史郎と直美のこれから
「じゃあ行ってくるねパ……お父さんお母さん」
「気を付けるんだよゆきな……守幸、絶対に離れるんじゃないぞ」
「やっぱりスカートは駄目っ!! ズボンできっちり守りなさいっ!! 後守幸とは手をつないで逸れないように……」
「もぉ大丈夫だからぁ……私だっていつまでもお子様じゃないんだよ?」
「親父……お袋……過保護すぎるだろ……」
困ったように俺たちを見るゆきなと、対照的に呆れたように睨みつけてくる守幸。
(か、過保護じゃなくて……ゆきなが色々と育ち過ぎなわりに無防備すぎるから心配なんだよ……)
時の流れは速いもので、あんなに小さかった子供たち二人も今では中学生だ。
ゆきなは相変わらず優しく面倒見の良すぎる良い子に育った……ただ問題は見た目のほうだ。
綺麗な金髪に白い肌が映えてスタイルも年齢に見合わないほど立派になってしまった。
(俺は親だから平気だけどあんな片手じゃ覆いきれない胸なんか、男からしたら見たらシャレにならない威力なんだぞ……)
それなのにどこかおっとりとした性格をしているので、変な奴に絡まれたらと思うととても恐ろしい。
直美直伝の必殺キックもあるがどこか弱々しい……というか人に暴力を振るえるような子ではないのだ。
だからこそしっかり者の守幸と一緒でなければ、日が落ちかけているこんな時間に外出を許可したりはするつもりはなかった。
(もっと早くに出ればいいのに……まあ急に決めたみたいだから支度に時間がかかったんだろうけど……)
「と、とにかく気を付けて……後、あんまり亜紀お祖母ちゃんに迷惑かけないようにな……」
「そぉだよ……急に泊まりに行くんだから向こうだって準備できてないかもだからねぇ……」
「わ、わかってるよぉ」
「わかってるっての……」
何やら焦った様子を見せながら肯定の返事をするゆきな、それに対して守幸は軽く頷くだけだった。
尤もそこまで心配はしていない、亜紀もまたちゃんと地に足を付けた生活を続けてきただけあってかなりしっかりしてきている。
そして俺たちにとても甘い、だからこの急な決定もむしろ喜んで受け入れてくれたぐらいだ。
「じゃあそろそろ行くからな、ほら姉ちゃん荷物……」
「え、い、いいよ守幸……あ、ま、待ってぇっ!! い、行ってきますっ!!」
ササっと姉の分もバッグを手に取りそのまま家を出ていく守幸、その後をすぐゆきなは追いかけていった。
「うぅ……や、やっぱり途中まで送って行かない?」
「そんなことしたら守幸が怒るぞ……あれでも反抗期なんだから……」
「そ、それはそうだけどぉ……心配だなぁ」
直美は不安そうに玄関から顔を覗かせて、子供たちが見えなくなるまで後姿を見守り続けた。
「大丈夫だって、守幸が付いてるんだから……」
「そ、そうだよねぇ……あの子には本当に頭が上がらないなぁ……」
直美の言う通り、ゆきなのことで俺たちは守幸に頼りっぱなしだ。
やはり見た目が原因でか、俺たちの目が届かない場所でゆきなには色々あったらしいが俺たちを気遣ってあの子はいつだって笑顔でなんてことが無いように振る舞っていた。
そんなゆきなにずっと寄り添い、守り続けてきたのが守幸だった。
(本当にしっかり者であの年で既に堂々としてる……おまけに顔もいいし運動神経もあってモテモテ……俺とはまるで違うなぁ……)
尤も細かい仕草やゲーム好きな面など俺に似ているところもあるのだが……顔立ちも周りの人たちが言うには俺の面影があるらしい。
そんな守幸も最近は反抗期で言葉遣いが荒々しいし俺たちにつっけんどんな態度をとっているが、それでも父の日だとかにお風呂で背中を流してくれるぐらいには気遣ってくれる。
ゆきなも同じだ、反抗期には洋服のことで直美と喧嘩したりしていたが俺の誕生日にママと協力してケーキを手作りしてくれるぐらい良い子だった。
「これもママの教育が良かったからだろうなぁ……どっちも良い子に育ってくれたよなぁ……」
「うーん、どっちかと言えばパパの教育じゃない? 私はただ必死で子守してただけだからねぇ……」
「いやいや俺なんか仕事仕事で休日ぐらいしか関わってあげれなかったし……特に守幸なんか前に尊敬する人を聞いたら亮と美瑠さんだって言ってたぞ……」
「あれは照れてるだけだよぉ……前に何かの時に担任の先生が見せてくれたけど、尊敬する人って題の作文にパパのことが書かれてたんだからぁ……まあ実物はさっさと処分しちゃったみたいでコピーだったけどねぇ」
「そ、そうなのか……守幸の奴めぇ、帰ってきたら抱き着いて頭撫でてやろう」
二人で玄関先に立ち、会話しながらも子供たちの背中が見えなくなるまで見守り続けた。
「……あ~あ、見えなくなっちゃったぁ」
「まあ今からなら駅に着くまでは日が落ちないだろうし、向こうに着いたらタクシーを使うよう言ってあるから何とかなるだろ」
「そうだよね……守幸は強いし何とでもなるもんねぇ……うぅ……けど心配だなぁ……」
「今までだって何度も二人だけで行き来してるから大丈夫……のはずなんだけどねぇ……」
もう中学生になるというのに、お祖母ちゃんの家に向かうだけで心配で仕方がない俺たち。
確かに守幸の言う通り過保護なのかもしれないが、こればかりはどうしようもない。
しかしだからと言って追いかけていくわけにもいかない……後は自分たちの子供を信じることにして俺たちは家の中に戻ることにした。
「……でもこれで……今夜は二人っきりってことだよねぇ」
「そうだねぇ……いつ以来だろうねぇ」
今の椅子に座り、お互いに顔を見合わせる。
(お互い歳をとったなぁ……直美はまだまだ全然若くて魅力的だけど……むしろ色々な仕草に妖艶さが入り混じっててこれはこれで……)
それに対して俺の方はもう名実ともにおっさんだ。
尤も直美と付き合い始めてから体力づくりに励んでいたおかげで、未だに色々と現役だと自負している。
「……やっぱりあの子たち居ないと静かだねぇ」
「……本当になぁ、部屋に籠ってる時間も長いけどこうしていなくなってみると寂しいもんだねぇ」
家族としてずっと一緒にいるからこそ、あの子たちがいない空間がどうにも物足りなく感じてしまう。
「……そっち行ってもいい?」
「当たり前だろ」
「えへへ……」
寂しさを埋めようと直美が俺の隣に移動してきた。
そんな可愛らしい妻の肩を抱いて、体重を寄り添わせる。
「やっぱりパパと……史郎さんとこうしてるのも幸せだなぁ」
「確かにねぇ、子供たちと居る時も良いけど……たまにはママと……直美とこうして過ごすのも悪くないなぁ」
「うん、私もそう思う……」
互いの体温を感じながら、俺たちは穏やかな時間を堪能する。
これだけ歳をとったのに、未だに俺の直美への愛情は全く変わることはない。
直美も同じようで、こうしてくっ付いているだけで本当に幸せそうに笑ってくれている。
(今日までいろんなことがあったけど……これからもやっぱりいろんなことがあるだろうけど……それでも俺は、直美のこの笑顔が見れれば十分だ……)
俺もまた直美に笑みを返しながら、絶対にこの幸せは守り抜こうと強く決意する。
直美の笑顔も子供たちの笑顔も俺の宝物なのだから……旦那であり父である俺が守るのが当然なのだから。
「……史郎さん」
「……直美」
そうしてしばらくの間、お互いに視線を合わせていた俺たちだが自然と顔を近づけてそっと口づけをしようとした。
『ピリリリリっ』
「んもぉっ!? どーしていつもこー良いところでぇっ!?」
「全く、今日は誰が……ってゆきなぁっ!?」
何かあったのではと二人して、慌ててスピーカー状態にして電話を取った。
「も、もしもしっ!? ど、どうしたのゆきなっ!?」
『もしもしママ? 無事着いたよぉ』
「えっ!? も、もうっ!?」
『何言ってんだ親父……あれからどれだけ時間が経ってると思ってんだ?』
子供の言葉に顔を上げて時計を見れば、既に二時間近くが経過していた。
どうやら俺たちは文字通り時間を忘れて見つめ合っていたらしい。
「あ、あらら……で、でも無事着いたんだ……よかったぁ……」
『ええ、無事に到着しましたよ……こんばんわ二人とも、元気でしたか?』
「ええこっちはまあ……亜紀さんもお元気そうで何よりです」
「ご、ごめんね急に子供たちが……あんまり我儘言うようなら叱ってくれてもいいからね」
『ふふふ、こんな良い子たちを叱ったりしませんよ……』
穏やかそうな亜紀の声も聞こえてきた。
結局俺たちは未だに彼女の記憶がどうなっているのか聞けないでいる。
けれどももうどっちでもいいとも思っている……何だかんだで孫や俺たちの為に色々としてくれる彼女をもう恨む気にはなれないからだ。
(それに亜紀自身もゆきなや守幸に慕われて……最近は本当に幸せそうに笑ってるからなぁ……)
「もぉ、お母さんは二人に甘いんだからぁ……と、とにかくゆきなも守幸も迷惑かけないようにしなさいよっ!!」
『わかってるっての……じゃあ切るぞ』
『また帰るとき電話するから……じゃあねっ!!』
「あ、ちょ、ちょっとぉっ!? もぉ、そっけないんだからぁっ!!」
あっさりと電話を切られてしまい、少しだけ怒ったような声を出す直美。
「まあどうせ帰ってくるんだから、その時にたくさん構ってあげればいいじゃないか」
「……それはそうなんだけどさぁ、はぁ……この調子じゃぁ親離れは早そうだなぁ……」
「そうだよなぁ……あの子たちもいつかは家を出るんだよなぁ……」
直美の言葉を聞いて、俺もまた少しだけ寂しさを覚えた。
(できればずっと家に居てほしい……けど一人暮らしを否定するわけにもいかないしなぁ……いつかは恋人も作って……ああ、嫌だ嫌だ……)
子供たちが俺たちの手から離れていくことを想像して……特にゆきなが彼氏を連れてくることを考えると物凄く憂鬱な気分になる。
「……そう言えば、ゆきなのことだけど……やっぱり見た目のこと気にしてるみたいなの……」
「そりゃあ……気になるよなぁ」
ゆきなのことは俺たちの娘だとしてずっと育ててきた、だけれどその見た目は俺たちとは明らかに違う。
だからどうしても成長して色々な知識が身に付けば、そこに違和感を感じないわけがないのだ。
「やっぱり……そろそろ説明したほうがいいかなぁ?」
「そうだなぁ……けどどこまで話したものか……」
ゆきなの血縁について説明するには、複雑な事情がたくさん絡んでくる。
亜紀が実の母親であること、その亜紀がどういう経緯で出産に至ったか……果ては亜紀と直美の関係についても無関係とは言い難い。
「それなんだけど……陽花と美瑠が言うには……あの子達、お互いを物凄く意識してるみたいなの……」
「そ、それってっ!?」
「結構本気みたい……だからなおさら血縁と言うかお互いが何親等なのか気になってるところもあると思うの」
予想外のことに、少しだけ頭が混乱するが心当たりはあり過ぎた。
(た、確かに親の目からしても二人とも異様に仲が良いというか……中学生にもなって一緒にお風呂に入って寝てるもんなぁ……)
「け、けどあの子たちは……甥と叔母だから……結婚は……」
「書類上は従姉弟だから……こっちは結婚できちゃうよね……」
「ああ……そういうことかぁ……はぁ……困ったなぁ……」
複雑な状況に、思わずため息が漏れてしまう。
果たして説明するとして、どこまで話すべきか……余計に悩ましくなる。
「それでパパは……あの二人の関係についてはどう思う?」
「関係って……つまりその、恋仲になるのを許すかどうかってこと?」
俺の言葉に直美は力なく頷いた。
きっと今までさんざん悩んできたのだろう……全く気付いてなかった自分が情けない。
(けどあの二人がなぁ……うーん、そりゃあ姉弟だし……出来れば普通の恋愛をしてほしいけど……い、いやゆきなが嫁に行ったらショックだけど……)
色々と考えて……だけど出せる結論なんか一つしかなかった。
「普通に反対するし、簡単に認めるつもりはないけど……それでもあの子たちがそれで本当に幸せに成れるなら……認めるしかないよなぁ」
「そーだよねぇ……そーなるよねぇ……」
どうやら直美も同じ答えだったようだ。
確かに兄弟での……血縁で行けば甥と叔母の恋愛など社会的には受け入れがたいもので祝福されるとは言い難い。
だけどそれは俺たちだって同じだった。
(親と子供ほど離れてる歳の差で……それでも俺たちは今本当に幸せだ……全く後悔なんかしてない……)
だからこそ、本当にそれがあの二人の幸せならば俺も……子供たちの幸せを誰よりも願っている俺たちは認めるしかないのだ。
「だけど本当に……生半可な気持ちじゃ認めてやらんけどな……性欲だとか姉弟愛の延長だとかじゃ絶対に認めてやらな……ま、まさか身体の関係まで行ってないよなっ!?」
「それは大丈夫だと思うけどねぇ……けど一緒にお風呂と寝るのはそろそろ止めさせよっかぁ……ゆきなが泣きそうだけど……」
「そ、そうだな……そうしよう……子供が出来たらシャレにならん……」
(血統的にも……どうなるかわからないしなぁ……しかしこれだと最悪孫の顔はあきらめざるを得ないかもなぁ……まあ仕方ないけど……)
「でもよかったぁ……パパも同じ気持ちで……絶対に認めないって言われたらどーしよぉかと思ったよぉ……」
「ごめんなぁ一人で悩ませて……もっと気軽に相談してくれても良いんだぞ……」
「わかってるって、ただ私も知ったのつい最近だから……けどこれじゃあ孫の顔は見れないかもねぇ……」
「二人ともモテるから安泰だと思ったんだけどなぁ……まあ仕方ないけどなぁ……」
「…………じゃあ、三人目……作っちゃう?」
不意に艶っぽい声を出して、俺の顔を見つめる直美。
その顔には昔懐かしい……悪戯めいた笑みが浮かんでいた。
だから俺も昔を思い出して……直美の身体を強引に抱き上げた。
「そんな可愛く誘惑されて……断れると思ってるのか?」
「えへへ……史郎さん大好きぃ」
「俺も愛してるよ直美……今夜は寝かせないぞ」
(……体力が持てばだけど……まあ頑張ろう)
可愛い妻の可愛いおねだりで奮起した俺は、お姫様抱っこしたまま自室へ……向かうのは無理そうだったので居間のソファーへと横たえた。
そうして顔を寄せて、今度こそ俺は愛する妻に優しく口づけを交わすのだった。
「んぅ……し、史郎さぁん」
「直美……じゃあ脱が……」
『ピリリリリリリリリリリリリリリリリッ』
「……もぉおおおおっ!! どーしてこうなるのぉおおおっ!! 全く今度は誰……も、守幸ぃっ!?」
怒りながら起き上がった直美は、乱暴に電話を手に取ると電源を切ろうとして……通知先を見て慌ててスピーカー状態にした。
「も、もしもしどうしたの守幸っ!?」
『か、母さんっ!? あ、亜紀お祖母ちゃんが壊れたぁっ!?』
「な、何言ってるのっ!? 何したのあんたらっ!?」
『な、なにもしてねぇよっ!? 急に土下座して胃の中身を吐いて……あ、き、気絶したぁっ!?』
「な、何もしないでそんな壊れるわけないでしょぉがああああああっ!! ああもぉ、史郎さん私たちも行こうっ!!」
「あ、ああ……今そっちに行くから……」
こうなったら二人でイチャつくどころの話ではない。
俺は直美と二人手を取り合い、かつて二人で過ごした家に向かって走り出すのだった。
(また厄介なことになるんだろうなぁ……けど、俺の隣には直美が居る……これからもずっと居てくれる……だから何が起ころうと大丈夫……何とでもなるさっ!!)
【読者の皆様へ】
これにて本編のルートは終了になります。
次回以降はIFルートに入ります。
ここまでこの作品を読んでいただきありがとうございます。
次回以降の投下は少しペースが落ちるかもしれませんが、この先も興味があればどうか覗いて行ってください。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
……本編ルートで他に気にあるエピソード等あればどこかに書いて下されば、可能であれば秘密裏に割り込み投稿などするかもしれません。




