207　疑惑

　だけど、そうそう落ち込んでばかりもいられない。

　リリザが僕の排除に失敗したという事は既にリリザの雇い主に知られているに違いない。

　そうしたらすぐに別の誰かが僕を排除しにやってくるかもしれない。

　僕だけが狙われるのはともかく、今日のアーサーみたいに誰かを巻き込んでしまうかもしれない。

　それを考えて僕はゾッとした。

　万が一、エルガー家の屋敷にいる所を狙われたらどうしよう。

　義両親やクリス、それにエルガー家で働く人達までも巻き込んでしまったら…。

　そんな事になったら僕は悔やんでも悔やみきれない。

　こうなったら王都の街を出て、他の街で冒険者として生きていったほうがいいだろう。

　そんな事を考えていると、不意にポンと肩に手を置かれた。

「エド、大丈夫？」

　ゆっくりと顔を横に向けると心配そうな顔をしたアーサーが目に入った。

　その顔になぜか夏姫の顔が重なった。

　彼女も僕がこんなふうに落ち込んでいると横に座ってポンと僕の肩に手を置いていたっけ…。

　散々、僕に寄り添っておきながら、あっさりと手のひらを返した僕の恋人。

　いや、僕の恋人のフリをしながら、和也と僕を両天秤にかけていたのだろう。

　その結果、僕よりも和也の方が自分の欲望を叶えてくれると踏んだに違いない。

　その彼女の面影が何故かアーサーに重なった。

　アーサーは僕を裏切ったりはしないだろう。

　だけど、アーサーの家族は？

　アーサーの父親だって貴族だ。

　アーサーに内緒で僕を排除するために動いているとしたら？

　いや、まさか！？

　そんな考えを振り払おうとするが、疑惑は一向に消えてくれない。

　僕を排除するためならば多少の犠牲は払ってもいいと考えているかもしれない。

　ブライアンやクリフトンにしてもそうだ。

　彼等の身内の誰かが僕を排除しようとしているかもしれない。

　そう考えると誰がどこで暗躍しているのか見当もつかない。

「エド、随分と怖い顔になっているけど大丈夫なのか？」

　アーサーに再度問われて僕は無理矢理に笑みを浮かべた。

「大丈夫。目の前であんな事が起きてちょっと気が滅入っただけだよ」

「そうだよね。まさか目の前で人が死ぬなんて思わないよね」

　アーサーはいつものようにあっけらかんとした顔をしているが、今はその顔が妙に僕の心を逆撫でしてくる。

　今頃になって前世で受けた裏切りがこんなにも僕の心にのしかかっていたなんて…。

　これ以上、アーサーと一緒にいると心ない言葉でアーサーを傷つけてしまいそうだ。

　そんな中、正面に座るギルドマスターの目がキラリと光ったような気がした。

　すると…。

　隣に座るアーサーが突然「あいたたた」と声をあげて立ち上がった。

「アーサー？」

　僕が見上げるとアーサーはお腹を押さえて顔をしかめている。

「急にトイレに行きたくなっちゃった。…すみません。ちょっと失礼します」

　そう言うと小走りで扉に近づくと扉を開けて出て行った。

　バタバタと走る音が遠ざかっていく。

　突然の事にポカンとしていると、ギルドマスターがクスッと笑みをこぼした。

　まさか、ギルドマスターが何かしたのか？

　そんな考えが頭の片隅に浮かびつつ、僕はギルドマスターの言葉を待った。