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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編

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第十二話「メイド」

「今日は雪か」


 私は空を見上げてぽつりと呟いた。

 雪に馴染みの無い地方ならば、空から白いものがちらついただけでテンションが上がるところだが、この村はそうではない。

 なにせ一年の半分以上は雪なのだ。見飽きもするし、自分の身長より高く雪が積もっていたらうんざりとしてしまう。

 ヴァンパイアさんたちが定期的に除雪してくれているので、公道などのライフラインが寸断されることは無いが、彼らが居なければあっという間に埋もれてしまうほど雪が降るのだ。そりゃ辟易もする。

 一ヶ月ほど前に初雪が降ってから、村は徐々に白色に覆われつつあった。

 それに伴い、村人たちの装備も増えていく。

 手袋、帽子、セーター、コート、靴下(二枚目)などなど……。

 この季節になると皆が似たような格好をするので、後姿だけでは誰か判別が付かなくなってしまう。

 キシローバ村で生を受けて早七年。

 雪はもうお腹いっぱいだ。



 母との会話の翌日、授業が終わると同時に私は領主様の屋敷へと赴いた。

 例のイワン専用メイドさんに会うためだ。

 メイドさんの名前はテレサというらしい。

 名前の印象から、ちょっと幸の薄そうな感じがしたが、あのイワンに懐かれているということは相当に包容力のある美少女なんだろう。


 領主様の屋敷への道は家主か使用人しか行かないので、ほとんどが足跡の付いていない新雪だった。誰の足跡も付いていない場所をサクサクと踏みしめる感触がたまらく気持ち良い。

 雪に関連する中で、私が唯一好きなことだ。

 この良さを分かってくれる同志は今のところ居ないが。

 ……別に寂しいとは思ってないぞ?


 見た限り、足跡は三つだった。

 大きな足跡。これは領主様のものだろう。執務棟に向かって伸びていて、戻ってくる足跡は無かった。

 中くらいの足跡。これは女性のものだ。村の方へ伸びている。

 これも戻る足跡は無かった。

 最後の足跡は一番小さい子供のもの。

 十中八九イワンだろう。

 執務棟に向かって伸びていて、帰ってきた足跡はそのまま裏庭の方へ伸びていた。


「……何をしているんだ?」


 気になった私は、こっそりと裏庭を覗き込んだ。


 裏庭はちょっとした野外訓練施設みたいになっていて、懸垂するのに使う棒や、型の練習に使う案山子などがいくつも設置されてあった。

 その中でイワンは一人、剣を振るっていた。


「……ふっ、ふっ」


 剣と言ってももちろん真剣ではなく木刀だ。危険防止のため、刃には布が巻かれている。

 一心不乱に、何か――心の乱れを打ち払うように、イワンはひたすら剣を振り続けていた。

 雪が降っているというのに、全身から汗が流れていた。


 私には剣術の良し悪しは分からないが、なかなかに洗練された動きをしているように見えた。

 こんな施設があるくらいだから、少なくとも我流ということは無さそうだ。

 魔法だけじゃなく剣術も習っていたのか。

 改めて、私はイワンの事を何も知らなかったんだと認識させられた。


「……って、何を見蕩れているんだ私は」


 これではまるで『憧れの男子の運動姿を物陰からうっとりと見つめる内気な少女』みたいじゃないか。

 剣を握っているイワンの姿は確かにかっこいいが、決して恋愛感情を抱いた訳ではない。フラグも立ってないしキュンともしていないぞ。


「そこのお嬢さん」


「ひゃい?!」


 いきなり声を掛けられて、自分とは思えないほど素っ頓狂な声が出た。

 口を押さえて振り向くと、大きな買い物袋を提げたお婆さんが立っていた。

 私と同じように全身を防寒具で固めている。唯一露出している顔から、かろうじて白髪(しらが)混じりの黒い前髪と黒い瞳が見えた。


「そこで何をしているんだい?」


「いえ、あのその……」


「ん?あんた……ひょっとして、エミリアかい?」


「は、はい。そうです」


 私の顔を見るなり、お婆さんの表情から警戒の色が薄れた。

 領主様かイワンから私の事を聞いているのだろう。まるで知己(ちき)であるかのように人懐っこい笑みを浮かべた。


「そうかいそうかい。坊ちゃんに会いに来たのかい?」


「いえ、テレサという方に用がありまして」


「おや。こんな老いぼれに何の用だい?」



 えっ?



 ◆  ◆  ◆



「よく来たねぇ」


 お婆さんもとい、イワン専用メイドのテレサさんは顔をくしゃっとして微笑んだ。

 御歳(おんとし)五十一だそうだ。

 前世よりも危険の多いこの世界において、五十を超える年代のヒトはなかなかいない。

 少なくとも私が出会った中では最年長だ。

 ……頭の中に思い描いていた幸の薄い美少女とはかけ離れていたが。

 メイド=美少女だと、いつから勘違いしていた?


「いまお茶を淹れるよ」


「いえ、おかまいなく」


「お菓子は何がいい?」


「あの、大丈夫です」


「子供が遠慮するモンじゃないよ。たくさん食べて大きくおなり」


 私の前にドッサリとお菓子を置いて、テレサさんはキッチンの奥へと行ってしまった。

 優しさの押し売りのようだが、嫌な感じは全然しない。むしろ母と同列くらいの安心感を抱いてしまう。

 溢れんばかりの包容力、とでも言えばいいのか。

 どうやら年齢以外は想像通りのヒトのようだ。



 ややあってから、ティーポットに紅茶を淹れて戻って来た。


「本当に坊ちゃんは呼ばなくてもいいのかい?」


「はい。できれば私が来たことも内緒でお願いします」


 私は紅茶のカップに口を付け、一口飲む。

 ――瞬間、電流が走った。


「これは……!?」


「おや。口に合わなかったかい?」


「……おいしい」


 思わずそんな言葉が自然と口からこぼれる。

 否、そんな言葉しか出せない自分の貧弱な語彙に腹が立った。

 たった四文字では言い表せない深い味わい。


 お湯の温度、茶葉を蒸らす時間、注ぎ方――全てが調和し合い、紅茶本来の味を完璧に引き出している。

 茶葉が高級だとか、良い水を使っているとか、そういう問題ではない。

 素材の良し悪しは関係ない。おそらくテレサさんが淹れればどんな安物の茶葉だろうとこの味になるのだろう。

 一体どれほどの修練を積めばこれほどの味が出せるのか……。

 この紅茶一杯に、彼女の人生そのものが染み込んでいた。

 私は夢中になって飲み続け、気付けばおかわりまでしていた。


「ほう。なかなか見所のあるお嬢さんだねぇ」


 紅茶の味が分かったことに気を良くしたのか、テレサさんはより一層笑みを深めた。


「それで、あたしに聞きたいことっていうのは何だい?」


「イワンのことです」


「ほう……」


 イワンという言葉が出た瞬間、テレサさんは眉を上げる。


「ご存知とは思いますが、私はいま彼と共に魔法を――」


「お嬢さん。あたしみたいな老いぼれにそんな鯱張(しゃちほこば)った口の利き方をしなくてもいいんだよ」


 もっと砕けた口調で、フレンドリーに話せということか。

 私は『敬語はいらん』と言われたら遠慮なく抜いて話すタイプだ。


「じゃあ、いつも通りの口調で行く。話しは戻るが、私はいま彼と魔法を――」


「おやおや。随分と勇ましい口調だねぇ」


 私がいつもの口調にすると、テレサさんは目を丸くした。

 話が進まん……。



 その後、どうにか掻い摘んで状況を説明する。


「――という訳だ。どうすれば彼と友達になれるのか、彼をよく知るテレサさんにアドバイスを貰いたい」


「そうかいそうかい。坊ちゃんは悪い子だねぇ。こんな可愛らしいお嬢さんを邪険に扱うだなんて」


 テレサさんはゆっくりと、話を租借するように何度も頷いた。


「あたしから言える事は一つだけさ。それはね」


「それは……?」


 私は息を呑んで身を乗り出した。



 ◆  ◆  ◆



「うううむ……」


 そして翌日。私は思い悩んでいた。

 テレサさんからのアドバイスは、予想外のものだった。


 曰く――喧嘩をしろ、だそうだ。


「子供なんてお互い殴り合えば次の日にゃ仲良くなれるものよ。お嬢さんは坊ちゃんに対して遠慮しがちじゃないのかい?」


 殴り合いは少々行き過ぎた表現だが、要するに互いの言いたい事を言い合えばいいんだよ、ということだ。

 喧嘩するほど仲が良いという言葉もあるし、一理あると言えばあるが……。


 問題は、私が彼に対して言いたいことが何もないということだ。

 言動を改めて欲しい訳ではないし、優しくしてほしい訳でもない。

 ただ、友達になりたいだけだ。

 その事は出会ってすぐに宣言している。


 向こうも向こうで、何か私に言いたい事がありそうだが何も言ってこない。

 いっそ、イワンを挑発して無理矢理心情を吐露させるか……?

 いやいや、それで運良く聞き出せたとしてもその後の関係を築くのは難しそうだ。


 私も私で、彼の行動に怒りを覚えればいいのだが……生憎、舌打ちされても無視されても怒りが沸くどころか、ちょっと微笑ましいとすら感じてしまうのだ。

 おそらく、前世の影響が大きい。

 自分よりも長く生きた大人の記憶を内包しているせいで、私の精神年齢は平均よりも遥かに高い。

 だからイワンのすることが全て『子供のイタズラ』程度に見えてしまっている。

 とはいえ、無理に怒る演技なんてできないし、一体どうすれば……。


「エミリア。どうした?」


「……へ?」


「今俺が言った事を言ってみろ。大事な事だぞ」


 考え事に没頭しすぎて、クドラクさんの話がすっかり右から左へ流れてしまっていた。


「え、えっと……」


「魔物がまた出てきたらしいから、しばらくの間注意しろ、だ。ボーッとするなよ」


 眉を寄せたクドラクさんに、こつんと頭を叩かれる。

 ……怒られてしまった。

 イワンの方を見ると、ざまあみろ、と言わんばかりに鼻を鳴らされた。


「じゃあ次、エミリアやってみろ」


 クドラクさんから出された課題は、石を横にズラす魔法だった。

 もはや自主練習で複数個の石を飛ばしたりしている私にとっては朝飯前の簡単な魔法だった。

 あっさりとクリアする。


「ほお……やっぱりエミリアは優秀だな」


「そんなことはありません」


「いや。それだけ出来るなら魔法大学入学も有り得ない話ではないぞ」


 魔法大学。王都にいくつかある中でも最大の規模を誇る学校だ。

 最新の設備、学術書などが揃う魔法使いの楽園らしい。

 確かに興味はあるが、在校生は国の将来を担うような大貴族の子息などが多いと聞いている。

 田舎の人間風情が行ったら浮きまくってイジメられそうだ。


「…………」


 ――ふと、背筋にヒヤリとした感覚が走った。

 振り向くが、イワンがそっぽを向いているだけの何の変哲もないいつもの部屋だ。


 ……気のせいか?


 いまの感覚を、私は以前どこかで感じたことがある。

 ええと、どこだったっけ?


「じゃあ次、イワン」


「……」


 イワンが前に出る。

 彼は私と違い、詠唱のありなしを使い分けている。

 苦手なものは詠唱ありできっちりとこなし、得意とするものは詠唱なしで時間短縮を図る。合理的なやり方だ。


 イワンの手が、石に掲げられる。

 そして――私と()()()()()()


 その瞬間――先ほどの寒気を思い出した。


 それは雪山で魔物と対峙したときの“殺気”を孕んだ目だった。

 イワンの目は、それによく似ていた。

 魔物ほど強いものではないが、明らかに攻撃の意思を示している。


「!」


 私は反射的に身を伏せた。

 それと同時に、今まで私の体があった場所を何かが通過して――後ろの床が派手に物音を立てた。

 見やると、案の定それは石だった。


 もし、私が伏せていなかったら脳天直撃コースだった。

 あのスピードなら、たんこぶ程度で済んだだろうが。


「……制御を間違えた」


 悪びれもせず、イワンがポツリと告げる。

 彼がそこまで未熟な魔法使いだとは、私もクドラクさんも思っていない。

 つまりは、故意に当てようとした……。


「イワン、お前……!」


 これにはさすがにクドラクさんが怒りを露にする。

 彼から逃げるように、イワンは部屋から出て行ってしまった。


「今日は気分が乗らない。先に帰る」


「待て!」


 クドラクさんも彼を追いかけ、部屋を後にする。



「……ふーむ、困ったな」


 一人になった部屋で、私は腕を組んで唸った。


「全然ムカつかないぞ」



 ◆  ◆  ◆



『先に帰ります。イワンのことは気にしていません』と書き置きを残して私はテレサさんの元へやって来た。

 授業で起きたことの一部始終を話す。


「――という訳だ。なんというか、彼に対して全然怒りが沸かないんだが」


「なるほどねぇ」


 ふむ。とテレサさんは頷き、


「どうやらもっと長い時間、坊ちゃんと接する必要があるみたいだねぇ」


「……どうやって?」


 魔法の授業以外、彼との接点は無い。

 私も剣術を習うか?いや、月謝を出す余裕がないし、剣術にはそれほど興味はない。

 テレサさんは立ち上がって手招きした。


「あたしにいい考えがある。こっちにおいで」



 案内されたのは、衣裳部屋……だろうか。

 部屋中、ところ狭しと衣服が掛けられていて、それ以外の物は何もない。衣服を収納するためだけの場所だ。巨大なウォークインクローゼットと考えてもらえればいい。

 平民である私の家には無い、貴族ならではの部屋だ。

 テレサさんはその一角をごそごそと漁る。


「おお、あったあった」


 やがて目的のモノを見つけたようで、それを引っ張り出して私に手渡した。


「そっちに着替える場所があるから、これを着ておいで」


「あの、これとイワンの件とに、どういう関係が……」


「いいからいいから。子供は素直に言うことを聞くもんだよ」


 困惑する私の背中を押すテレサさん。

 いろいろ疑問はあるが、とりあえず言われた通り、渡された衣装に着替える。


「着替えたぞ」


「おお、やっぱり似合うねぇ」


 今の私は、濃紺のワンピースにエプロン姿という出で立ちだ。頭にはホワイトブリムがちょこんと乗っている。

 有体に言えば、メイド服だ。


 ただ、前世にあったファッション用のコスプレとは一線を画す、まごうことなきヴィクトリアンメイドスタイルだ。

 フリフリも無いし、スカートも短くない。もちろんガーターベルトも付けていないし、ニーハイソックスでもない。

 見た目ではなく、使用人としての作業機能を追及した作りになっている。


 鏡で見てみたが、髪色も含めて白と黒で統一されているので――自分で言うのはアレだが、かなり似合っている。

 服のサイズはやや大きかったが、まあ許容範囲だ。


「それでテレサさん、これとイワンとの件にどういう関係が――」


 改めて問いただそうとすると、玄関ホールのドアが開いた。

 この屋敷には普段、テレサさんと領主様、イワンの三人しかいない。

 テレサさんがここに居て、領主様がこの時間に帰って来るはずがない。

 消去法で言って“彼”しかいないだろう。


「テレサ、テレサ!どこにいる!」


 甲高い少年の声。確認するまでもなくイワンだった。

 マズいな。

 ここで彼と鉢合わせしたら気まずいどころの騒ぎではない。

 石をぶつけようとした同級生が自分の家でメイドの格好をしていたらなにやってんだって話になってしまう。

 もし彼にその理由を問われても、上手く説明できる自信は無い。

 そりゃそうだろう。私も分からないのだから。


 隙を見て屋敷を離れるしかない。

 物陰から玄関ホールの様子を伺うと、イワンは玄関扉が見える位置の椅子にどっかりと腰を下ろしていた。

 クドラクさんを撒くために走り回ったんだろう、肩で息をしている。

 くそ、あそこに居られたら出れないじゃないか――なんて思ってたら、尻を叩かれた。


「なにやってんだい。さあ、行くよ」


「へ?」


 手をガッシリと掴まれ、ずりずりと引きずられる。

 ちょ、待っ……あっちには、イワンが……!


「お帰りなさい坊ちゃん」


「テレサか。小腹が空いた!何か食べれる……物、を」


 私の姿を見るなり、彼の顔から表情が抜け落ちた。

 あんぐりと口を開けて、信じられないものを見てしまったかのようなカオだ。

 まあ、そりゃそうだろう。

 私だってイワンがルーミアス家で執事の格好をしていたら同じようなカオをする。


「はいはいただ今。その前に、新しい使用人を紹介をさせて下さいませ」


 そんなイワンと私を見て、テレサさんはどこか楽しむように告げる。


「坊ちゃんはよくご存知だとは思いますが改めて――エミリアです。私の後任として、坊ちゃん専属の使用人にしようと思っております」



「「えーーーーーー!?」」


 イワンと私の息がピッタリと合った、初めての出来事であった。


NG集


『アドバイス』


「――という訳だ。どうすれば彼と友達になれるのか、アドバイスを貰いたい」


「ヒェッヒェッヒェ。あたしから言える事は一つだけさ。それはね」


「それは……?」


「簡単さ。男なんざ惚れさせればいい。そうすりゃこっちのもんさ」


「あんた一体どんな人生を送ってきたんだ」

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