私服に着替え、基地の地下深くに続く秘密のトンネルを通って、暗黒街へと潜入した。地上とは全く違う、埃と排ガスの匂いが漂う薄暗い世界。怪しげなネオンが輝き、顔の見えない人々が行き交っている。
「すごいな!コタ、こんな場所に出入りしてたのか?!確かに闇の住人っぽいな!」
カタリナは無邪気に目を輝かせ、キョロキョロと周りを見回した。
「気を抜かないでください。ここは、一歩間違えれば命がない場所です。」
ミネは警戒しながら、コタの手記を頼りに目的地を探した。
「おい、そこの女。いいモン持ってんじゃねぇか。」
突然、二人の行く手を数人のチンピラが塞いだ。
リーダー格の男が、ミネの腰に下げられたツールバッグを指差す。
ミネが彼らを睨みつけていつものミネとは似つかわしくない口調で悪態を吐く。
舐められたら終わりの世界だ。
「言ってる側からチンピラかよ、おい、下僕!思い知らせてやれ!」
「下僕?」
カタリナが目を丸くして自分を指差す。
実は潜入前に地下世界での2人のキャラ設定を行った。
お菓子の件もあって、カタリナはミネの部下の用心棒であることを受け入れた。
「へ、へい、親分!任せてくだせぇ!」
ノリノリで落ちている棒を拾う!まるで剣聖のように縦横無尽に振り回し、相手に突き付けた。
「あぁ?調子乗ってんじゃねぇぞ、お嬢ちゃん!」
リーダー格の男が不敵な笑みを浮かべ、拳を振りかぶった。
次の瞬間、男の顔面にカタリナの左手の拳がめり込んだ。
「ぐぎゃぁ!」
男は悲鳴を上げ、そのまま吹き飛んだ。
カタリナの動きは、チンピラたちの目には追うことすらできなかった。流れるような体術と、圧倒的なスピード、左手一本で次々とチンピラたちを倒していく。まるで、獲物をいたぶる猫のようだった。
「つ、強ぇ…」
チンピラたちは、恐怖に顔を歪ませて逃げ出した。
ミネは、その光景をただ静かに見つめていた。
「何でわざわざ棒を拾ったんですか?」
「いや。なんか弱っちぃっぽいから、使うの、やめた。
あ!親分、親分の凄さを思い知らせるためのハンデでごぜいますだ!
敢えて得意の剣は使わないでいてやるでござんす!ってことですだ。」
「その喋り方滅茶苦茶くそウザいですよ?なんか殴りたくなってきます。
とはいえ、結構あいつら強いはずですけどね。」
カタリナはバルザックやレティとの命を賭けた対決で確かに強くなってきている。
また、帝都療養後にサクラモカのために購入したレーザーウィップは、予想を超えてサクラモカを喜ばせた。その後、二人で時間を見つけては一緒にトレーニングしている。
サクラモカは鞭を使った実戦訓練。彼女の鞭の才能は本物だった。見る見る内に手に馴染み、あらゆる方向から敵を襲う鞭嵐の奥義を身に着けた。
そして、その奥義を練習する模擬戦の相手は、カタリナが務めた。
彼女自身も襲い来る予測不能な鞭を避けつつ、攻勢に回る訓練が出来たおかげで、バルザックが指摘した戦闘パターンの拡充につながり、二人とも戦闘力を底上げできたようだ。
その訓練の結果が、この地下世界の猛者たちを雑魚のように扱える強さと言えた。
ちなみにまだサクラモカのクレカの、レーザーウィップ代の引き落とし日はまだ来ていない。
さらに地下へと進んだミネとカタリナは、人通りがほとんどない、さらに薄暗い路地裏へとたどり着いた。先ほどの雑魚っぽい猛者たちがカタリナの前に現れた。
「何か用でやんすか?」
カタリナがふざける。
それと同時に路地裏からぞろぞろとそいつの仲間が現れた。
「だせぇな。仲間を呼んだのか。……え?………あれれ?…………待て待て。」
仲間がどんどん現れる。狭い路地を双方から100人超の悪党が取り囲んだ。
200人に囲まれてさすがにカタリナも少し焦る。
「くっ・・あいつ、それなりの奴だったみたいね。どうしますか?カタリナ様。」
ミネがカタリナの陰に隠れて呟いた。
「殺る!………わけねーよ!逃げるってばさ!!」
「そうですよね……。さすがに無理臭い。」
「……おい。お前ら!!こっこんなところで喧嘩するな!わっ儂まで巻き込まれるだろうが!?」
路地裏の隅でガラクタを漁っている、ボロボロの服を着た老人が急に話しかけた。
「あん?誰だ、くっせーな!!」
「ちゃんと風呂に入っとるわ!!おい、逃げるなら儂も連れて行ってくれ。見ろ、あいつらの血走った目。お前らだけで逃げたら儂が生贄にされて、袋叩きに遭う……。頼む、な?」
カタリナとミネが困った顔で見つめあった。
「仕方ないなぁ……。おい、じじぃ、おんぶしてやるから、早くこい! ミネ、とりあえず片方を切り抜けるけど、大丈夫?付いてこれる?」
カタリナがミネを心配そうに見つめる。
「カタリナ様、私のこと、弱いとお思いですよね?確かにお父さんには及びませんが。それよりもそのお爺さんを背負って、カタリナ様こそ大丈夫ですか?」
「あぁ、余裕余裕!ミネが行けるならOK。私が切り開くから後をついてきて。」
ミネは秘密ポケットから、台所グッツのオタマとフライパンを取り出した。
スイッチを押すと鉄部分にエネルギーフィールドを纏う。
「スタン兵器です。出力マックスで行きます。」
そういうと、さらに予備バッテリーが多数装着されているベルトを取り出して腰にはめた。
「よし、完璧。おい、ジジィ早くこい!」
そう言うか否か、ジジィはジジィらしからぬ動きで飛び跳ねるとそのままカタリナの背中にダイブした。
「ふぁ……」
カタリナが思わず息を吐く。それと同時にジジィがカタリナの胸を鷲掴みにした。
「ぐぎゃ!?なっな・・・何しやがる!?ジジィ!!」
「掴まるところがないと落ちるじゃろが!!」
カタリナが振り落とそうとしたが、その時には悪党が武器をもって迫ってきていた。
ジジィにかまっている余裕はなかった。
「覚えてろよ、ジジィ、カタリナ様のおっぱいは安くないぞ!!」
そのままジジィを背負いながらカタリナが突撃した。レーザーブレードを両手に構えて迫りくる悪党を弾き飛ばしていく。討ち逃した者がミネに迫るが、スタンフライパンで顔面にフルスイングした。
後ろから迫る、残りの100人に追い付かれないように、目前の悪党たちをすさまじい勢いで打ち倒していく二人。あまりの戦闘力に悪党たちも怯み始めた。
「馬鹿な……100対2だぞ!?」
カタリナがにやりと笑って、振りかぶる。
そしてどこかで聞いた技を叫ぶ。
「奥義!虚空閃牙!!」
初陣で倒した雑魚船長が使った意味不明な雑魚技である。
どんな技がくるのか!?悪党たちは恐ろしさに思わず目を覆った。
何も起きないが、その隙をついて、カタリナとミネは走り抜けた。
ついに3人は包囲を突破した。
追手が届かないところまで走り切った、二人は路地裏の陰に隠れて息を整えた。
「……やれやれ。お前さん、随分と口が悪いようだが、人助けはするんだな。」
ジジィがカタリナの胸をもみながら語る。
「ひぎゃ!?調子にのんな!!!」
カタリナがジジィを掴んで放り投げた。ジジィは空中で3回転すると片足で軽々とゴミBOXの上に立った。達人の動きだ。
「………。おい、お前!強いじゃないか!! 馬鹿馬鹿しい。助けて損した。ミネ、行こう!」
カタリナが呆れて立ち去ろうとする。
「ふむ。ミネ…なるほどな。お前がコタの娘で、そしてお前がコタが言っていたカタリナか。」
老人はにやりと口角を上げた。その顔は、噂通りの胡散臭い笑みだった。
「お前さんが探しているのは、この儂だろう?ジャンク・マルザンだ。」
「……え?」
カタリナは、自分が散々罵倒した相手が、目的の人物だと知って絶句した。
「お前さんのおっぱい(を触っちまった分)の代金くらいは、協力をしてやってもよいぞ。」
そう言って、手で招きながら歩き出した。
「おい……待て!お前、後悔するぞ、私のおっぱいの価値は惑星1個、買えるんだからな!!」
カタリナとミネは慌てて、マルザンの後を追った。
…ここまでお読みいただき、ありがとうございます。執事補佐のミネ・シャルロットです。
地下世界…想像以上に苛烈な場所でしたよね?私も2度目ですが、全く油断が出来ません。
しかし、カタリナ様を連れて行って正解でした。彼女の戦闘能力は、私のデータ分析を遥かに上回っていました。チンピラたちを倒す際の、あの流れるような体術。訓練の成果が、これほどまでに彼女の戦闘力を引き上げるとは。
…ええ、もちろん、棒をわざわざ拾ったり、振り回す演技も、左手一本で戦う姿も、多分カタリナ様のことだからあまり意味のないことだと思います。深く考えるのはやめました。
他にも理解に難しいことはたくさんあります。
「下僕」と呼んだら、ノリノリで「へい、親分!」と返してくるのですから。
…まさか、本気で楽しんでいるとは思いませんでしたが、そのおかげで、今回の任務は成功しました。
そして、最後に現れたあの老人…ジャンク・マルザン。
最初、私は彼を無視するつもりでした。しかし、あの身のこなし…そして、お父さんの言葉を口にした瞬間、彼はただのガラクタ屋ではないと確信しました。
おそらく、お父さんの居場所、そして私たちが探しているアーティファクトの手がかりを知っている唯一の人物でしょう。
ただ一つ、計算外だったのは…
彼が、カタリナ様の「おっぱい」の代金分協力してくれると言ったことです。
…おっぱいの代金。…惑星一つ分と豪語する、あのカタリナ様の胸を…
私的には大して価値のないものだと思っているのですが……。
【執事補佐ミネより、最優先事項に関するデータ収集の要請】
読者の皆様。
お父さんの行方、そして2隻目の弩級戦艦強奪という最重要ミッションの達成には、 「おっぱい(を触られた分)の代金」 の最適な交換レートを導き出す必要があります。
カタリナ様の自己申告では「惑星一個分」ですが、客観的データが一切ありません。
どうか、フリーズ寸前のこの私の論理回路を助けてください。
感想を頂けたら、 マルザンとの交渉術 、 おっぱいの客観的な価値 、 そして地下世界での立ち回り に関する 貴重な外部データ として解析に利用させていただきます。
また、この物語が「おっぱいを代金に情報が買える」という非合理な世界でも通用するよう、 「ブックマーク」と「評価ポイント」で、 この物語の "説得力" を補強してください。
では、また次話でお会いしましょう。




