史郎と霧島母娘⑲
「どうやら次の電車で着くみたいだぞ……心の準備はいいか?」
「う、うん……覚悟はできてりゅよ……い、いちゅでも……いつでもダイジョブ……大丈夫……」
俺の隣で亜紀は傍から見て分かるぐらい緊張していて、少し返事するだけでも何度も噛んでしまっていた。
両親からの連絡でついにこちらへ到着するようだけれど、この調子だと果たしてどんな再開になるのか……余り良い想像は出来なかった。
(こんなに緊張しなくても……って無理だよなぁ……)
実際に俺や直美が亜紀と再会したときだって酷いものだったのだ。
尤もあの時は亜紀の態度も完全には改善していなかったというのもあるのだが……とにかくその記憶も真新しい亜紀にして見れば緊張するなというのが無理な話だった。
まして直美を大切に想っている今の亜紀にしてみれば、あの子を苦しめないためにも絶対に失敗できないというプレッシャーも感じてしまっているのかもしれない。
「落ち着いて……俺もちゃんとフォローするし、きっと親父たちも理解してくれるって」
「わ、わかってりゅぅ……わかってるから……うぅ……」
俺の言葉を聞いて亜紀は反射的に頷くけれど、やはりそう簡単に緊張がほぐれるわけもなかった。
(噛み噛みだなぁ……だけど恥ずかしそうにしながら言い直してるところはちょっと可愛いけど……何となく感情と表情をコロコロ変える直美ちゃんを連想しそうに……ってだから俺も気を引き締めろってのっ!!)
亜紀の様子に直美の百面相を思い出した俺は、二人の母娘としての繋がりを意識してつい和みそうになってしまう。
しかし俺が腑抜けていてどうするのか……両者の仲を取り持つという俺がやるしかない重大な役目があるというのにだ。
「ほらまた……一旦深呼吸でもしてみよう……すぅぅ……はぁぁ……」
「ふぅぅ……はぅぅ……すぅぅ……はぁぁ……あぁ、やっぱゃりだみぇぇ……うぅぅ……」
だから亜紀を気遣いつつ、俺自身も気を引き締め直そうと互いに深呼吸を繰り返す。
すると俺の方はすぐに落ち着くことは出来たのだが亜紀は駄目だったようで、最後には涙目になりながら俺を上目遣いで見上げてくるのだ。
(うっ!? こ、この視線は破壊力が……ってだからまた俺まで取り乱してどうするんだよっ!?)
その顔にまたしても場違いにもドキッとしてしまう俺。
しかもそのまま亜紀は力なくちょこんと俺の服の裾を摘まんで軽く引っ張ってくるから、余計に状況を忘れて愛おしさというか庇護欲がわき上がって来そうになってしまう。
「……すぅぅ……はぁぁぁ……ま、まあ多少取り乱してても何とかなるって……何だかんだで俺の両親も直美ちゃんを大切に想ってるんだから、あの子が母親として認めた今の亜紀を受け入れないわけないよ」
「うぅぅ……で、でも私がしたことって今考えると凄く酷いことだし……直美は当然として史郎に対する仕打ちだって……だ、だから親としてちゃんとしてたあの人達には糾弾されてもおかしくない……というか嫌われてないほうがおかしいって言うか……叱られて当然というか……だ、だからちゃんと今までのこと謝らなきゃって……しっかりちゃんと謝罪しないちょ……とって……」
「亜紀……」
だから俺は再度落ち着くために深呼吸しながら不安そうにしている亜紀を慰めるべく言葉をかけるけれど、亜紀は首を横に振り心底申し訳なさそうにしながらも真剣な口調でそう答えた。
まあ最後にはまた噛んでしまったが、それを聞いた俺はようやく亜紀がここまで不安そうになっている理由に気が付いた。
(そうか、亜紀は直美ちゃんの事だけじゃなくて俺のことも含めて過去に迷惑をかけたことを謝罪しようとして……道理でここまで極度に張りつめちゃうわけだ……)
「うぅ……し、しっかりしろ私……ここでちゃんと史郎の両親に認めて貰わないと私はともかく娘の直美が史郎とけっこ……もっと親しくなるのに支障が出ちゃうかもしれないのよ……が、頑張らにゃいと……っ」
「えっ? ちょ、ちょっと亜紀今なん……っ!?」
『まもなく二番線に電車が参ります。黄色い線の内側でお待ちください』
「あっ!? こ、この電車だよねっ!? すぅぅ……はぁぁ……すぅぅ……はぁあぁぁ……」
亜紀の覚悟を見て少し先ほどまでとは違う意味でしんみりしてしまった俺だが、そこで亜紀が続けた漏らした心の声と思わしきものを聞いてさらに違う意味でドキッとしてしまう。
だから慌ててその真意を問いただそうとしたが、そのタイミングで駅内に電車が到着したことを伝える放送が流れ始めた。
途端に亜紀は会話を打ち切って、少しでも気持ちを落ち着かせようというのか再び深呼吸を繰り返し始めてしまう。
(な、なんてタイミングの悪い……ってもう今はこれ以上考えても仕方がない……集中しよう……)
果たして間もなく電車がホームに入って止まる音がして、その直後に電車から降りたらしい母親からさっそく電話がかかってくる。
チラリと隣にいる亜紀へと視線を投げかけて、向こうがこくりと頷いたのを確認してから俺もまた軽く深呼吸してその電話を取るのだった。
『もしもし史郎? 今駅に着いたわよ……これからそっちに向かうけどちゃんと待ってるんだろうね? それと何か買っていくものとかあるかい?』
「か、買い物は大丈夫……それに今俺達は二人を迎えに駅で待ってるんだよ、だから合流して一緒に帰っ……」
『あらあら、珍しくアンタにしちゃ気が利くじゃないのっ!! じゃあ荷物持ちは頼んだわよ? それで俺達ってことはそこに直美もいるのかしら?』
「い、いや直美は家で二人が泊まる部屋を掃除してくれてるから……だ、だから一緒にいるのは直美ちゃんじゃなくて……その……」
「すぅぅ……はぁぁ……え、えっとまず第一声はお久しぶりでしゅからかな……そ、それで二言目に謝罪を……ううん、やっぱり第一声で頭を下げて謝罪を……そ、それともやっぱりまずは名前だけ名乗って向こうの反応を見てから謝ったほうが……ううん、やっぱり先に私の方から……」
『あら? じゃあひょっとして……亜紀ちゃんと一緒なのかい?』
「えっ!? な、何で知ってっ!?」
「っ!!?」
『その反応だとそうみたいね……ちょうどいいわ、確認しておきたいこともあったしこの帰り道で色々と話を聞かせてもらうことにするわ……それであんたたちはどこにいるの?』
「あ……ああ、俺達は改札を出た隅の方……そ、そうこっちこっち……」
(な、何で亜紀がいるって分かったんだ……しかも当たり前のように昔のように亜紀の事を呼んでて……ま、まあ多少声は訝しげだけどそこまで敵対的じゃないみたいだし……一体何がどうなってんだこれ?)




