第17話
「災難でしたね、アリアナ様」
「だ、誰のせいだと思ってんのよ!」
「私の制止も聞かずに暴れ続けたご自分のせいでは?」
「……ふぅ。お、落ち着くのよ、私。……このままだと、また、さっきの二の舞になるわ。だから、落ち着くのよ」
学食を追い出されてしまい、朝食同様昼食まで抜きになってしまったアリアナは胸に手を置き、深呼吸をする……と同時に、ぐぅ〜とお腹の音が鳴っていた。
「っ……な、何よ。し、仕方ないでしょ!」
そんな姿をジーッと見ていると、別に何も言ってないのに、アリアナは顔を真っ赤にしながらそう言ってきた。
「そ、そういえばあんた! あとのお金はどうしたのよ! 返しなさいよ! さっきのじゃ明らかに少ないじゃない!」
あ、気がついてたのか。
でも、それは無理な話だ。
なぜなら、残りのお金は昨日俺が食った現世の飯を買うのに使ってしまったからな。当然手元にはもう無い。
「私も返したいのは山々なのですが……もう使ってしまったので、それは無理な話ですね」
少し迷った結果、俺は正直に言うことにした。
今のアリアナの雰囲気からして、さっきの件についてもまだまだ怒っているみたいだし、変にはぐらかしても納得することは無いだろうと判断したからだ。
まぁ、はぐらかしてたらはぐらかしてたで面白い反応をしてくれてそうだから、どっちでも良かったんだけどな。
「……は? う、嘘おっしゃい! あんた! ずっと私と一緒にいたじゃない! いつ使ったっていうのよ!」
「あるじゃないですか。私とアリアナ様が一緒にいなかった時が」
本気で気がついていないのか?
いや、違うか。短い時間だったし、そんな時間でお金を使えると思ってないだけか。
実際、嘘だしな。
俺が金を使ったのは昨日の夜だし。
「アリアナ様がお手洗いに行く際、私は一緒ではありませんよ? どうしてもついてきて欲しいと仰るのでしたら、仕方がないので、ついて行って差し上げますが」
「ッ、こ、こ、この……変態悪魔! つ、ついてきていいわけないでしょ!!! そ、それに! あ、あんな少しの時間で私のお金を使えるわけないじゃない!」
「? あぁ、そういえば、アリアナ様には言っていませんでしたね。私、実は空間属性の魔法が使えるのですよ」
現世の世界でも同じ呼び方なのかは知らないが、俺は小首を傾げてから、今気がついたとばかりにわざとらしくそう言った。
「く、空間属性……? 何よそれ」
アリアナは空間属性を知らない、と。
……少なくとも、俺は現世の世界に空間属性が存在していたことを何千年か前に悪魔の世界から確認している。
つまり、呼び名が違うってことなんだろう。
「簡単に言えば、少し離れた場所に転移をしたり、何も無い空間に物を入れ、それを持ち運べたりする魔法ですね」
「はぁ? そんな魔法、あるわけないじゃない。嘘をつくのなら、もっとマシな嘘をつきなさいよ」
アリアナは呆れた様子でそう言ってきた。
しかもさっきまでの怒りが引いていく程にまで呆れた様子だ。
……これは、呼び名が違う訳じゃないのか?
いや、呼び名は違うのかもだが、少なくともアリアナは本当に空間属性の魔法を知らないみたいだ。
何千年という時間で失われてしまったのか、秘匿でもされているのか、それとも単にアリアナに知識が無いだけなのか……考えても分かることでは無いな。
……というか、よくよく思い返してみれば、あの時悪魔の世界から見た空間属性の魔法を使ってた生物は人型でありつつも人間では無かった気がする。
アリアナ個人に知識が無い訳じゃなく、人間自体に知識が無い可能性すらあるのか。
……ま、今はいいか。
それよりアリアナのこの呆れて「やれやれ」とでも言い出しそうな表情がシンプルにウザったい。
それをどうにかするのが先だ。
「仕方ないですね」
「何がよ──ッ、そ、それ……」
アリアナの視線がちゃんとこっちにあるのを確認してから、俺は空間属性の魔法を使い、昨日適当な屋台で適当に買った串焼きを3本取り出してやった。
適当とはいえ、何件か屋台は回った上でわざわざ追加で買ってまで手持ちに入れておいた串焼きだ。屋台で食べたものの中じゃ1番美味かった串焼きだったりする。
何の肉かは知らない。
別に何でもいいし。
悪魔に転生する前の人間時代だったら気になったかもだけど……今は別に美味けりゃなんでも良い。
「お腹がペコペコなのでしょう? 仕方がないので、私の串焼きを分けてあげますよ。仕方がないので」
「に、2回も言わなくていいわよ! と、というか、あ、あんた、い、今どこからそれを出したのよ」
「さっき言ったばかり……あぁ、そういえば、アリアナ様は物忘れが激しいのでしたね。やはり介護の練習──」
最早何の言葉もなく拳が飛んできた。
当然避けるけど。
「それは! あんたが! 私のお金を勝手に取っていたからでしょうが!!!」
「そういえば、そうでしたね」
「あ、あんたこそ、物忘れが酷いんじゃないの? 介護が必要なんじゃないの? これじゃあ私の方こそ、介護の練習が必要かもね!」
「おや、アリアナ様はそこまでして私と一緒に居たかったのですか。ですが申し訳ありません。気持ちは大変嬉しいのですが、アリアナ様に介護などという難しいことができるとは到底思えません。介護とは、私のように慈愛の優しい心を持っていないと。アリアナ様には……ふふっ」
耳が良いアリアナなら聞こえるだろうと思い、最後に口を押さえながら小さく笑ってやった。
「も、も〜〜〜!」
すると、案の定聞こえていたみたいで、牛のモノマネ……ではなく、怒った様子でまた何度も何度も俺に向かって拳を振るってきた。
当然俺はその全てを避ける。
そうしていると、またアリアナのお腹がぐぅ〜と鳴った。
アリアナの動きが止まり、視線が俺の持っているまだ湯気の出ている串焼きに固定された。
興味本位で少し横に串焼きをズラすと、アリアナの視線も動いた。
……こいつ、本当に面白いな。
「先程申し上げました通り、仕方がないので、アリアナ様にこちらは差し上げますよ。仕方がないので」
「だ、だから、2回も言わなくていいのよ!」
そう言いつつも、俺から串焼きを3本とも全部受け取るアリアナ。
「感謝してくださいね?」
「あ、ありが……って、これ! 私のお金で買ったやつじゃない! しかも勝手に! 感謝なんてするわけないでしょ! しかも! 朝食……はまだいいわ。でも、昼食が食べられなくなったのは間違いなくあんたのせいでしょうが!」
「今後の課題はアリアナ様の他責思考を治すこと、と。メモメモ」
「そ、そ、そ、そんな無駄なことメモしなくていいわよ! しかもどこから取り出したのよ! そのメモ帳!」
よく喉が疲れないなぁ。
まぁ、そんなところも面白くていいか。




