204 依頼書の記憶
ギルドマスターが魔力を流し始めた事で水晶玉が徐々に光を帯びていく。
これで何がわかるんだろうかと疑問に思ったが、依頼書自体が魔道具の一種である事を思い出した。
普通の紙ではないから何らかの記憶を持っているのだろうか?
光を帯びてきた水晶玉にぼんやりと影が見え始めた。
これはこの依頼書が見てきた記憶なのだろうか?
職員が何かをこの依頼書に書き込んでいる様子が映る。
どうやら映像のみで音声は入っていないようだ。
やがてその職員がこの依頼書を誰かに手渡す場面が映し出される。
その女性はにこやかな笑みを浮かべてこの依頼書を受け取った。
受け取った女性は辺りをキョロキョロと見回した後、ポケットから何かを取り出してこの依頼書に塗り始めた。
その後、ペンを取り出して何かを書き込んだ後、ボードにこの依頼書を貼り付けに行った。
ボードに貼られた依頼書はしばらくギルド内を映し出していた。
やがて依頼書の前に僕とアーサーが現れて、あれこれ話している姿が映り込む。
そしてアーサーの手がこの依頼書を剥がす場面が映し出された。
そこまで見たところで、ギルドマスターは水晶玉を依頼書から離した。
長い沈黙が僕達の間を漂っている。
やはり依頼書を書き換えたのはギルド職員の女性だった。
直接対応してもらった事はないけれど、時折ギルド内で彼女を見かけた事はある。
だが、どうして彼女はこんな事をしたのだろうか?
まさか僕達を狙ったのか?
だが、このギルド内には様々な冒険者達が行き来している。
僕達がこの依頼を受けなくても、別の誰かがこの依頼を受けたかもしれないのだ。
そう考えると僕達を狙ったにしてはあまりにも不確実な方法だ。
ギルドマスターは亜空間ポケットに水晶玉を仕舞うと僕達に向き直った。
「とりあえず誰がこの依頼書に手を加えたのかがわかった。彼女に話を聞こうと思うが、君達も同席してくれるかな? 君達だって彼女がどうしてこんな事をしたのか理由が知りたいだろう?」
ギルドマスターに聞かれて僕とアーサーは顔を見合わせた。
ギルドマスターとしては内密に済ませたいだろうに、僕達にもこうして調査を開示してくれるなんて随分と誠実な人だと思う。
僕とアーサーは顔を見合わせると軽くうなずき合った。
口には出さなくてもお互いに考えている事はわかる。
あんな危険な目に合った以上、その理由が知りたいと思うのは当然だ。
「ぜひ同席させてください。僕達もどうして彼女が依頼書の書き換えをしたのか、その理由が知りたいです」
「僕もです。むしろこちらからお願いしたかった事です」
僕とアーサーが口々に告げるとギルドマスターはウンウンとばかりにうなずいた。
「一歩間違えば命を落とすところだったんだ。君達の気持ちは十分理解しているよ。それじゃ、彼女を呼び出すよ」
そう言ってギルドマスターはテーブルの上のベルを鳴らした。
しばらくしてドアがノックされて一人の職員が顔をのぞかせた。
「お呼びでしょうか?」
入ってきたのは依頼書を書き換えたのとは別の女性職員だった。
「ああ。済まないがリリザを呼んでくれないか?」
すると、女性職員はちょっと戸惑った顔を見せた。
「リリザですか? 先ほど『気分が悪い』と言って早退しましたが…」
女性職員の言葉に僕達は「え?」と驚いた声をあげる。
…まさか、逃げた?




