一八時限目『 コオニ (付記;鬼と呼ばれたものたち)』
□□ SS □□ 東にひそむもの
・・・・・・・「蜘蛛の意吐」本編のネタバレ有ります
◎ 西の聖都の魔獣学者・ルブセィラの独白
── 東方から送られて来た魔獣の資料、一通り目を通せました。どの文献も、どの標本もとても興味深い。
それにしても、東方もこちらの魔獣災害の情報が欲しいようですね。スピルードル王国の王都へ、王立魔獣研究院との情報交換の申し入れがあったとエルアーリュ王子から連絡がありました。
やはり、魔蟲新森の出現が衝撃なのでしょう。
大陸の中央部の人の領域へ、突然に地下から魔獣の森がわき上がり、小国が呑まれ、守護四大国のひとつが事実上崩壊しました。前代未聞の魔獣災害です。しかも、未だに原因不明となれば、次は自分のところかも知れないと考えるでしょう。
そして、スピルードルの西方の魔獣深森の魔獣が、魔蟲新森の魔獣と類似する、というのは調べれば解ることです。
… 逆に言えば、大陸東方の魔獣はほかとは異なるようですね。
東の国で猛威をふるうオニは、オーガの別名と単純に考えていましたが違ったようです。コオニという亜人型魔獣も奇妙です。
これまでゴブリンの系統とみていましたが、東方からの資料にコオニの群れがオニに従う話がありました。
種の違う亜人型魔獣が徒党を組むなど、魔獣深森では例がありません。とすると、コオニとはゴブリンでは無くオニの系統、オニの亜種と考えられます。
東の国に、オニの名を冠した強い魔獣が多いのは、過去の歴史から来た住民の恐怖意識が原因の名付けの偏り…ではなく。本当にオニの系統の勢力が強く、多種多様な力をもつということですか。
アシュラの大乱『国崩し』は、もしや、単に運に見離された小国の魔獣災害ではなく──
闇の母神と深都が関わった、魔獣深森と魔蟲新森には共通性があること。東方の魔獣がほかとどこか異質なこと。── そこから考えられるのは、大陸東方は闇の母神の影響が限られる、あるいは影響の外だということです。
古代魔術文明に創造された『人造の神』── 闇の母神。同種同格の存在が、もしや東にもうひと柱?
ですが、困りましたね。闇の母神も深都も秘中の秘。スピルードル王家とウィラーイン家の外に漏らすわけに行かない。
衆知を集めた討議は叶いません。
深都を知る者が増えれば、在り処を探ろうとする者が必ずあらわれるでしょう。また、魔獣深森で遭難したとき、力ある者は、破れかぶれで深都を目指すかも知れません。今回の災害で国を滅ぼされた人々など、自滅覚悟で奥地に踏み込む可能性さえあります。
半端な情報が混乱を生み、要らぬ刺激が第二第三の魔蟲新森の誕生につながりかねないなら、そんな危険は冒せない。
……私がこんな風に考えるようになるとは。
心を探求の喜びに任せて、ただただ研究していた頃から、だいぶ歳をとったということでしょうか。それとも、神秘というものの奥底を幾つか知ってしまったからでしょうか。
○○○○○○
コオニ
■種別:小人の亜人型下位魔獣(東の国のオーガ系下位亜種)
■主な出現地域:東の国の山野
■出現数と頻度:5〜15頭(血族集団 )/ ふつう
■サイズ:体長1.2〜1.5メートル
■危険度:小(単独)
■知能:人間の子供なみ
■人間への反応:敵対〜攻撃
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
コオニはオーガ系魔獣で、東の国に固有の亜種(劣化種)です。大陸各地のゴブリンのように小柄で、頭(額)に短いツノが生えています。
醜い顔に黒や赤茶系の蓬髪。やや腕が長く、みためは大ザルのようで、かたい毛深い肌に粗悪な毛皮やボロの衣をまといます。ゴブリンより大柄で力があり、突然、高い木や屋根の上に跳び上がったりしますが、敏捷性そのものは低く不器用です。
武器は石刃の短槍や斧、棍棒を使い、人間から奪った鉄剣をもつものもいます。素手の取っ組み合いも侮れず、甲冑姿の成人男性を投げとばした事例もあります。
コオニは、なぜかオーガ系の狂的な闘争心に取り憑かれないようです。成獣は狡猾で勘が鋭く、手強そうな相手や多人数の集団とみると躊躇無く逃げます。
このため、よく臆病で弱いと評されます。
▷ 群れ生活
仲間(血縁、つがい)とくらし、野山や洞窟、鉱山跡、人里近くの廃屋、墓地などほとんどあらゆる場所にねぐらをつくります。
オスとメスは似通っていて、背格好や性格、武器、身につけるものはほとんど同じです(胸はありません)。
人間から奪ったキモノをデタラメに着込んでいると、雌雄の区別は遠目にほとんどつきません。
子どもは多産で成長が早く、短期間で成獣に負けない体格になります。
もっとも、戦闘経験をつんでいない若齢個体は「小柄で不器用な力持ち」で、いきなり戦わせても敵にむやみに噛みついたり棒を振り回すだけです。
素人の抵抗で死傷するようなコオニは、ほぼ間違いなく「初陣」のコオニです。
▷ コオニの脅威
コオニは、ふだんはスキをついて家畜を奪う害賊に過ぎません。人間が襲われるのは人気のない場所にいる旅人や女子供や怪我人、病人などの弱者です。
一方、珍しいことに強い物欲を持ち、略奪に熱心です。
食料や実用品(武器、道具類)だけでなく、フェイスペインティング(後述)につかえる化粧品や塗料。美しい色柄の布や和服を欲しがります。衣服はぞんざいに羽織るだけですが、雄雌共、鮮やかな色の派手な柄を好んで身につけます(すぐ破ったり汚したりしますが)。
また、酒に執着し、仲間と奪い合いをします。
これに対して貨幣や宝石は、珍しい色や輝きに反応する程度です。希少価値や経済的価値は理解せず、例えば大粒の真珠より、もっと大きくてキラキラしたガラス玉を選びます。
コオニは逃げ足や醜い物欲、ふだん少ない人的被害のために軽視されますが、討伐を怠ると、家族集団の複合群(50体以上、まれ)が生まれて手がつけられなくなります。
複合群は、王種大発生ほどのまとまりや勢いはありませんが人間との戦いを怖れず、中核(王)がない代わりに撃滅も容易ではありません。
一部の有識者は、孤立しやすい狭い地域が数百体規模の群れに席巻された場合、そのまま巨大な巣窟と化す事態(アシュラの大乱のごく小規模な再演)があり得ると警告しています。
▷ オニとの関係
コオニは、より大柄なオニに従属していることがあります。
オニに従う頭数は数体から小さな群れまでさまざまですが、番犬や猟犬のような扱いで、些細なことで殴られたり気まぐれに食われることさえあります。コオニたちも、人間と遭遇してバーサークしたオニを置いてサッサと逃げてしまうことが……
しかし、オニを忠実で人間と猛々しく戦った事例もあり、両者の関係はケースバイケースのようです。
▷ フェイスペインティング
コオニは白や青、赤系の大小の斑紋、何種かの線を化粧をしていることがあります。
オニの刺青とちがって乱雑で肌に塗っただけなので、容易く落ちてしまいます。身体強化などの特殊な作用も確認されていません。
オニの「鬼紋」の真似に過ぎないようですが、詳しいことはわかっていません。
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関連項目
△四腕オーガ(アシュラ)
△オーガ
△オニ
付記:鬼と呼ばれたものたち
今回のコオニは「ゴブリン」を和風モンスター化(オニ化)したものです。
ゴブリンは異世界ファンタジーの悪の種族として有名で、原型の幾つもの伝承も、一般に醜く邪悪な小人と描かれます。当てはまらないいたずらな精霊、醜い幽霊、ノームやドワーフとする伝承もありますが。
今回の記事は小鬼として、オニの一種(オーガの系統)に仕立てていますーー それではオニ(鬼)の起源と正体は何でしょう。
◇『鬼』という字。
中国では『キ』と読み、人間の霊魂あるいは亡霊を意味します。
一方、現在日本では普通「おに」と読まれています。
しかし「かみ」と読むこともあり「もの」と読んだ例もあります。前者の例は「九鬼文書」(くかみもんじょ)、後者は「もののけ」の「もの」です。
また「おに」の語源は、一般に見えないものを指す隠が訛ったものと説明されますが、これには異論もあります。
「隠」という読み言葉が霊的存在を表現した例は、実際どれほどあるのか。大和言葉に「おぬ・おに」がもともとあったのではないか。
また、陰の気が集まった存在が見えないもの「おぬ」である……と。「おに」の語源を「陰」とする説もあります。
鬼は人を脅かす邪霊、見えない恐怖から、やがて、海外からもたらされた般若や夜叉の絵図、陰陽道の思想の影響により今日知られている姿になります。
「人食いで、頭に牛の角を生やした、虎皮のパンツの赤ら顔の大男」ーーです。
しかし実は、古代の日本には「鬼とよばれた異形の人」の目撃記録が少数残されています。
実在した鬼は定住農耕民からみた「よそもの」で、外国人や漂泊の民。製鉄や土木、狩猟など特殊職集団、さらに地方の独立勢力、反政府集団だったようです。
昔話・桃太郎は鬼退治で有名です。
その原型とされる伝承が、岡山県南部の吉備地方(吉備国)の温羅(うら/おんら)伝説で、温羅は、百済(朝鮮半島)の皇子で、身の丈が4メートル以上⁉︎あったという赤毛の巨人です。吉備国を一族で支配して暴虐を成し、苦しんだ住民が大和朝廷に助けを求めたことから吉備国に朝廷軍が派遣されました。
(…… 今世紀、ロ○アのクリ○ア半島併合のような出だしです)
鬼たちの拠点・鬼ケ城を攻めた吉備津彦命が『桃太郎』、討伐された温羅が『鬼』のモデルとされます。
もっとも、温羅は暴虐な悪鬼ではなく、吉備国に製鉄技術をもたらした地方豪族だったとも言われます。大和朝廷は、全国統一の過程で地方勢力に紛争を仕掛けていて。その一つを、温羅伝説という悪しきものを倒した正義の物語にしたのだーー と。
◇温羅伝説とよそものたち
温羅の伝説には渡来人(外国人)、製鉄、統一政権と在地勢力の紛争など……鬼と呼ばれた人『よそもの』の要素がいくつもつまっています。
日本ではじめて鬼の姿が記録されたのは佐渡島で、『日本書紀』(720年刊)です。
ーー 544年12月の項、『越国言さく,佐渡嶋の北の御名部の崎岸に,粛慎人有りて,一船舶に乗りて淹留る.春夏 補魚して食に充つ.彼の嶋の人,人に非ずと言す.亦 鬼魅なりと言して,敢て近づかず』
ーー 佐渡島の北の海岸に、粛慎人が渡来して漁労で生計を立てたが、島の和人たちはかれらを気味悪がって近づかず「鬼魅」と呼んだ。
その頃の佐渡島は、大和朝廷の統治の最北端でしたが、さらに遠い土地から異相の漁民?が海を渡って来たのです。
鬼は外国人(渡来人)でした。
粛慎とはーー「 北海道のオホーツク海沿岸や樺太などに当時の遺跡が見られるオホーツク文化人(3世紀〜13世紀)という説が有力(Wiki)」です。オホーツク海沿岸にすむ人々は、のちの中国唐代の歴史書で「流鬼国」「夜叉国」と呼ばれています。
粛慎人たちは、その後間も無く、佐渡の和人との紛争や川水の鉛毒で滅びますが、佐渡島は鬼と縁があるのか、その後本州で「鬼は佐渡の金北山にいる」と考えられたことがあったそうです。
佐渡にも「鬼の約束状」という、金北山の鬼に関する伝説があります。
このときの鬼は渡来人ではなく、山伏や修験者と想像されます。かれらは本州で「鬼」と呼ばれることがあり、佐渡は修行の地として名が知れていました。
日本で二番目に古い鬼の記録は『出雲風土記』です。
「目一鬼来たりて田作る人の男を食う」ーー とあり。そのまま受け取ると、怪物の襲撃で山で農民に人死にが出たという内容です。
もっとも、一つ目の鬼とは特殊な職業人のこと。燃える炎や溶けた鉄の光熱を見つづけて(あるいは火花を目に受けて)、片目になった製鉄の人をあらわし。風土記の事件は、山の製鉄の人たちに平地の農民が大勢さらわれて帰って来なかった(強制労働で死者が出た)事件、という解釈もあります。
アニメ映画「もののけ姫」は独立独歩の製鉄の集団と、荒れる山を描きました。
定住農耕民にとって、製鉄の者たちは異質で、日常を掻き乱して山林や水資源を荒廃させる存在でした。ですが同時に、彼らがつくる鉄の農具や武器は「宝」で、豊かさと力をもたらす利器でした。
鬼は人を食う異形で、おそろしい暴力をふるう悪しきもの。しかし、人に福をもたらす性格ももちました。鬼と人の関係は、古代日本の渡来人や製鉄のひとと、和人の定住農耕民の関係に通じるものがあります。
◇大江山と鬼
朝廷と反朝廷勢力の対立に注目すると、吉備国の「温羅」のほかに、飛騨の鬼神「両面宿儺」、大江山の「酒呑童子」などが目に止まります。
もっとも有名な酒呑童子は、比較的新しい時代(南北朝後期から室町初期の頃)の絵巻に登場した架空の存在で、平安時代を舞台にしていますが史書に記録はありません。
ただし、舞台の大江山には、酒呑童子のモチーフになったと思われる古い二つの伝説が残されています。
『古事記』に記された土蜘蛛退治、聖徳太子の弟の麻呂子親王(当麻皇子)の鬼退治です。
なぜ、それほどまでに大江山が?
じつは、大江山は金属資源が豊富で、在地勢力は鉱山からの富をたくわえたため、都の勢力に目をつけられやすかったようです。
…… 余談ですが。
昭和の日本は、太平洋戦争が近い頃、貴重な軍需物資の国産化のために大江山にニッケル鉱山を開きました。そして開戦後、人手不足になると連合軍捕虜を現場に投入しました。
(書籍『憎悪と和解の大江山 ― あるイギリス兵捕虜の手記』2009年)
戦争のため、武器製造のため。『鬼畜米英』と呼んだ欧米人を国内に入れ、露天掘りの鉱山労働を強いて飢えと病気と暴力の下で苛む……
戦時下の大江山の出来事は、過去の鬼と呼ばれた人々に重なります。鬼が敗れて富を奪われ、人に仕えたとはこういうことだったのか? 人をかえて、時を越えて再演されたのか?と。
ねじれた因縁のようなものを感じます。
人食いの悪しき鬼。
「よそもの」を鬼と呼び、土地や宝、命を奪った者たちにこそ鬼は宿り。後世、すがたをのぞかせたようです。
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あとがきの本稿を、エッセイにしました。
★ 鬼と呼ばれたものたち 〜豆まきの魔滅知識 〜
____ https://book1.adouzi.eu.org/n5962gt/




