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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
本編 第二章 穏やかならぬ恋

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20 さざなみ寄せて、近づく。

「ちょっと失礼しますね。ルピナス様」


 黒髪の補助司書は腰のポーチから付箋(ふせん)の束を取り出すと、次々に卓上でひらいたままの頁に挿していった。分厚い辞書も平たい地図帳も、等しくぱたんぱたんと閉じてしまう。

 あまりの手際良さに、ルピナスもミュゼルたちも一様に呆気にとられた。かろうじてルピナスだけが控えめな抗議の声を上げる。



「あの……司書殿? すみません。まだ調べ物が」


「いいえ。お仕事熱心なのは結構ですが、せっかく公爵家の方々がいらっしゃったのですから。しかも、朝からずっと詰めたまま。お食事も摂っていらっしゃらなかったでしょう?」


「あ、そうですね。そう言えば」



(……)

 ミュゼルはレナードとともに二人のやり取りを眺めていたが、ちょっと気付いてしまった。

 あの、序列に関してはひどく几帳面なソラシアが――?



「なるほどね」


「お兄様?」



 ふっ、と笑む気配がして隣を仰ぐと、兄が目を据わらせている。

 その意外な迫力と剣呑さに、ミュゼルは思わず半歩後ずさった。

 レナードはそんな妹に視線を和らげて片目を瞑ると、やあ、と気軽な調子で机へ近づいて行った。



「お邪魔してすまないね、ルピナス殿」


「いいえ。でも、どうしてここに?」


「さ〜あ、どうしてかなぁ。ね、ミュゼル?」

「!!! えっ? あああの、わたくし?」



 急に話を振られてわたわたと慌てると、ソラシアにくすっと笑われた。

 透き通って嫌味のない、天女のような微笑みだった。



「皆様、よろしければ館内のカフェにご案内しましょうか。お喋りはぜひ、そちらで」


「あ、はい。ごめんなさい」

「頼みます」

「ありがとう」



 ――――……解せん。

 なぜか、場を騒がせた張本人のレナードがいちばん悠々としている。

 ひとまず、一行はたおやかな司書殿に続いて場を移した。




   *   *   *




 カフェは館内ではあるものの、近年増設された新しいもの。半ば温室のようなドーム状の硝子(ガラス)屋根の下、ちょっとした花々も植えられている。

 ドームの裏手は公園になっており、疲れた目を癒すには最適な空間だった。


 給仕の女中がやや畏まりながら四名を奥まった場所へと案内する。他の客とはほどよく距離をとれる席で、簡易の間仕切り付き。日当たりもちょうどよく、ぽかぽかと心地いい。


 ソラシアは着席した三名を見届け、ではごゆっくり、と立ち去った。

 そつのない淑女の礼。さらりと揺れる黒髪。それらの印象がうつくしく映えて、ミュゼルの胸の(うち)に、ほんの少しの小波(さざなみ)をたてる。


 が、それはあくまでも自分のなかの問題。今このときは些細なこと。

 ミュゼルは気を取り直し、運ばれてきた紅茶としっとりしたパウンドケーキに癒されつつ、王都からのお客人――ルピナスに向かい合った。



「ねえ、聞きたいことが増えちゃったわ。どうしてあなた、ソラシア嬢に素性を隠したの? 彼女、すっかりあなたを王都の騎士だと思ってるじゃない」


「ソラシア?」


「さっきのかたよ。黒髪の」


「……あぁ、司書殿。いや、とくに訊かれなかったし。

 それより、いちいち調べ物に身分をとやかく言われないっていいね、大図書館(ここ)。北都はどっちかっていうと魔獣関連産業ばかりが潤ってて。ハンターギルドと一般民、貴族層の隔絶が激しいから、小さいのがばらばらなんだ。こういう施設も充実させたいな」


「いや、そうじゃなく………………って、あれ??

 おかしいな。間違ったことは言ってない……だと?」



 レナードは心底ふしぎそうに珈琲のカップを傾けている。

 ルピナスは、申し訳なさそうに眉をひそめた。



「あの。大事(おおごと)にしたくなかった、というのはもちろんありますが。名乗ったほうが良かったですか? そのときは受付で老司書殿もいらして。滞在先を尋ねられたので、後ろ盾ははっきりしたほうがいいかと、エスト家の名を出しました」


「ああ、それは構わない。きみが職務上必要と判断して東公家(うち)の名を出すのは、エスティアではむしろ正しい。何事も、最も早く済む」


「よかった。ありがとうございます。

 ――で、ミュゼル? 他の『聞きたいこと』って?」


「う」



 カチャ、と合図のようにフォークが鳴る。

 見た目によらず健啖家らしいルピナスは、春野菜のパスタとかぼちゃのポタージュを行儀よく平らげたあと、ナプキンで口元を拭きながらこちらを見た。


(憎ったらしいくらい、平常心なのよね……)


 ミュゼルは、ふう、と溜め息をつく。

 わけもなくその綺麗なほっぺたを(つね)りたくなる衝動を抑え、あきらめてそっと顔を寄せた。

 なお、にわかに近付いた客分と妹に、レナードはムッと眉を寄せる。



「じゃあ、二つ目の質問ね。いったい()()そんなに調べてたの? わたしたちには聞けないようなこと? そもそも、殿下のお墨付きがあるならうちの騎士団も動かせるわ。彼らに任せてもいいのに」


「! それは…………ごめん。決して、きみたちを軽んじてたわけじゃないんだ。東公領騎士団のことも信頼してる。ただ、昨夜の思いつきを検証するには圧倒的知識不足で。それで必死に補充を」


「思いつき?」


「え……ええと」



 問われたルピナスは、ばつが悪そうに頭を搔いた。 

 じつは――と、難しい顔をする。



「覚えてる? 売人の女。あいつ、単身でうろついてたのも怪しいけど、品の出どころも怪しいと思ったんだ。王都や東都じゃ、もう結構な数が出回ってるのに。在庫はたっぷりあって、どれだけでも都合をつけられるような口ぶりだった」


「あ!? そうね。そう言えば」


「きみたちの仮説通り『あれ』がアデラ製なら、船で運ばなきゃならない。でも、その気配がない」


「うん、うん」


「最初は船だったかもしれないがね。いまは違うと?」


「ええ。レナード殿」



 書架での剣呑さはどこへやら、いまは同じ目的のためにレナードも真剣になっている。

 ルピナスは一つ頷くと、真摯に二人を見つめ返した。



「レナード殿は外遊で、かの大陸に渡っておいででしたね。今夜は色々と聞かせてください。ミュゼル、きみも同席して」


「えっ!? いいの?」


「もちろんだよ」

「おいおい、ルピナス殿」



 妹大事なレナードは気色ばんだが、ルピナスは確固として讓らなかった。真面目そのもののまなざしでミュゼルの手を握る。



「!!! こらっ。何を」


「ミュゼル。協力してほしい。危険な目には遭わせないと約束する。今度はちゃんと『東公家の姫』として付き合ってほしいんだ」


「!」



 どきん、と心臓が跳ねて、ミュゼルは驚いた。

 穴が空くほどルピナスの顔を見つめた。

 ルピナスは、それを受け止めた。




「おそらく、近隣のどこかに王都への中継地か商品の精製地がある。トール王子は言ってた。()()()()()()()()()()()、と。

 あいつは、騎士たちが来る前に逃げおおせてしかも門をくぐらなかった。

 あるんじゃないか? そういう場所。たとえば海沿いの村で。――隠していた小舟で、向かえるような」



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― 新着の感想 ―
[一言] ルピナスきゅんは天然やなぁ( ˘ω˘ )
[良い点] 「~今度はちゃんと『東公家の姫』としてつきあってほしいんだ」 天然万歳ッ! 相手の解釈次第では、プロポーズだと解釈されても仕方がない熱い台詞! これだから、天然ジゴロはよぉ!(ヒガンデナ…
[一言] くっ、自覚はミュゼたんのが早目か……ッ! だがこれはこれで美味しい!!ときめく!! でも最終的にルピナスの気持ちがミュゼたんより勝って欲しいという希望をさり気なく(さり気なく?)述べてみた…
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