二時限目『 ヴァンパイア 』
□□SS アルカンドラスは首にされたくない □□
「うううううう」
(………ひひひひ)
「う″う″う″う″う″」
(……………ふへへへへ)
「んく″んむむむ……む?」
(………………………さぁて♡)
「どふぁああ⁉️
── なななななななにしてますか、あなた、いったいなにを。 げ、ゲルダ=ハオス様!?」
暗い部屋に、なりふりかまわない悲鳴があがった。
寄るな! 来るな! だれかぁ!!
わめく金髪青年の名は── アルカンドラス。
しかし、かれの手足はびくりとも動かない。奇妙なかたちの寝台に横たわったまま、首から下がかたく、大理石のように凍っていた。
ふりたくる頭の、金髪の先から細かな霜が飛んだ、
だが、そのくらいのことは後回し。
アルカンドラスは、目覚めるなり至近距離にあった『脅威』に震え上がっていた。
とろけそうな女の笑顔── 脳内のお花畑しか見えていない感じの陶然とした表情は、アルカンドラスの狂態を気にもしない。
「おやおやおやおやぁ?
── うれしいじゃあないかぁ」
…… へらり、と目を細める。
「アルカンドラス君は、ついに一目で『我ら』を見分けられるようになったのか。すごいねぇ、えらいねぇ。
そうさ、当たりだ、ゲルダさんだ。さすがは吸血おぅ「…あのデスな」 ……んんん? なにかね」
言葉をさえぎられても上機嫌だ。
「まず、その手の注射器とコバルトブルーに光る中身を説明していただけますかな。できれば、どこかに投げ捨てた後で」
「── あと我輩、貴方がたを見分けておりません。
危険な任務で倒れた部下に、無断で、笑顔で、そんな蛍光液を打とするのはゲルダ様にちがいないです。絶対に」
「ふむふむ、絶対 ?─── いいねぇ。
アルカンドラス君は、未明の闇を行く智の旅人、混沌に分け入る探求者だ。そうだろぅ?
そんな君に『絶対』と断言できる存在があって。しかも、それが他ならぬワタシとは、ふは、ふはははははははははは☆
光栄だね」
「うっとり、注射液見ながら、なに適当言ってやが ── いや、だから、来るな! 来ないで!!
お願い! いま動けないので、ホント、いつもに増して怖いんですけどもぉ❗️」
「なんだい、失礼だね。
仕事のせいで『また』首だけになったから、不自然を解決してあげようというのに」
「いえ、首だけって。身体はありますから!凍ってますけども!
例の山の冷凍睡眠施設の爆発で、おかしな魔力と呪詛を食らって、ええ、今は首以外、冷凍ヴァンパイア。
しかし!!!
ミラクルゴージャスなストロングパワーは、呪いっぽい凍気を押し返し、肉体を取り戻すのは時間の問d──、」
「もったいないだろう」
────── 女の気配が変わった。
「へ? 」
「『フロスト・ヴァンパイア』 アルカンドラス」
ちゅっ、と。ナゾの光る液体が、注射器の針先から跳んだ。
「知恵ある不死者すら侵食する、ナゾの自己増殖型凍結魔術。いや、凍結呪詛か?
こいつは偶発的人工物だ。
君のいう『呪いっぽい凍気』はな、二度とお目にかかれないオンリーワンの逸品さ。大規模魔術施設の暴走事故の爆心、無秩序の極みでなければ生まれなかった。
データ取りだけで終わらせるなんてもったない」
「……今、データ取っているんですか」
返事はない。
すい、と迫った針先の向こうに真摯な顔があった。
悪意はない。害意も、殺意もない。
凶暴な好奇心しかない。
「首だけでもがいる君、その拮抗を『侵蝕優位』に振りもどそう」
……どんなものか知らないから、どうなるか知りたい。危険な知的探究心で目が輝いていた。静かに狂っていた。
「吸血王、あらため、氷のハイキング。
── アルカンドラス君。わたしと実験して『フロスト・ヴァンパイア』の始祖になってみようよ」
****
「逃げようがない……もうダメかと思った」
「苦労していたのだな」
「いまでも夢に出るからして」
「そうか、元気を出すとよい」
── 太い指でひょいとテーブルの上の金属パーツをつまむ。
牛頭の大男は、それを自分の手もとの塊へと迷いない動きでつないだ。話の続きをせかす様子はない。
ゲルダのほかの二人の姉妹が、高位アンデッドの意図的な変性、などといういかがわしい実験を黙認する訳がないからだ。
おまえは夜寝るのか、というツッコミさえしない。
金髪の青年と牛頭の大男。
ふたりがかこむテーブルの天板は、牛男が大の字でねそべってもゆとりある広さで、小さなブロック状にバラけた機械部品が山と積まれていた。
まるでパズルだ、同じ形はひとつもないようだ。
なんでも、人間の秘密武装組織が再起動させた古代の遺物で。戦闘で崩壊して放棄されたので、ひそかに拾い集めて来たそうだ。── ご苦労な話だ。
ふたりは、ろくな説明も無しに部品の山を押し付けられ、この部屋に入れられ、「組み立て」を命じられ。最後にそんな補足情報をよこされた。
なんの参考にもならない。
アルカンドラスはまたなにかしゃべりはじめた。手は動いていた。牛頭の大男・ミノタウルスの先輩は、酷使されたエピソードが尽きない。
それからちょうど145時間後、作業は終了した。人外のスタミナと集中力、知性と直感のたまものであった。
「マスター!!」 ── と。
(  ̄□ ̄) 復元されたヘンな人型ロボットが叫び、逃走するのはさらに7分後。扉をぶち破る動作にためらいがなかった。
アルカンドラスは自分の創作攻撃魔術を、そいつが出した正体不明の「シールド」に弾き返されてリタイア。
また首だけでゲルダと対面した。
**** 余談
ミノタウルス
「アルカンドラスは、これまで何回、任務の終わりに首になったのだ?」
アルカンドラス
「ふ、ふ、ふぅ 。おまえは今まで食べたパンの数を憶えているか?」
ミノタウルス
「ウェアバイソンはパンを食べない。パンがどうかしたか?」
****
ヴァンパイア
■種別:人間が転化した高位アンデッド
■主な出現地域:人類文明圏?
■出現数と頻度:単独、伝説的
■サイズ:人間大
■危険度;極大
■知能:高い
■人間への反応:敵対、支配
■登場エピソード:
■身体的特性とパワー
ヴァンパイアは、人間の姿をした高位のアンデッドです。
人間の生血を啜る怪物と恐れられ、さまざまな伝承や物語で怖るべき力が語られています。詩歌演劇にも取り上げられて知名度が高く、人類社会にヴァンパイアの凶行を模した殺人犯、妄想狂、崇拝者さえ生まれました。
ヴァンパイアの正体は、闇の神の分身とも邪霊に取り憑かれた罪の無き人ともいわれますが、広く伝えられているのは、自らの意志でアンデッドに転化した元人間、という話です。
高位の死霊術師や魔術師が禁忌の秘術で不老不死の存在となり、若く美しいすがたと人の記憶と人格、そして、魔獣と同等以上の超越した力をもったとされます。
かれらの転化する理由はさまざまです。
しばしば邪悪な野心や非道な探求心をもち、復讐心に取り憑かれて国家を滅ぼそうとするものもいました。そのために下位のアンデッドを従えたり、人間社会の裏切り者(吸血鬼崇拝者)と通じたりします。
特定の美しい人間の女性を狙い、外国の首都に現れたり。文明が崩壊したとても古い時代には、土地の領主となり、魔獣を斥けて人間を支配したヴァンパイアもいたそうです。
▷ヴァンパイアの能力
不死身のからだに怪力を宿し、上位の魔術(死霊術)をやすやすと使うばかりか、高い知性で独自の術すら編み出します。
さらに狼や蝙蝠への変身、隠身、霧化、催眠などの特異な能ももち、一部の伝承では、敵を自動追跡する鉄の矢を飛ばしたり、ギロチンサイズの大鎌をふるったり、一千もの下位ヴァンパイアの軍隊を率いた者もいたということです。
ヴァンパイアの性格や能力に関しては、伝承の失伝や創作の物語の影響で、実情は不明確です。
▷ヴァンパイアの吸血行為
ヴァンパイアは無敵の超人に思えますが、いくつか弱点や特異な習性があります。
その一つが有名な吸血衝動です。
不老不死のアンデッドに栄養補給は要らないはずですが、ヴァンパイアはなんの代替手段もなく吸血行為を妨げられると、次第に暴力的衝動に支配されたケダモノと化し、人格も知性も失われはじめます。
しかし、必ずしも弱体化せず、消滅もしません。
ある学者の見解では、吸血は「人の因子」を外から補給する行為です。
ヴァンパイアは、正体不明のこの因子を絶えず強化しなければ、人間の心のかたちをたもてず。生前の人格や記憶、情動が、からだに渦巻く強大な負の生命エネルギー(呪詛)に呑まれてしまうのです。
この説によれば、ヴァンパイアがことさら人間の名前や爵位を名乗ったり、品位や礼装、嗜好に固執するのも、人の因子を強める重要事です。
人間の城に住み、短命な家臣を従えたり。人間の女性に恋愛感情を示したり、自分に挑む相手を嬲るように相手するのも同じ理由とされます。
…… なお、理屈上。ヴァンパイアは人間らしい情動をはげしく掻き立てられる対象をもちつづけていれば、自分自身の因子が高揚し、吸血行為その他、非道な手段なしに呪詛に拮抗できるはずです。
大陸の東方諸国には特別な修練を重ねて、己の心を不老不死にふさわしく作り変えた「センニン」なる不死者の伝承もあります。
しかし、そのようにマイペースなヴァンパイアもセンニンも、これまで存在が確認されたことはありません。
▷ヴァンパイアの非実在
ヴァンパイアは抜群の知名度をもつ一方、人間の空想の産物、とも批判されてきました。
過去の事件をよく調べると歴史的事実が確認できなかったり、ほかの魔獣災害の特徴があったり。なかには、有名な伝承とそっくりの文芸作品が、別の土地でもっと古い時代に書かれていたりするからです。
● 『光の神々』教会の見解
教会は大陸中央に強い力をもつ、人類社会最大の宗教組織です。多くの土地で死者を弔い、安息の地を守る役目を負い、不死者を敵視してアンデッド討伐の専門組織もかかえています。
かれらの見解は、ヴァンパイアやリッチといった『知恵ある不死者』の完全否定(非実在)です。
『…不死者とは、死者の肉体が呪詛に汚染されて動き出したに過ぎない。
肉体を動かしているのは、呪詛のほか、生前の感情や欲求の残滓に過ぎず、そこに人の魂は無い』
ヴァンパイアとは幻想。人間の若返りや、死の恐怖からの解放を求める願望。魔獣の脅威を斥ける、超人に生まれ変わりたいという幼稚な妄想から生まれた悪質な虚構に過ぎない、ということです。
▷ヴァンパイアの存在を信じる者たち
ヴァンパイアの存在を信じるものは、大陸に少なくありません。
教会の強硬な否定論に反発する人々の中には、陰謀論をとなえる者もいます。ヴァンパイアが起こしたとされる事件にいち早く対応し、実在を否定する(真相を暴いて解決する)教会こそ、ヴァンパイアの情報を隠蔽し、証拠を破却している犯人だ、というわけです。
(かれらの主張する、教会の動機はさまざま)
隠蔽の黒幕を 『賢いヴァンパイア』とする意見もあります。
真に賢明なヴァンパイアは、転化した目的を達成し、人間(教会)との際限ない闘争を避けるため、自らの手で知恵ある不死者の痕跡を消し去り、偽情報をばら撒いている、と。
陰謀論の是非はともかく。ヴァンパイアへの転化に関する死霊術や、古代文明の遺産の情報は大陸の各地に遺されています。
(真偽のほどは定かではありません)
研究する者はあとを絶たず、不死を望んで資金提供する資産家や、裏の研究ネットワークが見つかることさえあります。
かれらは、伝承のヴァンパイアやリッチを過去の成功例とみなし、ある研究者は、ヴァンパイアとの直接交渉で望んで、伝承の残る街や城塞で事件を起こしました。
今のところ、ヴァンパイアと取引できた人間は確認されておらず、ヴァンパイアが捕獲されたり、大勢の人間のいる場所で存在を明らかにした事例もありません。
□関係事項
•SS・アルカンドラスは蟲を追う
https://book1.adouzi.eu.org/n3634gg/51/
小説「蜘蛛の意吐」の世界(大陸)に於いて、牛の頭をもつ亜人型魔獣は『ウェアバイソン』と呼ばれます。
ミノタウロスはその一員(個人名)です。
•ウェアバイソン(バルーンアート写真付)
https://book1.adouzi.eu.org/n3634gg/45/
•「鉄本の牛魔」ミノタウロス
https://book1.adouzi.eu.org/n3634gg/4
『例の山の冷凍睡眠施設』
… 大陸西部の寒冷地・メイモントにあらわれる「フロストゾンビ(古代人のアンデッド)」の裏設定です。
・フロストゾンビ
https://book1.adouzi.eu.org/n3634gg/35/
後書き その①
■ ヴァンパイアと、アルカンドラスに関する裏事情
【大陸】の人類社会では、ヴァンパイアはとても有名な魔性ですが、さまざまな事件が記録される一方、実在しないのでは? と疑われています。
理由は、あまりにも不確かな伝承と、数多くの創作物の影響です。
とくに、ヴァンパイアが数多くの犠牲者を生んだとされる事件はどれもかなり古く、記録や証拠が乏しく、魔獣災害や古代遺産の暴走事故とかなり事情が異なります。
(最近のヴァンパイア事件は、都会の殺人事件や地方の村のパニックの規模です)
裏の事情として、人類社会を密かに監視する存在があり。人間たちから生まれて、文明の発展を歪める「知恵ある不死者」が捕捉撃滅されて、そうなったのでした。
しかし、かれらはいくつかの理由でヴァンパイアの案件に集中できず。人類社会にも浸透しきれなかったため、ヴァンパイア化の危険な情報は回収不能なほど拡散してしまっています。
新たな出現をおさえようと偽情報を流し、監視していますが、気をゆるせない情勢です。
── もしもヴァンパイアが大規模発生し、都市や国家が席巻された場合。暗躍者たちは現時点では、大威力の古代兵器の封印を解くか戦略規模の魔法を行使し、問題の地域を広く容赦なく、人間ごと抹消するつもりです。
一方、アルカンドラスは「センニン」寄りで、心から歌曲文芸を愛し旅を楽しめる、理論上の存在だったユニークなヴァンパイアです。
(…… 移り気で忘れっぽく、下世話で奇天烈なアレンジを平気でするくせに、本気の自分の作品は見せたがらない、と、散々に言われますが)
暗躍者たちが処理を撤回した唯一の事例です。
現在、ほぼマンツーマンで上位者の監視下におかれ、かれをよく調べることで、ヴァンパイア災害の新たな切り札が見つかるのでは、と、期待されています。
もっとも、本人に、特別視されている自覚はありません。
危険な任務で酷使されて、合間の余暇が楽しみという毎日です。
○○*○○*○○
後書き(その2.)
『 戦前の日本の吸血鬼は〈女〉! 』
………吸血鬼のイメージは、日本では『女』だったらしい 。
これは、吸血鬼に関するブロマガ( 戦前の日本で吸血鬼といえば『女吸血鬼』が主流だった?)ではじめて知ったことです。
意外な話でしたが、戦前の辞書の『ヴァンパイア』の項目を、自分でもたしかめると──
『吸血鬼。他人の膏血を絞るもの。毒婦の意にも用ふ。あの女優はヴァンパイア役が十八番だ。』
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1235515/531
── と書かれていました。
別の 1935年の英和辞典は、ヴァンパイアを
『ヴァムパイアー/吸血鬼、妖婦、男を弄んで金銭を巻き上げる女』としています。
→ https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/915430/31
こちらの解説は、ヴァムパイアーは女、というニュアンスが、先の記述( 毒婦の意『にも』用ふ )より強い気がします。
(『ヴァムパイアー』の記述はページの左下隅なので、拡大して下さい)
戦前の日本では『ヴァンパイア(吸血鬼)』という言葉に、女、毒婦、妖婦のイメージが強くあり。
黒衣の貴族(♂)、西洋の夜の怪物、超自然的存在、とは必ずしもイメージされなかったことになります。
(先の解説文は、どこにも触れていません)
さらに──
1935年の「万国新語大辞典」
→ https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1235515/531
── は、当時の新語として『ヴァンプ』を『ヴァンパイアの略』と解説しています。
さらにこの辞典は「ヴァンプ女優」として「時代劇」の毒婦役で有名だった当時の日本人女優の名前を具体的に挙げています。
『ヴァンプ』は今日でも「男を惑わす、あやしげな魅力をもった女」といった意味ですが、この頃、ヴァンパイアの略と考えても正解だったことになります。
では、実際どれほど使われたのか?
この「万国新語大辞典」より2年前。
1933年に寺田寅彦は「コーヒー哲学序説」をあらわし、
『カフェーにはまだ吸血鬼の粉黛 * の香もなく…』
── 吸血鬼を、大人の化粧した女の意味で使いました。
(*; 粉黛=白粉とまゆ墨、転じて化粧)
ヴァンパイアは女。
西洋から輸入されて使われだした『ヴァンパイア・吸血鬼』の言葉が、どうして戦前の日本で「女(毒婦、妖婦)」のイメージでかたまり(かたまりかけ)。
のちに変転したのか?
機会があれば、いつかご紹介を──
__いつの日にかぁ〜 _φ( ̄  ̄ ;K _おい (⌒ ⌒ ; P




