史郎と霧島母娘⑳
「え、えっと……お、お久しぶり……です……」
「本当に久しぶりね……その姿と言い、懐かしいぐらいだわ……」
実際に両親と合流したところで、すぐに亜紀が進み出て二人に向かい頭を下げた。
そんな彼女を上から下まで軽く見回しながら、母親は複雑そうな……だけど本当に懐かしそうな声を漏らした。
「は、はい……そ、その……ま、前は大変失礼な……ううん、今も本当にしろ……雨宮様にはご迷惑ばかり……」
「あ、亜紀そんな畏まらなくていいから……それにここで立ち話するのもあれだし、帰りながら、な?」
「そうだな、ここだと人目も多いし他のお客の邪魔になりかねんからな……」
俺の母親の言葉に何を感じたのか、亜紀は余計に畏まりながら必死に頭を下げようとする。
しかしこんな場所でそんな真似をしたら目立ち過ぎる……だから移動を提案したところ父親もそれに乗っかってくれた。
「それもそうね、じゃあ史郎あたしらの荷物よろしく」
「お、おう……」
「あっ!? わ、私が持ちますっ!!」
母親もまた素直に頷くと、その手に持っていた荷物をこちらへと押し付けて来る。
もちろん逆らう理由もなく受け取ったのだが、慌てた様子で亜紀が横から手を伸ばしてきた。
「い、いやこれぐらい大丈夫だって……俺だって男なんだから女の亜紀に荷物持ちさせるのは……」
「で、でもしろ……雨宮君は仕事帰りで疲れてるから……少しの距離だしこれぐらい買い物とかで慣れてるから私が……」
「いいのよ、これぐらい史郎にやらせれば……本人も言ってる通り男なんだから、女の子の前で良い顔したいのよ」
お互いを気遣い合う俺達を見て母親はやれやれとばかりに首をすくめながら口を挟んでくる。
「は、はぁ……」
「ちょっ!? な、何言ってんだお袋っ!? そういう意味じゃねぇってのっ!!」
「いいから移動するわよ、時間が勿体ないでしょうが……早く帰らないと直美が寂しがるでしょ?」
「う……わ、わかったよ……と、とにかく大丈夫だからな亜紀……気にしてくれてありがとう」
「う、ううんこっち事余計なこと言ってゴメン……そうだねあの子もいい加減待ちくたびれてるだろうし……行きましょう……」
母親の言葉に直美の存在を思い出した俺達は、今度こそ駅を後にして帰路を歩き始めた。
「ああ、懐かしいわねぇ……」
「ここへ戻ってきたのは何年ぶりかな……確か最後は直美が高校に入学した時だったな……」
「そ、そうだったっけ?」
「……」
両親は駅からの道を歩きながら、かつてこの街で暮らしていたことを思い返しているのかどこか感慨深そうに言葉を漏らし続ける。
それに軽く相槌を打つ俺の隣で、亜紀はチラチラと両親を見ながら話しかけるタイミングをうかがっているようだった。
(なんて声を掛けていいか分からないって感じだな……だけどここである程度、俺の親父たちと話を付けておかないと……直美ちゃんの前で諍いを起こさないためにも……じゃないとここまで来た意味がないからな……その為には俺がきっかけを作らないと……)
そう思った俺は軽く亜紀へとアイコンタクトを送る。
すると向こうはすぐに俺の意図を察してくれたのか、頼むとばかりにこちらの顔を見つめながらこくりと小さく頷くのだった。
「そうそう、直美が制服を着てるところを見せてくれたっけねぇ……あんたもだけど本当に子供が大きくなるのは早いもんだって実感させられたもんだわ……今はどんな感じなのかねぇ……いつもの電話口では元気そうではあるけれどなんか幼さが残ってる感じだったけど意外と大人びて見えるもんかねぇ……」
「あー、それよりお袋ちょっと話……いつも電話ぁ?」
だから母親の言葉を遮って話しかけようとしたが、逆にその内容が気になって尋ねてしまう。
「ああ、母さんは定期的に直美へ連絡して近況を聞いてたんだが……なんだお前、知らなかったのか?」
「そ、そう言えば前にそんな話を聞いたような……」
「あ……た、確かに時折直美は一人でお部屋に籠って誰かと電話して……て、てっきりお友達かと思ってたけど……」
「直美がちゃんと生活できてるか心配だったからねぇ……あんたは甘くて頼りないから、自堕落な生活させかねないし……」
「うぐっ!?」
母親の鋭い指摘にドキッとする。
(うぅ……そ、そりゃあ俺は直美ちゃんに甘いし我儘言われたらいう通りにしちゃってたし……直美ちゃんのお友達がしっかりしてなかったら学校関連だってもっとサボって引きこもってたりしかねなかったような……だ、だけど実の息子の俺には連絡しないのにどうして直美ちゃんにだけぇ……だけど直美ちゃんと連絡を取ってたってことは……?)
露骨な態度の差にうちの両親も直美には甘々な気がしなくもないけれど、同時に俺はどうして亜紀がこの場に居ることを二人が疑問に思っていないのかの答えも分かった気がした。
「そ、それじゃあひょっとして私がここにいるって言うのもあの子から……」
「そうよ、少し前に直美が教えてくれたのよ……物凄く嬉しそうな声で『お母さんが帰ってきた』ってね……」
果たして恐る恐る亜紀が訊ねたところ、返ってきた答えは想像通りのものだった。
「あ……そ、そう……だったんですか……そっか、あの子が……」
「全く、初めて聞いたときは驚いたわよ……あんたったらこんな大事なことも言わないんだから……」
「い、いや……そのちょっと色々あってそっちに連絡すること自体忘れてたというか……」
「やれやれ、お前って奴は……」
呆れたように呟きながら俺と亜紀を見つめて来る両親だったが、その視線には敵意のようなものは感じらなかった。
しかし亜紀はそんな二人をまっすぐ見つめ返したかと思うと、改めて深々と頭を下げ始めた。
「い、いえ私が色々と史郎……雨宮君にご迷惑をおかけしていましたのでそのせいでお二人に連絡する余裕がなくなって……昔も今も本当にも、本当にお世話になりっぱなしで……申し訳ありませんっ!!」
「そ、それは違うって亜紀っ!! 単純に俺が間抜けだっただけだから亜紀がそんな気にすることじゃ……っ」
「だ、だけど本当に私が馬鹿だったからっ!! あんな真似しておいて今更戻ってきて恥知らずにも二人と一緒に暮らしたりして……だけど私は本気で……っ」
「わかったから頭を上げなさい……貴方が真面目に頑張ろうとしてるのは見た目からも……史郎と直美の態度からも伝わってるわ、だからそんな畏まらないでいいのよ……亜紀ちゃん」
「っ!?」
そんな亜紀に俺の母親が優しい声で昔のように呼び掛けた。
そしてそれ聞いて反射的に頭を上げた亜紀を見つめたままニコリと微笑むのだった。
「そういうことだ……まあ過去には色々あったが、俺も母さんも史郎と直美が信じている今の君のことを悪い子だとは思っていないから……ただ実際のところがどうなのか念のために確認しておきたくてこうして顔を出したんだが……」
「まあ史郎がここまでして庇う以上は間違いなさそうだけれどねぇ……後は直美への教育がしっかりしているか……史郎と二人で甘やかしてないか確認させてもらうけど……とりあえず肩の力を抜いていつも通り……いえ、昔のように接してくれて構わないからね」
「うぅっ!! あ……あ、ありがとうございますっ!!」
「……俺からも礼を言うよ、ありがとう親父お袋……亜紀を信じてくれて……」




