31.本当の友達
部屋には二人だけで、沈黙が流れる。そっと視線をスーに向けると、しっかりと目が合って反射的に頭を下げた。
「ごめん!」
「ごめんね!」
声が重なって聞こえて、固く閉じた目をそっと開けて頭を上げると、体を起こして上目遣いになっているスーとまた目が合う。二人とも同じことを考えていたと分かって、肩の力が抜けた。
「スー、怖くなかった? 巻き込んじゃって、ごめんね」
「ううん、私のせいだよ。王都に行こうって誘ったの、私だもの……。この国、嫌にならなかった?」
スーが不安そうな表情を見せたから、私は食い気味に否定した。
「そんなことないわ! スーこそ、人間に怖い目に遭わされたのに……」
「私は大丈夫よ。人間だって魔族だって、悪い人はいるわ。だけど、私はリリアみたいな優しくていい人間をたくさん知ってるもの」
気恥ずかしそうに笑って歯を見せるスーからは、人間への親しみが感じられて胸を撫でおろす。
「私も、スーにシェラさん、ヒュリス様に魔王様……優しくしてくれる人たちがいるから、魔族が好きよ」
「その中に私が入ってるの、恐れ多いなぁ……」
王と宰相と並べられて気が引ける気持ちは分かるけれど、ちょっと意地悪したくなった。
「え~、この中でスーが一番なのよ?」
「きゃあ! やだリリア、照れちゃう! いや、反逆を疑われる!?」
頬を押さえて恥ずかしがったかと思えば、顔を凍らせるスーの頭に何がよぎったかを察した私は、剣呑な目を向けた。
「スー……もしかして魔王様から何か言われたの? 今回のことで何か咎められたりしたなら、抗議しに行くわ」
「そんなことないよ! むしろすごく心配してくれて、今日もお休みにしてくれたし……。ただちょっと、私のほうがリリアと仲が良さそうなのを気にしていらしただけで……」
スーは慌てて否定したのだけど、話すにつれて徐々に視線が遠くなっていった。
「ねえ、何を言われたの?」
ちょっと声が怖くなってしまった。大切な友達を怖がらせてはいけないと、完璧令嬢の微笑を作れば、スーが半笑いのまま固まった。あははと乾いた笑い声に続いて、「えっとね」と昨日の話をしてくれる。
「昨日、城の医務室で目が覚めた私の下を訪れて、怪我がなくてよかったと声をかけてくださったの。あんなに至近距離で魔王様と話したの初めてだったから緊張した~」
思い出してまた緊張したのか、一息と紅茶を飲んだスーはへへっと恥ずかしそうに笑う。
「だから、あまりうまくお答えできなかったんだけど、リリアが私をすごく心配してることも伝えてくださって。その時に、羨ましそうだったというか、寂しそうだったというか……これ不敬!?」
「私しか聞いていないから大丈……夫」
じゃなかった。あっと気づいて、視線だけを動かして部屋を探ると正面の棚に置物の一つですという顔で浮いている水晶が……。
あのストーカー魔王! シェラを見習って気を使いなさいよ!
朝現れてからそのままだったのだろう。私が拒否しなかったのをいいことに、帰ってからも繋げていたらしい。
カップを持つ指に力が入る。ショックなことが続いているスーにこれ以上負担はかけられないので、バレないようにあの水晶を排除しないといけない。
そうだわ! 今渡せばいいのよ!
「そうだ、スー。これ、昨日見つけて似合うと思ったから、あげるわ」
私は今思い出したような感じで、ポケットから髪飾りを出した。黄色いリボンがついた髪飾りで、フリルがついた可愛いデザインだ。
「わぁ、かわいい! いいの?」
目を輝かせて喜んでくれるスーを見ると、嬉しさがこみあげてくる。
「うん、つけてもいい?」
「お願い!」
そんな何気ないやりとりが楽しくて、私は自然と笑っていた。そして、スーの後ろに回り込んでスーから見えなくなった瞬間、水晶に向けて鋭い眼光を飛ばし、胸の前で大きくバツを作った。
出てけ!
心の叫びが伝わったのか、水晶は飛び跳ねると瞬く前に消えた。まるで驚いた魔王が肩を跳ねさせたようだった。
本当にずっと見てたのね……。あとで、文句を言って、条件に誰かが部屋を訪ねた時も覗かないって加えよう。
事前にシェラとヒュリス様に根回しをして味方につけるのも忘れない。
ともかく、今は部屋から邪魔者がいなくなったので、スーが二つくくりにしている髪留めの紐に髪飾りを差し込んだ。ちゃんと二つ買ってある。そして、近くの棚にあった手鏡を渡して、私は席に戻った。
「わぁ、すてき! ありがとう! 私もまた何か贈り物するね」
「気にしないで。これはこれからもよろしくっていう私の気持ちだから」
「それなら、今度一緒に服を見に行きましょ!」
「もちろん!」
リボンの髪飾りを付けたスーは可愛さが何倍にも増していて、もっと似合う物を贈りたくなる。働く意欲がますます沸いた。
友達って最高! スーに似合う服もプレゼントしたくなるわ。
どんな服が好きかとワイワイおしゃべりしながらそんなことを思うと同時に、ふと前に見た魔王が私に贈るドレスを詰めこんだ部屋が脳裏に浮かんだ。
……え、まさか、これが魔王の気持ち?
分かりたくないわと軽く慄いていると、外からドンドンと乾いた音が二回聞こえた。二人して窓の外に視線を向けてから、顔を見合わせる。
「珍しい、軍が演習でもしてるのかな?」
「そ、そうかもしれないわね……」
たしかに何かの術の練習かもしれないが、最初に思い浮かんだのは魔王による花火で……。
まだ見てるんじゃないでしょうね! 絶対にスーとの邪魔をしないように約束させるわ!
私はスーとの楽しい会話に相づちを打ちながら、魔王に立ち向かう意思を固めるのだった。




