第七十話「袋小路」
~前回までのあらすじ~
イワン生存の可能性を追って再び旧ヒト科動物研究所にやってきたエミリア。
前回は見つけられなかった地下室への道へ捜索の範囲を広げると、一冊の書物が目に留まった。
そこには、『白の種族』という謎の種族に関しての記載があった。
『名の通り彼らは瞳も髪も白く、それらの色が絶対の判断基準だった当初は彼らのことを色無し種族と呼ぶ者もいた。
白の種族は個体数が少なく、エルフ達が初めて接触した時(出典不明)は百人にも満たないほどだった』
白の種族って……まんま私じゃないか。
どこぞに住んでる少数部族みたいだが……じゃあ、私の両親は白の種族で、そこに今でも住んでいる……ってことなのか?
『白の種族たちは接触当初から魔法を使って農耕を営んでいた。
当時、世界の覇権を握ろうと躍起になっていたエルフは『魔法は珍しい技術ではあるものの、取るに足らないものである』と、進んで彼らと交流を図ろうとはしなかった。
しかし、そんな考えを改めさせられる事件が起きる。
冷害に次ぐ冷害による世界的な飢饉だ。
数多くの人々が飢え死に、あちこちに死体が転がるようになった。放置した死体が腐り、伝染病が蔓延し、どの種族も甚大な被害を被った。
事態を重く見たエルフは戦争を取りやめ、近隣の種族に停戦協定を申し入れる。
今は争っている時期ではなく、全員が一丸となりこの危機を乗り越えるべきだと。
エルフと協定を結んだドワーフ、ラミア、アルマロス種族たちは矛を収め、この飢饉への解決策を模索し始めた。
そして、その解決策は存外にもあっさりと見つかった。
白の種族が持つ魔法である。
彼らは魔法で冷害から作物を守っていたのだ。
よく話を聞いてみれば、魔法は農耕だけでなく狩りや日常的な家事などにも応用できるという。
取るに足らない技術だと思っていた魔法は、使い方次第で無限の可能性を持っていることに、その時彼らは初めて気が付いた。
その後は早かった。
――白の種族がもたらした魔法技術を、件の四種族がまず習得する。
そして、彼らによって他の種族へ伝えられると、魔法は一気に世界中に伝播した。
一年も経たないうちに食料の目途が立ち始め、三年ほどで人類は未曽有の飢饉を乗り越えることに成功する。
白髪白目の名もなき種族が世界を救い、そしてそれが今日の魔法の基礎となった。
しかし、歴史の書物には白の種族に関しての出来事は一切書かれていない。
おそらく名声を得たいがために、四種族が意図的に削除したものだと思われる』
「……なるほど」
私が白の種族とやらであったとすると、今こうして魔法が使えているのは奇跡ではなく当然の成り行きだったというわけか。
私が魔法に目覚めた時、領主様は「さすが」と言っていた。
……やっぱり、知っていたんだ。領主様は。
次のページをめくったところで、手が止まった。
『白の種族の絶滅に至る経緯』
え……。
絶、滅……?
『白の種族は七十七年前から存在が確認されておらず、絶滅したものと思われる』
この世界のヒトの寿命はせいぜい五十年が限界だ。
七十七年前なんて、生きているはずがない。
『それに伴い、彼らが持っていた魔法技術の大半はそのまま失われてしまった』
――じゃあ、私は何なんだ?
どうやって生まれた?
どうしてここにいる?
分からない。
何もかもが意味不明だ。
しかし――これを読めば、その謎が分かるかもしれない。
続けてページをめくろうとしたその時、遠くからカーミラさんが呼ぶ声で我に返る。
「――、時間を使いすぎたか」
イワンを探しに来たというのに、何をしているんだと自分を叱責しつつ、その本を鞄の中にしまい込んだ。
放置されていたものだ。貰っていっても問題はないだろう。
今は自分の謎よりも優先すべきことがある。
それが終わってから、ゆっくり読めばいい。
少し――ほんの少しでも、自分のことについて分かったので今はそれで良しとしよう。
◆ ◆ ◆
「エミリア。こっちこっち」
周囲を気遣うような小声。何かを発見したんだとすぐに悟る。
「見て」
カーミラさんに促されるまま、壁の一角に目を向ける。
一見すると何の変哲もないようだが……。
「ここの隙間から風が吹いてるの」
よく見ると、彼女は片手だけ手袋を外していた。
指を舐めて風向きを確認するアレをやったんだろう。
同じようにやってみると、壁の隙間から凍るような冷たい風を感じた。
地上ならともかく、ここは地下だ。無意味に空間があるとは考えにくい。
つまりは、何かがある。
「隠し部屋でしょうか」
「もしくは、どこかに通じる抜け道かも」
どちらにしても、ここから先は臨戦態勢で行く方がいいだろう。
ゆっくりと壁を剥がすと、風が強くなったような気がした。
向こう側をちらりと確認する。広くはないが、ヒトひとりくらいなら立って通れる通路のようだ。
ランタンの火を消してから――明かりを付けたまま行ったら「ここに侵入者がいます!」 と大声で叫ぶのと同じだ――、夜目を効かせるために目を閉じる。
今の状態で暗闇に飛び込むのはさすがに危ない。
何もない地面の窪みすらも致命的なトラップになりかねない。
「準備ができたら教えてね」
僅かに衣擦れの音をさせながら、カーミラさん。おそらく装備品の点検でも行っているんだろう。
ヴァンパイア種族は夜目が一瞬で切り替わるし、人間種族よりもよく見えるらしいので素直にうらやましいと思う。
まあ、無いものねだりをしたところでヴァンパイア種族のような瞳になれるわけでもないし、私は私にできることをするだけだ。
「OKです」
「ん」
カーミラさんは小さく何かを呟いて――おそらく身体強化の魅了術だろう――から、壁をくぐった。
私もその後に続く。
壁の向こうはちゃんと地面も壁も歩きやすく均されていた。
もともとはここも研究所の一部で、何かの理由で後から壁を足したのかもしれない。
数メートルほど歩いてから、カーミラさんが手を挙げる仕草をする。
足を止めろ、という合図だ。
先の通路は右に曲がるようになっていて、その先からは明かりが洩れていた。
「誰かいる……?」
「エミリアの予想が当たったのかもね」
もしそうなら、イワンが生きている可能性はぐっと上がる。
この先に敵が居るとすれば、彼も居る可能性はかなり高い。
思わず進みそうになる足をどうにか押し留める。
カーミラさんは壁に体をくっ付けたまま光の方へとすり寄っていく。
跳ねる心臓を抑えながら、それに倣う。
「エミリア。分かってると思うけど、ここから先は出し惜しみなしだよ」
魅了術を使え、という意味だろう。
相手はエルフとその協力者だ。もう使えることがバレているだろうし、もちろん隠すつもりはない。
「『堅硬』」
暗闇と同化していた黒い髪が、僅かに届く光を反射して白に変化するのを視界の端に捉えつつ、カーミラさんの体を引いて歩みを止めさせる。
「私が先行します」
体に目立った変化は起きていないが、『堅硬』の効果中はどんな鋭い刃でも通さないほど肌が硬質化している。
見知らぬ場所に躍り出るには最適と言える。
ノーダメージという訳にはいかない――得物の種類によっては痛かったり、内出血が酷くなったりする――が、全然我慢できる程度だ。
「――っ」
意を決して、明かりの中へと飛び出す。
急激な光量の変化に目が抗議の痛痒を与えてくるが、無視して周囲の地形と気配を確認する。
広い空間だった。四方はちょっとした道場くらいの広さで、天井は一般家庭の四倍ほど高い。
月日が経っているせいか、壁や床にはところどころ黒っぽいシミが模様のようになっていた。
過剰と思われるほどの明かりが付けられ、それがこの空間を地下であると忘れさせるほど光量を保っていた。
私が立っている場所のちょうど反対側の壁にももう一つ扉があり、建物でいうところの二階に該当する部分には横に長いベランダのように、ヒトが歩ける程度の空間が設けられていた。
「ここは――まるで」
「闘技場……みたいだね」
私が言いたかった単語を、後から来たカーミラさんが引き継ぐ形で口にした。
さしずめ二階部分は観客席といったところか。
だとすれば、あちこちにある黒いシミは飛び散った血痕だろうか。
二人で慎重に周辺を探る。
遮蔽物がないぶん捜索はしやすいが、逆に隠れる場所もない厄介な場所だった。
「もしかしたら、敵はもう私たちに気付いているのかもしれないですね」
「……そうみたいだね」
「カーミラさん?」
あっさり肯定する彼女を不審に思い振り返る。
カーミラさんは「見て」と、私たちが来た場所を指した。
ぽっかりと空いていた通路への入り口は、まるではじめからそこは壁でしたと言わんばかりに『無くなって』いた。
鉄格子が降りてきたとか、扉が閉じるというレベルではない。通路があったはずの壁を叩いてみても、空洞があるような反響音は返ってこない。
文字通り、完璧に退路を断たれてしまった。
「――ようこそ、招かれざる客よ」
「――!」
カーミラさんと私がほぼ同時に振り返ると、先程まではいなかったはずの人影が立っていた。
観客席に一人。
そして、反対側の入り口に二人。
観客席に立つ人物を見て、カーミラさんが目を見開く。
「キミは……!!」




