第30話 やらかしちゃっていい?
弩級戦艦を強奪して帰還した赤毛猫海賊団の基地は、活気に満ちていた。
だが、その喧騒の中心にカタリナの姿はなかった。
サクラモカは、今回の成功で一気に膨れ上がった組織の運営に付きっきりだった。団員の再配置、食料や物資の調達計画、今後の作戦立案。コタの不在がこれほどまでに影響するとは、彼女も想像していなかった。
ミネはというと、コタの代理として、その人脈を辿り、裏社会とのやり取りに地下へ潜っていた。彼女がいなければ、この巨大な組織を維持することは不可能だった。
やることがなくなったカタリナは、手持ち無沙汰に弩級戦艦の格納庫をうろついていた。
「うーん……なんかこのままだと、地味だよなー」
これまで、カタリナの無茶な「魔改造」は、常にミネが技術的な側面を補ってきた。カタリナの突飛なアイデアを、どうにか実現可能な形に落とし込み、時には彼女の目を盗んで、性能を損なわないよう密かに修正を加えていたのだ。
だが、今はミネがいない。カタリナは誰にも止められることなく、思うがままに「魔改造」を始める。
「まずは色!やっぱ赤でしょー!」
弩級戦艦の武骨で無機質なグレーの装甲は、あっという間にカタリナの好きな鮮やかな赤に塗り替えられた。それだけでは飽き足らず、船首には大きく赤毛猫海賊団の海賊マークが描き加えられる。
「よし、カラーリングだけじゃつまんないな!
次はスタイル!流線形のほうが速そうじゃん!」
彼女は船体の一部を、業者を雇いプラズマカッターで大胆に削り始めた。分厚い装甲は削られ、艦の重要部位まで「見た目」のために切除されていく。
「追加装甲?要らん要らん。私は無敵だからそんなのに頼らない。
接続部を外しちゃえ!お!スタイリッシュになった!」
シールドでは止めきれない実弾兵器を防ぐためには駆動式追加装甲は不可欠だ。前面や側面に、状況に合わせて展開し、実弾兵器を受け止める。その常識は美学によって捨て去られた。
「主砲も、余分な部分はいらないよね?」
カタリナは、艦の側面を埋め尽くすように設置された無数の主砲を、「数が多すぎるとデザインがうるさい」という理由で、ほとんど撤去してしまった。残された主砲は、わずか数門。しかも、流線形を重視した結果、その射角は正面60度に固定されてしまった。
「ミサイルも、派手に数発撃てれば良くない?」
ミサイルポッドも、ほとんどが撤去され、その部分は連射性も弾薬数も劣る大型ミサイル射出モジュールに差し替えられた。戦術上、大型ミサイルも必要となるシーンはあるが、実弾系の主武装はあくまで小型ミサイルの連射である。
その小型ミサイルを美しくないという理由で排除した。
「シールドは、どうせなら全身を覆うようにしないとね!」
彼女は艦全体を覆うように、シールド発生器を改造した。だが、流線形のボディはシールド発生器と干渉し、エネルギー効率が壊滅的に低下していた。
「あとは、艦内も!迷路みたいで嫌だよね!」
カタリナは、艦内の隔壁を次々と撤去し始めた。それは、快適な広さを得るためであり、複雑な艦内構造を単純化するためだった。彼女は知らない。艦内の隔壁が、宇宙空間での放射線や圧力、そして何よりも被弾時の防御システムとして機能していることを。
コタから届けられた反重力ジェネレーターも、彼女の気分によって、より「宙に浮いている感」を出すために、エネルギー出力を最大に設定し、艦体内部に組み込んだ。これにより、船体は常にふわふわと浮遊するようになったが、その安定性は完全に失われた。
こうして、弩級戦艦は、カタリナの自由すぎる発想と、技術的な無知によって、見るも無残な姿へと変貌していった。
一ヶ月後、ようやく地下での作業を終えたミネが、疲れた顔で基地に戻ってきた。彼女はカタリナとサクラモカに合流する前に、コタの形見ともいえる弩級戦艦の様子を見に行くことにした。
格納庫の扉が開く。ミネは絶句した。
そこにいたのは、威風堂々とした弩級戦艦の姿ではなかった。まるで子供の落書きのような、奇妙な赤い船が鎮座していた。艦首には立派な赤毛猫海賊団の海賊マーク、船体は不自然に薄く削られ、主砲は数えるほどしかない。
「嘘…でしょ…?」
ミネは震える手でタブレットを取り出し、艦のシステム情報を解析し始めた。
「こ…これは…」
彼女の顔から血の気が引いていく。
「装甲は…このままだと小型ミサイルでも貫通するレベル。
推進力は従来の10分の1以下…シールドは正常に機能しない…主砲はほとんど使えず、射角も固定…ミサイルは数発しか発射できない上、重量バランスが崩れている…艦内の隔壁は撤去されていて、被弾したら一気に致命傷になる…それに、この反重力ジェネレーターの設定は…」
ミネは頭を抱え、絶望的な顔でうめいた。
「馬鹿げてる…まさか、全部…」
そこに、カタリナが嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。
「おかえり、ミネ!見てよ!超可愛く改造したんだよ!」
「カタリナ様……これは一体…」
「どう?可愛いでしょ?私の感性の集大成ー!
どんな海賊も対賊艦隊も逃げ出すに決まってる。」
「この船の名前考えなきゃ…」
ミネは、なんとか言葉を絞り出した。
「カタリナ様…これ、元の状態に戻せません。
不可逆的な改造が多数施されてます…」
「え?そうなの?ちょっとやりすぎたかな?」
ミネは深くため息をつき、静かにタブレットの画面をカタリナに見せた。
そこには、赤毛猫海賊団の弩級戦艦の総合戦闘能力を示すグラフが映し出されていた。
「戦闘能力…元の弩級戦艦の…10%以下…」
「え……?」
カタリナの顔から、一気に笑顔が消える。
「戦場では、コルベットよりも弱い…」
「うそぉぉぉぉん!?!?」
カタリナは青ざめて叫んだ。
「せっかく盗んだこの弩級戦艦、ほぼスクラップになっちゃったってこと?!」
ミネは何も言わず、ただ静かに頷くしかなかった。
「どっどっどっどどうする?ミネなら何とかならない?」
ゆっくりと首を振った。そして体中が小刻みに震えている。
「お父さんが……命を賭けて手に入れた船が………あぁぁぁぁぁあ!!!」
珍しくミネがギャン泣きした。
そこで初めて事態の大変さにカタリナも気づいた。
「あ・・・あ・・・・あぁああ!!!」
カタリナもギャン泣きした。
自業自得である。
その後、カタリナは、サクラモカとミネから散々叱られた。
今回の件はさすがにサクラモカもブチ切れた。何度も何度も叱りつける。
カタリナは泣きながら謝り続けた。
すでに同じ話が3ループほど繰り返している。よほどサクラモカも怒りが収まらないようだ。
カタリナが、叱られて涙ながらに一言発した。
「もう1隻弩級戦艦奪えばいいじゃん。」
サクラモカもミネも絶句した。
口数少なく責め立てていたミネが目を見開いた。まるで、ミネ以外の時間が止まったようだった。
泣いているカタリナの後ろにコタの姿が見えた。
そしてミネに語りかける。
「ほっほっほ、さすがカタリナ様、このコタも度肝を抜かれましたぞ。
良いです、良いです。カタリナ様らしくてとても面白いですよ。
ほっほっほ。そうです、壊したならもう一隻盗めば良いのです。」
いつもの優しげで、そして真面目な眼差しでミネを見つめる。
「ミネ、これがカタリナ様だよ。
私はこんなカタリナ様が大好きです。ミネ、お前もだな?
さぁ、次はお前の番だ。お嬢様の度肝を抜いて差し上げなさい。」
周りの時間が動き出した。コタはもう見えない。
先ほどの一言はサクラモカの逆鱗に触れたようで、4回目のお叱りループが始まった。
ミネが唐突に叫んだ。
「その通りです!もう一隻盗めば良いのです!
お父さんはきっとこのサプライズ大失敗を面白がっています。
次はこのミネにお任せください!」
驚きに固まった二人を置いて、ミネは力強く宣言した。
「度肝、抜いて差し上げます!」
そしてカタリナが泣きながらミネに抱きついた!
「ミネー!!頼りにしてる!!」
それを片手で押しのけてミネは立ち上がった。
(お父さん、私、やります!!)
…ここまでお読みいただき、ありがとうございます。執事補佐のミネ・シャルロットです。
…もう、何から話したらいいのか。
私が地下に潜っていたのは、お父さんが命を賭けて手に入れた、この形見ともいえる弩級戦艦を完璧な状態に保つためだったんです。地下世界での強いパイプを私自身が持たなければ、今後の計画も立ちませんしね。
そして、ようやく戻ってきたら…これです。
「芸術」?「感性」?そんなものは、私がこの一ヶ月で流した汗と涙、そしてお父さんの命の重さの前では、何の価値もありません。
カタリナ様は、この船を「おもちゃ」としか見ていなかった。私たちがお金を稼ぎ、団員を増やし、命を賭けて手に入れた、この「希望の船」を…
私は、怒りよりも、悲しみでいっぱいです。
お父さん…本当に、命を賭けてまで、こんな結果になるとは思ってもいなかったでしょう。
そんな時にお父さんが語り掛けてくれたんです。
気に病むな、これがカタリナ様だと。
お父さんは弩級戦艦がスクラップになったこと自体、サプライズだと笑い飛ばしてくれたんです。
命を賭けて得たものなのに。
そしてもう1隻手に入れたらいいと、
お父さんが言いそうなことをカタリナ様がおっしゃったんです。
なんか、その姿がシンクロしちゃって。
私がやるしかないって!
もう、決めました!もう1隻奪ってやります。みんなの度肝を抜くやり方で!
今は何も思いつきませんが、私はお父さんの娘なんです。絶対に何か方法はあるはず!
【執事補佐ミネより、命を懸けた依頼】
お父さんが命を賭けて守ろうとしたこの団を、私は絶対に終わらせません。
**「弩級戦艦強奪作戦 第二号」**の準備には、お父さんを上回る知恵と、皆様の協力が必要です。
私が次なる作戦を成功させるための「情報」と「力」 を、どうか私にください!
この物語への「ブックマーク」と「評価ポイント」こそが、 私にとって、お父さんの命の重さに代わる 最強の支援 となります。
感想を…いただけたら、**「もう1隻奪う」**ためのアイデアが、本当に何か思いつくかもしれません。私に知恵を貸してください。
では、また次回…。弩級戦艦強奪作戦 第二号ご期待ください。




