69 クリスの反応
新しく出来た眼鏡をかけて僕は意気揚々と馬車に乗り込んだ。
やはり眼鏡をかけていると今までと視界が違う。
ニマニマと馬車の外を眺める僕を見てエミーは「やれやれ」とばかりにため息をついている。
屋敷へ戻ると眼鏡をかけた僕を見て、使用人達は「まぁ」と驚いては足を止めていた。
その反応が面白くて内心ほくほくしながら僕は義母様の執務室へと向かった。
「義母様。ただいま戻りました」
エミーが開けてくれた扉を入ると、義母様は書き物をしている真っ最中だった。
「おかえりなさい、エドアルド。特に問題はなかったのかしら?」
義母様は顔を上げる事なく僕に尋ねてくる。
義母様の横に立っていた文官が僕を見て「あ」と口を開ける。
「奥様、エドアルド様が…」
文官が義母様に声をかけるとようやく義母様は顔を上げた。
義母様の目が僕の顔を捉えたかと思うと、「まあっ!」と大声を上げた。
「エドアルド! その眼鏡はどうしたの? あなた、そんなに目が悪かったの!?」
最後の方はオロオロとしたような口調になっている。
義母様にここまで驚かれると思っていなかった僕は、少々後ろめたさを感じる。
「いえ、ほんの少しだけで、そんなに悪いわけではありません」
どうにか義母様を落ち着かせようと思っていると、ガチャリと扉が開いて誰かが入ってきた。
「にーたま、だっこー」
どうやら僕が帰ってきた事を知って乳母がクリスを連れて来たようだ。
ちょっとクリスを驚かせるつもりで、僕はパッと後ろを振り返った。
そこには乳母に抱っこされたままのクリスが僕に片手を伸ばしているところだった。
眼鏡をかけた僕を見た途端、クリスの笑顔が固まり、徐々に顔が崩れていったかと思うと「う、うわーん」という泣き声を発した。
クリスにそんな反応をされると思っていなかった僕は焦った。
「クリス、僕だよ。エドアルドだよ」
そう声をかけてもクリスは泣きながらイヤイヤと首を振り、乳母にしがみついてしまった。
クリスの泣き声が執務室に響き渡っている。
こんなにクリスが泣くなんて初めての事じゃないだろうか。
僕は慌てて眼鏡を外すとエミーに手渡した。
改めて眼鏡をかけていない顔をクリスに向けて見せる。
「ほら、クリス。僕だよ」
乳母にしがみついているクリスの顔を覗き込んで優しく声をかけると、ようやくクリスは僕の顔を見た。
「ひっく、ひっく」
ようやく泣き止みかけたクリスが、少ししゃくりあげながら僕を見つめる。
その目にはまだ大粒の涙がポロポロと落ちている。
「ほら、クリス。抱っこしてあげるよ」
そう言ってクリスに両手を差し出すと。クリスはようやく僕に向かって手を伸ばしてきた。
「…にーたま」
グリグリと顔を僕に押し付けてくるクリスの背中を僕はポンポンと優しく叩いてやる。
そんな僕達。こを見て義母様は、ふうっとため息をついた。
「エドアルド。今、エミーから聞いたのだけれど、無理に眼鏡はかけなくてもいいみたいね。学院でかける分には構わないけれど、しばらくクリスの前で眼鏡をかけるのは止めてちょうだい。あなただってクリスを泣かせたいわけじゃないでしょう?」
「…はい。わかりました。眼鏡をかけるのは学院だけにします」
まさか、ここまでクリスに拒否反応を示されるとは思わなかった。
確かに今まで眼鏡をかけている人はいなかったからな。
小さい子は眼鏡に拒否反応を示すと言うけれど、ここまで嫌がられるとは思わなかった。
せっかく作った眼鏡ではあるけれど、学院が始まるまではしばらく封印しておこう。
僕はエミーから眼鏡を受け取ると眼鏡ケースへと仕舞うのだった。




