平日⑦
「はぁ……」
久しぶりに仕事中にため息を漏らしてしまった。
何せ俺の専門外の業務を担当させられているのだ。
ましてそれで、好きでも無い相手の顔を見続けなければいけないのだからなおさらだ。
「どうだい雨宮君……うちで雇いたい人はいるかな?」
「社長、俺は人事については専門外なんですけどぉ」
「あはは、まあ気持ちはわかるけど……その人たちのことは誰よりも詳しいだろ?」
「そりゃあ……一緒に働いていた人たちですからねぇ」
手元にある書類……履歴書の束に張り付いた顔写真は全てが元同僚たちのものだ。
前の会社が潰れた以上、あそこで働いていた奴らが似たような仕事をしているここに来たがるのはわかっていた。
ただまさかここまで殺到するとは予想外だった。
(下手したら夜逃げした経営陣以外のほぼ全員が来てるんじゃないか……)
物凄く面倒な話だ、しかし仕事として頼まれている以上は放置するわけにもいかない。
改めて履歴書を見直して、そして当時の会社内での働き方を思い出して評価を下していく。
(こいつはサボってばっかり……こいつは口だけ……あ、これ前に飲み会で俺にモテないのがどうとか言ってた先輩……離婚したのか?)
結婚していたはずなのに、何故か配偶者等の扶養家族欄に記入がなかった。
尤もそんなことを考慮に入れるつもりはない、もちろん俺の個人的な感情なども論外だ。
だから淡々と優秀かどうかで判断を下していくが……こうしてみると酷い人間ばかりだ。
(まともな人間や優秀な奴はどんどん辞めて……コネのある奴か責任転換が得意な奴ばっかり残ってたんだなぁ……)
つくづくこんな場所で働いていた自分が愚かしい、当時の自分に出会ったらぶん殴って説教してしまいそうだ。
呆れたりゲンナリしながら書類を捲っていくと、縁故採用されていた奴の履歴書まで飛び出してきた。
(あいつ逃げてなかったのか……まあ会社の中枢に携わる人間じゃなかったから目溢しされたってとこか……)
軽く履歴書を眺めたが酷い誇張表現ばかりだ……下手したら経歴詐称に問われるレベルだ。
おまけに備考欄に何故か俺の知り合いであることを異常に書き連ねてある。
恐らく元上司から俺がこの会社に勤めていることを聞いて、コネが効くとでも思ったのだろう。
(いやいや、こんなの論外だからな……はぁ……勘弁してよぉ……)
更に元上司自身の履歴書も出てきた……こっちも備考欄に俺の上司であったことをデカデカと記載してある。
もちろん当然のように弾いて、俺はまともな人材を探すべく履歴書の山を漁り続けた。
(これは……あの会社の女性社員達かなぁ……何でこいつらまで俺の名前を書くんだよ……)
露骨に配偶者が居ないことをアピールしつつ俺と仲が良かった風に書いてある。
本当にこれで受かるつもりだったのだろうか、こいつらの考えが俺にはさっぱりわからない。
(つ、疲れる……早く直美ちゃんに会って癒されたい……)
脳裏に直美の笑顔を思い浮かべて俺はこの場を乗り切ることにした。
結局まともな人材は殆ど見つからなかった。
かつての部長ならば或いはと思ったが、何故かここに彼の履歴書はなかった。
(あの人は優秀だったからなぁ……潰れる前に転職したんだろうなぁ)
とにかく出来る限り感情を排した上で、全ての履歴書に俺なりの合否の付箋を張り付けていく。
これを見て後は社長や人事の人が判断するだろう。
(これで終了……不採用ばっかりになってしまった……)
どうも評価を厳しくし過ぎた気がする、やはり感情的になってしまっているのだろうか。
気になって再度見直してみるが、何度やっても同じ結果に終わる。
これ以上はどうしようもないので、仕方なくそのまま社長の元へと持っていくことにした。
「雨宮君、終わったのかい?」
「え、ええ一応……ですけど不採用ばっかりで本当にこれでいいのか不安なのですが……」
「いいんだよ、正直なところ雨宮君のお陰で人手は足りては居るからねぇ……今は優秀じゃない人を中途採用する必要はないんだよ」
「そ、そうですか……」
「ああ、ご苦労様……もう今日は終わっていいよ」
社長の言葉に時計を見てみると、確かに終業時間が迫っている。
俺は社長に頭を下げるとその場を後にして、帰り支度を済ませ定時で帰ることにした。
(また時間を取られてしまった……本当は今日中にデータベースを構築しておきたかったのになぁ)
この会社では仕事内容をきちんと評価してもらえるお陰で労働意欲がどんどんわいてくる。
言われた業務以外でも改善できそうな点を見つけたら次から次へと手を付けてしまいたくなるのだ。
(まさかこんなにも仕事を楽しいと思える日が来るなんてなぁ……)
社内の環境も良い、給料もやればやるだけ上がっていく。
良いことずくめだ……もっと早くここに転職しておけばよかった。
前の会社で過ごした時間がもったいなく思えてくる。
(まああれがあったからこそ今の俺があるんだけど……このスキルもそうだし直美ちゃんとの仲も……ああ、電話しないと……)
携帯を取り出して直美に連絡する。
少し鳴らしていると連絡が繋がり、女の子の声が聞こえてきた。
『どうもぉ、陽……直美ちゃんだよぉ~』
「え、えっと……直美ちゃん?」
『そうだよぉ~、直美ちゃんだよ~おじさんだよねぇ~?』
「う、うんおじさんだけど……本当に直美ちゃんなの?」
何か声が違う気がする、しゃべり方もいつもより穏やかに感じる。
ただ同時に、どこかで聞き覚えがある気もする。
『そうだってばぁ、おじさんさんは疑り深いんだねぇ~』
「……絶対に違うよね、誰だ君は?」
『えぇ~、だから直……ちょ、ちょっと……っ!?』
『……ふぅ、失礼した……あなたの直美だ』
「……今度はどちら様ですか?」
また別の女の子に切り替わった、はきはきとして意志の強さを感じさせる声だ。
こちらもまた聞き覚えがある声だった。
『失礼だね、私は直美さ……おじさんはどうしたというんだい?』
「あのねぇ、直美ちゃんはそんな声出さないから……」
『いやいや、たまにはこういう日もあるのだよ……全く困ったおじ様だな』
(絶対に別人だ……だけどどっかで聞いた記憶が……あっ!?)
「思い出した……君たち前に直美ちゃんと一緒にゲーム配信してた子でしょ?」
『……おっと電波障害だ、失礼する』
「あ、ちょ、ちょっとぉっ!?」
電話が切られてしまった……慌てて掛けなおすと長いコール音の後に再び連絡がつながった。
『い、いいからあっち行ってて……おじさぁん、どぉしたのぉ?』
「直美ちゃんだよね……いや、今から帰るよって連絡しようと思ってね」
『りょぉ~かい、だけど直美今ちょっと友達の家にいるから……出来るだけ早めに帰るね』
「あ、そうなんだ……違う人が出たからおじさんびっくりしちゃったよ」
どうやらお遊び半分で別の子を出させたようだ。
『なぁっ!? あ、あんたら何したのぉっ!!』
かと思いきや、電話口の向こうで直美の怒り声が聞こえてくる。
お友達が勝手に悪戯しただけらしい。
『何もしてないよぉ、直美ちゃんが電話置きっぱなしでトイレ行ってたから代わりに相手してあげただけだよ~』
『な、なんで勝手なことすんのぉっ!! それに携帯取り上げたのはあんたらでしょうがぁっ!!』
『そうでもしないと直美は直ぐ脱線するからね……夏休みの宿題が終わらなくてもいいのかい?』
(ああ、納得……直美ちゃん全然宿題してなかったもんなぁ……)
『ぐぅうっ!? う、写させてくれればいーじゃぁんっ!!』
『あのねぇ、直美ちゃん……このままじゃ卒業はおろか進級すらままならないよぉ』
『出来れば共に大学、というのは我儘かもしれないがせめて卒業ぐらいはしたいからね……多少は勉強してもらわないと困るのだよ』
『ぬぬぬぅ……お、おじさん……やっぱり今日帰るの遅くなるかもぉ……』
「ゆっくり勉強しておいで……何ならおじさん迎えに行くから……頑張ってね」
俺は直美の友人二人に心の中でお礼を言いながら電話を切った。
(やっぱり成績ヤバいのか……俺も勉強教えてあげようかなぁ……)
もう会社のことなど忘れて、俺は直美の今後について考えながら帰路を歩くのだった。
『ピリリリリっ』
「直美ちゃん、どうしたの?」
『はぁい、直美ちゃんだよぉ~』
『いや、私こそ直美だ』
『あ、あんたらぁあああっ!! おじさんで遊んでいいのは直美だけなのぉおっ!!』
(……本当に仲良しなんだなぁ)
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