68 眼鏡
「実は、最近視力が落ちてきたようなのですが…」
これは、決して嘘ではない。
以前に比べて遠くが見えにくくなったような気がしていたのだ。
僕の言葉を受けて医者は再び紙に目を落とした。
「…ああ、確かに少し視力が弱いみたいですね。けれど、別に学院生活には問題はなさそうですが…」
医者の言う通り、例えれば2.0だった視力が1.5に落ちたくらいのものだ。
学院生活には何の支障もないだろう。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
眼鏡をかければ多少の印象操作は出来るはずだ。
少しでも「エドワード王子に似ている」と思われるのは避けたい。
「それでも以前のように見えるようになりたいんです。眼鏡を作ってもいいですか?」
必死に食い下がると医者は仕方がなさそうに頷いた。
「それならば眼鏡をかけるようにしてください。こちらの書類を眼鏡店に持っていって眼鏡を作ってください」
医者は机の引き出しから書類を取り出すと何かを記入して僕に差し出した。
「はい、わかりました」
「それから健康診断の結果はこちらから学院に報告しておきますね」
医者がそう言うと、何もない空間から現れた書類はフッと何処かに消えてしまった。
「え」と目を丸くして驚いていると、医者は口角を少し上げた。
「健康診断は以上になります。もう行って良いですよ」
「あ、ありがとうございました」
僕はお礼を述べて立ち上がると、ペコっとお辞儀をして診察室を出た。
僕の姿を認めるとエミーはスッと立ち上がって僕に近付いて来た。
僕は医者からもらった書類をヒラヒラと振ってみせた。
「エミー、眼鏡をかけなくちゃいけないって。眼鏡屋さんに寄ってくれる?」
そう告げるとエミーは目を丸くして僕を見つめる。
「え? 眼鏡ですか?」
そして僕が振って見せた書類を手に取るとまじまじと見つめた。
「…本当に?」
何度も見直しているけれど、書かれている事に間違いはない。
エミーはガクリと肩を落とすと、支払いを済ませた。
「これから眼鏡屋さんに寄ってくれる?」
「勿論です。すぐに参りましょう」
馬車に乗り込むとすぐに眼鏡屋さんに向かう。
それほど時間もかからずに眼鏡屋さんに到着した。
僕は少しワクワクしながら眼鏡屋さんに入っていった。
「いらっしゃいませ」
扉を開けて店内に入るとすぐに、店員が声をかけてきた。
エミーは医者からもらった書類を店員に差し出した。
「眼鏡を作るように言われましたのでお願いします」
店員は書類にざっと目を通すと、僕の方を見た。
「それでは視力の確認をいたしましょう。こちらへどうぞ」
店内の隅にある椅子へと案内された。
そこに座ると前方に視力検査で使うランドルト環が書かれていた。
この世界でも使われているなんてちょっと不思議だな。
視力検査をすると店員が不思議そうな顔を見せた。
「この視力でも十分だと思うのですが、眼鏡をかけられるのですか?」
「はい。一番下まで見えるようになりたいので、よろしくお願いします」
「はあ、わかりました」
店員はあれこれレンズを出してきては僕に合った度数のレンズを探してくれた。
レンズを合わせた後はどのデザインの眼鏡にするか、ショーケースの中を見せてもらった。
今まで眼鏡をかけた事がなかったので少し楽しみでもある。
あれこれかけてみた結果、少しフレームが太めの四角い黒縁メガネに決めた。
これくらい眼鏡の印象が強い方が、エドワード王子に似ていると言われないかもしれない。
すぐにレンズがはめられて、僕の眼鏡は出来上がった。
黒縁メガネをかけて鏡を覗いてみると、少し印象の違った僕がいた。
「もう少し違うデザインの眼鏡の方が似合うと思うんですけどねぇ」
エミーがぼやくけれど、僕が決めた事に反対はしない。
この姿を見た時の皆の反応が楽しみだ。




