188 女王アリ
「終わったな…」
僕は結界を消すと瓦礫の山に近づいた。
ビッグアント達は全滅したはずだが、一応確認だけはしておこう。
高くそびえ立っていた蟻塚は見るも無残な残骸になっていて形もない。
「それじゃ依頼人を呼んで報告しようか」
アーサーにそう告げてその場を離れようとしたところで、瓦礫の山からパラパラと小石が崩れ落ちた。
「…え?」
思わず立ち止まった僕の目の前で瓦礫の山が徐々に盛り上がってきた。
砂埃が舞い上がったと思うと、そこに数倍の大きさのビッグアントが現れた。
「な、なんだ!? 女王アリか!?」
アーサーが驚きの声をあげると共に身構える。
女王アリ!?
確かにさっきアリの巣から出て来たアリに比べると格段にデカい。
そもそも、アーサーのあの灼熱の炎で焼かれないってどれだけ頑丈なんだ?
僕は女王アリの反撃に対応出来るように腰に下げた剣に手をやり身構えた。
女王アリはブルリと身体を振って、土の欠片を振るい落とした。
その女王アリの黒い目がキラリと光る。
『人の子よ。私の声が聞こえますか?』
突然、僕の頭の中に声が聞こえた。
まさか、この女王アリが喋っているのか?
「あ、ああ。聞こえる」
そう返事をするとアーサーが「エド?」と訝しげな声を上げた。
どうやらアーサーには女王アリの声は聞こえないようだ。
『お願いです。私を見逃してもらえませんか? そうすれば今度は人のいない所に巣を作ると誓いましょう』
「え、それは…」
僕はすぐには返事が出来なかった。
本当にこの女王アリがそんな約束を守るのかわからなかったからだ。
だけど、僕だって無駄に命を奪いたいわけじゃない。
僕達人間に害があるから駆除するだけで、僕達の生活が脅かされないのならビッグアント達がどこで生活しようと構わないのだ。
「君達が僕達の生活の邪魔にならないのなら好きな所へ行けばいいさ。だけど、また同じような事が起こったら迷わず駆除させてもらうよ」
それを聞いた女王アリの目がまたキラリと光った。
『ありがとう、人の子よ』
すると、女王アリの身体から陽炎のようなものが立ちのぼった。
ピシッ!
音を立てて女王アリの背中が割れた。
その割れ目からキラキラと光る羽根が伸びてくる。
「は、羽根が生えた!?」
アーサーが呆然とした声を上げる。
女王アリの背中から生えた羽根は徐々に硬くなっていく。
女王アリは羽根の感覚を確かめるように何度か羽ばたきを繰り返す。
『感謝する』
そう言い残すと女王アリは空中に飛び上がり、どこかへ飛んで行ってしまった。
「エド! 逃がしちゃっていいのか!?」
アーサーが焦ったように聞いてくるので、僕は女王アリと交わした言葉を伝えた。
「そっか。まあ、人間に害を及ぼさないんならいいんじゃないか? とりあえず、ここのビッグアントを駆除したんだから報告に行こう」
「そうだね」
僕とアーサーは畑の方に向かい、依頼人にビッグアントの駆除が完了した事を告げた。
「おお! 素晴らしい! あのアリの巣がこんなになるとは!」
依頼人の男性は嬉々として依頼書に完了のサインをしてくれた。
これを冒険者ギルドに提出すれば僕達に報酬が支払われる。
「それにしてもビッグアントと話が出来るなんて…。どうして僕にはビッグアントの声が聞こえなかったんだ?」
「さあね? 僕だってどうしてビッグアントと話が出来たのかわからないよ」
話しかけてきたのは女王アリの方だから、何か話が出来る条件があるんだろう。
僕達は報酬を受け取るべく冒険者ギルドに向かった。




