119 密会(クリフトン視点)
「後で」とは言ったものの、なかなかそんな機会は訪れて来ない。
何しろエドワード王子にはブライアンが金魚のフンよろしくベッタリと引っ付いているからだ。
(まあ、幼馴染でもあるし従兄弟同士でもあるからな。それにブライアンはエドワード王子の側近の座を狙っているから当然ではあるが…)
それでもこうも長時間エドワード王子の近くにいられると、邪魔者以外の何者でもない。
結局、その後エドワード王子が一人きりになる事はなく、その日の授業は終了した。
クリフトンがノロノロと帰り支度をしながらエドワード王子の様子を覗うと、ブライアンがサッサとエドワード王子を伴って教室から出て行ってしまった。
(やれやれ。結局、今日は話が出来そうにないか)
他の生徒達もゾロゾロと教室から出ていき、いつの間にかクリフトン一人が教室に残る形となった。
(皆やけに今日は帰るのが早いな。…私もサッサと帰るとするか)
ブライアンが鞄を下げて教室から出ようとしたその時、バタバタと廊下を走る音が聞こえ誰かが教室に飛び込んできた。
「エドワード王子!?」
クリフトンは入って来た人物の顔を見て思わず声を上げた。
エドワード王子は肩で息をしながらクリフトンに近寄って来た。
「先に帰られたとばかり思っていたのですが…」
エドワード王子は息を整えると苦笑いをクリフトンに返す。
「ブライアンが一日中ベッタリだったからな。一旦帰ると見せかけて途中で引き返してきた」
どうやらエドワード王子の方もクリフトンと話をする機会を覗っていたようだ。
だが、迎えの馬車はどうしたのだろうか?
その事をクリフトンが指摘すると、エドワード王子はニヤリと黒い笑みを浮かべる。
「今日の授業の事でマーリン先生と話があるからと待たせている」
「マーリン先生とですか? 後で知られてマーリン先生に『そんな事は知らない』と言われたらどうされるんですか?」
「んー? でも言い訳を考えていたらマーリン先生の名前が頭に浮かんだんだ。あの先生なら何も言わずに誤魔化してくれそうな気がしたんだけどな」
エドワード王子に言われてクリフトンはマーリン先生を思い浮かべる。
真っ白な長い髪に同じく真っ白な長い顎髭を蓄えた小柄な老人の姿が脳裏に浮かぶ。
ニコニコとした好々爺のていをしているが、その笑顔には何処か胡散臭さが漂う。
見た目通りの老人では無い事だろうとクリフトンは感じていたが、クラスメイトの中にはそんな事にはまったく気付いていないような者もいた。
だが、今はマーリン先生の事はどうでもいい。
馬車を待たせている以上、サッサとエドワード王子と話をした方が良さそうだ。
「昨日の騒動の発端は私だとおっしゃいましたね?」
「ああ、そうだ。クリフトンが私の所に来て『双子の弟がいる。二百年前の騒動を繰り返さない為に国王が捨てさせた』と言ったんだ」
エドワード王子の説明にクリフトンは頭を抱えた。
(エドワード王子に向かっていきなりそんな発言をするなんて…。国王陛下に対する反逆と取られても文句は言えないぞ)
つくづく教室内の話で良かったと思うし、エドワード王子を除いて誰もがその事を覚えていない事に心底安堵した。
「申し訳ございません。信じられないかもしれませんが、私にはそんな発言をした記憶が無いのです。ただ、断片的ではありますが、昨日の騒動の事は微かに覚えています」
「そうなのか。どうやら何者かによって記憶を消されたか、改ざんさせられたようだな。だが、いつそれが行われたのか…」
エドワード王子は首を捻っているが、それについてはクリフトンには確信があった。
「エドワード王子。恐らく昨日の放課後に記憶を消されたようです」
クリフトンは放課後に校舎の裏で倒れていた事を打ち明けた。
クリフトン自身、そこに行った記憶も無いし、どうして倒れていたのかもまったく覚えていない。
「その時に側にいた男子生徒と話をしたのですが、彼がお辞儀をした拍子に掛けていた黒縁眼鏡がずり落ちて、素顔が見えたんです」
クリフトンはもったいぶったように言葉を切ると、まっすぐにエドワード王子を見つめた。
「その顔はエドワード王子に瓜二つでした」




