有給⑤
「お~じさぁん……そろそろエッチなことしよぉよぉ~」
「どうしたの急に?」
「急じゃないでしょぉ、しゅ~しょく決まったらエッチするって約束したじゃぁん」
いつものように俺の部屋で漫画を読んでいたと思ったら、またしても唐突な発言が飛び出してきた。
「いやまだ働いてないからね……有給が終わった後で実際に職場に行ってちゃんと仕事ができるか確認して……」
「むぅ……せっかく恋人どぉしになったのにぃ……直美つまんなぁい」
「いつの間に俺たち付き合い始めたのかなぁ?」
全く記憶にない。
しかし俺の言葉を聞いた直美は目を見開いたかと思うと、激しく詰め寄ってきた。
「この間のプールで俺の直美に手を出すなぁって格好良く言ったじゃんっ!!」
「えぇ……あれは直美ちゃんを守るための作戦じゃ……」
「な、なにそれぇっ!? う、嘘だったってことぉっ!?」
「う、嘘というか……直美ちゃんはこんなおじさんと付き合いたいの?」
「こ……こんなにアプローチされておいてそんな言い草ないじゃんっ!!」
物凄く怒らせてしまった。
「……俺はもうこんなおじさんなんだよ……直美ちゃんならもっと良い人がいくらでも……」
「どこにいるのそんな人っ!? 家族から見捨てられた直美をさぁ、嫌がる両親を説得してまで面倒見てくれて……いくら我儘言っても許してくれて……辛いときずっと傍にいてくれて……甘えさせてくれて……何より私のことを一番大切に思ってくれてる……そんなおじさん以上に良い人がいるわけないじゃんっ!!」
「……直美ちゃん」
まっすぐ好意をぶつけてくる直美。
だけどどうしても……直美の言葉ですら素直に受け取ることができない。
異性には嫌われるものだと身に沁みついている、そのきっかけになった幼馴染に直美は……似過ぎている。
(頭では直美ちゃんはあんな女とは違うって……本気で想ってくれてるってわかってる……だけど……)
年齢の差や幼いころから育ててきた親心も引っかかっている。
だけど直美に手を付けられない一番の理由は、やはり女性関連のトラウマのせいだった。
「おじさんはどうなの……な、直美のことどう思ってるの?」
「お、俺は……」
「手のかかる娘……ただの近所にいる放っておけない子供? そ、それとも……ほ、本当は邪魔で鬱陶し……」
「違うっ!! それは違うっ!!」
俯きながら震える声を出した直美、それを見た瞬間に全て吹き飛んだ。
即座に否定して力いっぱい抱きしめる。
「け、けど……大人は皆、直美を要らないって……お前さえいなければって皆……」
「そんなことないっ!! 直美ちゃんが居てくれたから俺は生きていられるんだっ!! 直美ちゃんは俺の全てなんだよっ!!」
(お、俺は馬鹿か……直美ちゃんがこんなに苦しんでるのに気づけないで……何でこんな距離感で満足してたんだっ!?)
直美に否定されることが怖くて辛くて、トラウマを理由に関係を進めることに怯えていた。
だけど直美だって同じだ、こんなに積極的に来ている直美だって俺に否定されることが怖かったはずだ。
いやむしろ他に頼る相手が居ない直美にとって、俺に拒絶されることはそれ以上に辛いことのはずだ。
(直美ちゃんだって家族のことでトラウマを抱えてたっていうのに……こんな子にここまで言わせるなんて…俺は屑だ……)
今更ながら自分の情けなさを見せつけられた気がする。
たかが女一人に振られたぐらいで悲劇を気取っていてどうするのだ。
目の前にいるこの小さい女の子は、遥かに辛い環境に居るじゃないか。
(こんなことも気づけずに……こんな小さい子に頼り切って……逆だろ……俺が直美ちゃんを支えてあげなきゃ駄目なんだよ)
「お、おじさん……信じていいのぉ……」
「信じてほしい……俺は本当に情けない駄目な奴だけど……直美ちゃんを想う気持ちだけは世界一だよ……絶対に裏切ったりしない」
「……証明して……ほしいなぁ……」
「……わかったよ」
直美の肩を支えると、はっきり覚悟を決めてまっすぐその顔を見つめた。
涙で濡れている顔は、やはり幼馴染にどこか似ている。
だけどそれがどうした……そんなトラウマなんかより直美の涙のほうがずっと辛い。
「直美ちゃん……俺は本当に直美ちゃんのことが大切なんだ……愛してるよ」
「うん……直美もおじさんが……大好き」
そしてそっと目を閉じた直美を抱きしめて俺は……優しく頭を撫でてあげた。
「えへへ…………って違ぁあああうっ!! そこはキスしてエッチに持ち込むところでしょぉおおおっ!!」
「……や、やっぱり?」
「もぉ、どぉしてそこでヘタレるのぉおおおおっ!!」
「い、いやあの何というか愛おしさが勝ってしまって、それにほら俺経験ないからどうしてもその……というかさっきまでの涙としおらしい態度はどこへ行ったのっ!?」
「はぅっ!? し、しまったぁっ!?」
俺の腕の中で明らかに動揺する直美。
「ま、まさか……演技だったの?」
「……てへ、直美よくわかんなぁい~」
直美は舌を出してウインクしてとぼけようとする。
(だ、騙された……何という名演技だ……)
恐らくは本音も入っているのだろうが、それにしてもまさかこんな巧妙な手口で攻めてくるとは思わなかった。
「はぁ……全くもう……」
「……怒ったぁ?」
直美が恐る恐る俺の顔を見上げてくる。
既に涙は流れ落ちていて……本当にかわいい顔だと思った。
俺の何もかもを差し出してでも、全力で守らないといけない宝物だ。
「……ちょっとね、だから罰としてデコピンするね」
「え、えぇ……そこは男の器を見せるところでしょぉ~」
「いいから、ほらおでこ出して……」
「うぅ……痛くしないでよぉ……」
頭を突き出した直美に手を近づけると、直美は痛みを堪えるためにぎゅっと目を閉じた。
そんな直美のおでこに顔を近づけて、軽くキスをした。
(今はまだこれが限界……ヘタレなおじさんを許してくれ……)
今更ながら、恋愛感情と親愛の情の区別がつかない状態で……性欲で直美に手を出したくないと思ってしまった。
せめて直美が大人になるまでは家族として見守ってあげたい。
「は、はぇっ!? い、今何したのぉっ!?」
「いやだからデコピン……もう嘘は止めようね?」
「う、嘘ついてるのはおじさんのほうでしょぉおおっ!!」
「なぁんのことぉ、おじさんよくわかんなぁい~」
「あぁああっ!! 直美の真似しないでよぉおおっ!! おじさんの馬鹿ぁああっ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ直美。
その姿があまりにも可愛くて、俺はついつい笑ってしまうのだった。
「ふふ……直美ちゃんは可愛いなぁ……おじさんこうしてるだけで幸せだよ……」
「な、直美は不満だよぉ……うぅ……ぜ、絶対隙を見て押し倒して主導権を握ってやるんだからねぇっ!!」
(とっくに俺は……俺の全ては直美ちゃんに握られてるよ……言ったら違うモノ握られそうだから言わないけどね……)




