182 帰宅途中の出来事
午後の授業を終えて帰り支度を済ませ、アーサーと馬車乗り場に向かった。
同じように馬車乗り場に向かっている生徒達の間で交わされている会話の内容は、今朝の国王の話についてだった。
「この国のどこかにエドワード王子の兄弟がいらっしゃるんだな」
「王族も大変だな。後継者争いを避けるために子供を手放さなければならないなんて」
「国王が手を尽くせばさらわれた王子がどこにいるかなんてわかるはずなのに、あえて探さない道を選択するなんて辛いだろうな」
などと言う声が僕の耳に届く。
やはり暗示の魔術が使われていたようで、誰も僕を捨てた国王を悪く言う者はいない。
いや、別に国王が凶弾に倒れる所を見たいわけじゃないけれど、捨てられた本人としてはなんかモヤモヤするよね。
アーサーも皆の話が聞こえているようで、何とも複雑な表情を浮かべている。
僕としては話をするのはいいけれど、その『もう一人の王子』が僕である事を悟られたくはない。
卒業まであと少し。
このまま男爵令息として学院を卒業したい。
だが、この時の僕は気づいていなかった。
僕の歩く姿を見て、エドワード王子と交流のある上位貴族の人達がこっそりとこう話していた事を…。
「あの歩き方、エドワード王子にそっくりじゃないか?」
「立っている姿もどことなくエドワード王子を彷彿とさせますね」
「それにあの顔。黒縁眼鏡で隠れてはいるが、エドワード王子に似ていないか?」
そこへ別の生徒が話に加わってきた。
「何を話しているんだ? …ああ、エルガー男爵家の養子か」
「養子? 彼は養子なのか?」
その言葉に最初に「エドワード王子に似ている」と言った男子生徒が思い出したようにポンと手を打った。
「エルガー男爵家と言えばことごとく昇爵を拒んでいる家ではないか。国王はそれをわかっているからもう一人の王子をエルガー男爵家に託したのではないか? あえて『さらわれた』と言えば誰もエルガー男爵家に養子に入っているとは思わないだろう?」
「なるほど、それは一理あるな。男爵家であればそうそう上位貴族とも関わらないし、彼が人目に晒される事も少ないだろうし…」
そんな話で盛り上がっているとは露知らない僕であった。
スクール馬車を降りるとそこにいたのはアーサーの母親であるサヴァンナ様だった。
「お帰りなさい、アーサー。お久しぶりですね、エドアルド様」
「お久しぶりです。今日はアーサーの迎えに来られたんですか?」
まさか、アーサーの母親自らがここに来ているとは思わなかったのでちょっと面食らった。
アーサーにとっても予想外だったようで何とも言えない顔をしている。
「ええ、そうよ。無理矢理引っ張っていかないとなかなか夜会服を仕立てさせてくれないんだもの」
以前アーサーが漏らしていたが、アーサーの母親は息子を着飾らせる事に生きがいを感じているそうだ。
『男の僕を着飾らせてもしょうがないだろうに…。早く兄上に結婚してもらって孫を産ませればいいじゃないか』
いや、孫を産むのはお嫁さんだと思うけどね。
まあ、アーサーの言う事も一理あるけどね。
そんないつ来るかわからない未来より、今アーサーを着飾る方が手っ取り早いよね。
こんな往来で騒ぎを起こしたくないアーサーは渋々と母親について行った。
僕はそれを見送った後、自分の家に向かって歩き出す。
そんな僕を振り返ったサヴァンナ様がじっと見つめていることに気づかなかった。
サヴァンナは振り返ると歩き出したエドアルドをじっと見つめた。
(…やはり、エドワード王子にそっくりだわ。今朝の国王陛下の話ではもう一人の王子は攫われたと仰っていたけれど、実は密かにエルガー男爵家に養子に出されていたんだわ)
サヴァンナはそう確信したけれど、敢えてそれを指摘するつもりはなかった。
王家がもう一人の王子の存在を明かさない以上、下位貴族の自分が動く必要はないとわかっていた。
「母上、どうされました?」
アーサーに問われ「何でもないわ」と答えるとサヴァンナは再び歩きだした。




