一九時限目『 カルワリヨのアルケニー ( デミ・アルケニー )』【 写真付き 】
カルワリヨのアルケニー(デミ・アルケニー)
■種別:ケンタウロス型の昆虫(蟲)系魔獣
■主な出現地域:魔獣深森の外れ(古い伝承)
■出現数と頻度:5体 / ごくまれ;過去の伝承
(遭遇事例は一件)
■サイズ:全長約四メートル超
(胴体部のみの体長・約二メートル)
■危険度:中(女王の群れは大?)
■知能:動物なみ?
■人間への反応:攻撃
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
「カルワリヨのアルケニー(城都のアルケニー)」は、大陸の古い伝承の人食い魔獣です。
大陸西部は、未探索領域『魔獣深森』に臨む危険の多い土地です。人類の文明圏といいながら、スピルードル王国などの『盾の三国』成立まで短命な中小の国が乱立し、中央諸国や教会の飛び地、武装勢力の支配地、開拓地が入り混じった不安定な社会でした。
伝承は約 500年前、突如、城塞都市カルワリヨを半人半獣(蟲)のアルケニーが襲い、国王以下の要人を殺戮し、城都の民に暴虐をはたらいたという事件です。凄惨な人喰いが大陸全土に伝わり、文芸や歌劇、絵画のモチーフになりました。
しかし最近、カルワリヨの古記録を再調査したところ、ケンタウロス型の蟲系魔獣のスケッチ(二十数点)をはじめとした新資料がみつかり、妖しい女の人蜘蛛のアルケニーとはちがう魔獣とわかりました。
カルワリヨの伝承の怪物は、現在『デミ・アルケニー』と仮称されて調査が進められています。
▷ 外見的特徴(再調査の情報より)
大陸諸国に知られた伝承では、おそろしい魔女のアルケニーでしたが、実際は蟲系魔獣で女王個体を中心にした五体の小集団でした(後述)。
みためは、人が巨大昆虫にまたがったようなシルエットで、白系と灰色のかたい甲殻におおわれてやわらかい皮膚や毛皮はありません。
上体は、昆虫の眼のならんだ無毛の頭に、二本腕は肘(関節)が二つあります。先端は大爪で手指はありません。
腰から下は大きく、蜘蛛とも蟹ともつかない体に長い脚(三対・六本)で、なめらかに地面を走り素早く壁や樹木に登りました。
▷ 戦闘
「カルワリヨのアルケニー」は、軍隊や王侯貴族の護衛剣士、魔獣ハンターを散々に破ったとされます。再調査においても、当時の目撃談や戦闘記録、治療記録が確認されました。)
しかし、猛毒の霧や爆炎の魔法を操り、巨大な巣網を使った話は、すべて後世の創作らしく情報は残されていません。
おもな武器は腕と脚の大きな爪でした。斬撃、刺突でダメージを与え、怪力を宿した六本足で武装兵を蹴り飛ばすこともありました。
捕らえた人間(子ども)に麻痺毒をつかい、魔獣の上体(口器か両手の爪)に毒腺があったようです。接近戦の最中、毒を使った様子はありません。
相手に反撃の猶予を与えず、スピードとパワーで制圧する近接戦闘(狩り)を得意とし、異常な手数と正確さで多人数の敵も倒しました。
からだから強い糸をつくり、アクロバットな高所の動きを補助して獲物を拘束しました。一方、粘着する糸を出したり、罠の巣網を使った情報は残されていません。
かわった特徴として、 原始的なカムフラージュ能力をもっていました。
白や灰色の全身の甲殻を、目立たない濃茶や黒系色に変えるもので、近くにいる人の目は欺けませんが、悪天候の暗がりや夜闇だと見つけにくくなりました。
戦闘時、急に自分のからだの色合いを変えることで、からだの輪郭や距離感、動く方向を誤認させて、敵を撹乱することもありました。
▷ 『見えない縛り』、あるいは『かたちない腕』
よく知られた伝承から抜け落ちた奇妙な攻撃です。
デミ・アルケニーから離れた場所で、人間が『みえない力』に捕まって引き寄せられたり、地面にねじ伏せられたというもので。わずか数秒でしたが、抵抗できないほど強かったということです。
魔術師や弩兵が防塞の胸壁の陰で待ち伏せしたところ、空中へ引きずり出され、墜落死させられたと。
攻撃の正体はわからず、民衆に広まる伝承から早い時期にエピソードが消えました。同時に「なにかあやしい力を使ったらしい」と噂になって、毒や魔法や糸罠のエピソードが生まれるきっかけになりました。
古代魔術文明には、念動力(PK)とも呼ばれた力学系魔術が存在し、謎の力は何かの固有魔法だった可能性があります。
[ 魔獣研究者ルブセィラの、指導用教科書の書き込み ]
…… カルワリヨの事件で念動力?は、使われるときと使わないときがありました。建物の柱をへし折るほど力強いときと、そうでないときもあり。デミ・アルケニーの個々の力では無く、どうやら女王ありき。それも、魔獣の数によって威力が増したようですね。
核となる女王と、複製のような従属個体たち。
集団で大きな魔法回路をつくった? まさか、そんな…… 群れで同調して発動する魔法なんて、聞いたことありません。
── しかし、もしも。群れに加わる個体が増えるほど力が増すなら…… 上限はあるのでしょうか?
■ 履歴(伝承)
「カルワリヨのアルケニー(デミ・アルケニー)」は、魔獣深森の外れにあらわれました。
のちの時代(とくに盾の三国の成立後)、人類は魔獣深森の辺部と開拓地の活動を強めましたが、新たな遭遇は報告されていません。理由は不明です。
伝承によると、人類の文明圏にあった城塞都市を襲ったきっかけは、オーガ討伐でした。
後世の教会説話は《 放たれた毒矢のように、魔の森から蜘蛛の魔女が走り出た 》、と。魔獣ははじめから侵攻を目論んでいたと説いています。
実際は、カルワリヨの国王が人食い巨人討伐を王弟に命じ。王弟が配下を率いて魔獣深森の中へ進んで、オーガの根城を襲っていたアルケニー擬きと遭遇しました。
王弟はこのとき、漁夫の利を得るかたちで、オーガの屍を無謀にも奪い取りました。王弟は兄王にうとまれていて、オーガ討伐の証を持ち帰らないと処刑されるところだったといわれます。いずれにせよ、未知の魔獣は奪われた獲物を追って城塞都市カルワリヨを襲いました。
この時王宮の地下階では、宿主の屍から十数体の魔獣の幼体が湧き出し、王国の騎士たちに殺戮されていました。教会説話は、すべて人蜘蛛の魔獣の卑劣な偽計で。正しき信仰の騎士(王弟)を欺いてしもべを運ばせて、内から城塞都市を混乱させ易々、攻め入ったとします。
ある貴族の手記によると、最初の襲撃で居合わせた国王が惨殺され、側近や有力者も被害にあいました。魔獣は王宮の堅牢な造りにたより締め出すように斥けたものの、すぐにすがたを見失い、都市内部で神出鬼没の殺戮を許すことになります。
悪天候のもとで昼夜を問わず人が襲われ、子どもがさらわれ、犠牲者の亡骸は街の通り、民家の中、貴族の屋敷の屋根上にまで放り出されます。
住民の一部はパニックにおちいり、都市の外へ遮二無二逃げ出して遭難死し。堅牢な建物に立て籠もった末、都市火災の広がりにのまれる者たちもいました。
デミ・アルケニーは三日三晩、カルワリヨを荒らした後、三度目の朝、突然、都市の広場に死骸が晒されて事件は終息しました。
討伐の経緯はよくわかっていません。
功労者は名乗り出ず、魔獣の死骸は人々に死亡確認させるようにおかれた後、数刻で持ち去られました。現在まで、討伐の様子も死骸の行方も謎です。
その後、都市のほぼ全域で人食いや大量殺人、攫った子どもに卵を産み付けて死なせていた事実が確認されて、人々を恐怖させました。
当時の中央教会が教書に取り上げるなど、事件は人類圏の注目を集め、絵画も描かれています。
代表作はその名も「カルワリヨのアルケニー」で、黒霧をまとった魔女の人蜘蛛が妖しい笑みをうかべ、夜空を背景にして、火の手が広がる街を見下ろす構図でした。
▷ 改竄?
この事件は、伝承の魔獣・アルケニーの脅威を人々に強く印象づけました。
それだけに今世の再調査・再発見で疑問視されたのは、しっかりした一次資料がまとめられて、スケッチまで描かれて、中央諸国には写本が渡された形跡さえあったのに。なぜ、広く知られたイメージが事実と乖離したか、でした。
今のところ、意図した隠蔽・改ざんは確認されていません。はじめに「カルワリヨのアルケニー」と呼ばれため、いつの間にか、当時既にあったアルケニーの伝承によせて、不特定の学者が「整えた」と考えられています。
♢『カルワリヨの七星』
カルワリヨの事件はいくつもの文芸作品のモチーフになりました。最高傑作とされる『カルワリヨの七星』は、正体不明の名もなき討伐者たちとアルケニーの死闘を大胆に脚色した娯楽小説で、大陸諸国で絶大な人気をよびました。演劇や絵本もつくられ、派生小説も書かれています。
終盤、最悪の魔女のアルケニーを追いつめながら、次々、個性的な勇士が倒れてゆき。最後に、最も未熟で若い勇士が一騎討ちを挑む展開は、その後の文芸作品に大きな影響を与え、盗作騒動すら起こりました。
この作品のアルケニーは、おそろしい魔法で嵐を呼び、城門を巣網で封じる強大な魔物でした。悪辣、傲慢、冷酷に都市の住民を追いつめ餌食(そして、卵の宿主)にしてゆきます。娯楽作品の迫真の描写は、アルケニーを滅すべき邪悪と強く印象付けるものでしたが、魔獣災害の対処の面では問題がありました。
活劇の要素を強めるためか、討伐者の戦力は剣技や格闘術に偏り、物理ダメージの攻撃魔法を『気合』でやり過ごすような荒唐無稽なシーンさえありました。
(もちろん、文芸作品は啓蒙目的で書かれないので、現実の脅威への対処と一般のイメージの乖離は、学者や為政者の努力不足、認識不足が主因です)
蟲の新種の魔獣の存在は、意図せず歴史から消えました。
すがたかたちのほか、文芸作品からも抜け落ちた情報として。カルワリヨにあらわれた魔獣は単独ではなく五体だったこと、『女王』の大柄な一体とそれに従う四体から成る一個の群れだったこと、そして、蜂や蟻の巣作りを思わせる動きが見られたことがあげられます。
最も重要なのは、人間(子ども)への産卵です。
アルケニーに攫われた子どもたちは(光の精霊の加護、あるいは慈悲により)十人とも二十人ともいわれる全員、眠る様な最後を迎えたとされています。しかし、一次資料は三人の幼児が生きつづけて。うち一人が、自分の子どもを守ろうとする有力者に匿われたことを伝えています。
デミ・アルケニーの死骸が持ち去られたさい、生き残った子どもたちも全員失踪しました。謎の討伐者の仕業と噂されましたが、死骸と同様、子どもの消息は不明です。
当時の事件関係者は「子ども殺し」を討伐者にさせたと考え、事実を書類に記録するに止めて、ことさら口に出して話を広めない態度をとりました。
[ 魔獣研究者・ルブセィラの書き込み ]
…… 魔法、念動力……見えない長い手。
デミ・アルケニーが集団で強い魔法を行使して、仮に、力が規模に応じて増すとしたら……上位魔獣に迫るものなら。かれらは魔獣深森の奥地にとどまろうとするはず…… 豊かな魔力で自由に魔法をふるえる場所だから。
── しかし、かれらは亜人や人間に産卵。
── 人であふれた世界は格好の狩場、だったら、群れで舞いもどって来る?
いえ、もし、集団魔法がつながる数で増力するだけでなく、個体の特性やつながり方…、配列や陣形で『よりすぐれた回路』をつくれるとしたら。群れからより遠くへ、より正確に繊細に力を及ぼせる魔法を編み出せるなら?
人類の文明圏の真っ只中に生じた魔蟲新森。
「子ども狩り」の黒い怪物の噂 ……
異常加速でまわりの人里に落着していた、特化個体……
あれは、もしや ──、すでに次の段階?
デミ・アルケニーの進化した女王は、とっくに「しもべ」を外へ放っていた? 遠くまで人類領域を偵察・・・ 魔蟲新森にひそんだまま、今、
人狩りの適地を、見定めようとしている??
[ 正体不明の人物の 書き足し ]
…… すごいねぇ。ひとりの閃きでそこまで届くとは。きみの脳髄どうなってるのかな、欲しくなっちゃいそうだよぉ。 だから、さ。 閃きをだれに話すか、どこへ書き残すのかよほど気をつけておくれよ。
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■最近の動き 〜 「黒い背高の男」
デミ・アルケニーの再発見のきっかけは、中央諸国で起きた子どもの連続失踪でした。
当初人間の犯行が疑われ、事件に前後して『黒い背高の男(ロングシャドウ、スレンダーシャドウ)』と呼ばれる人攫いの噂が広まりました。
しかし、魔蟲新森の外れで、偶然、未知のヒトガタの魔獣の屍が発見されて、すぐそばで瀕死の子どもが保護されたことから、新たな魔獣災害と認定されました。
デミ・アルケニーの再発見は、子どもをさらう未知の蟲系魔獣の情報を求めて、古い記録を調べたときの出来事でした。
誘拐魔獣「ロングシャドウ」と、古い時代の「デミ・アルケニー」の関係性は、今のところ明確ではありません。現在、さらなる調査と分析が進められています。




